第44話 妖精と精霊のマイム・マイム

「妖精と精霊って同じなの?」


「う~ん。ルピナスと精霊さんは元は同じです。でも、少し違います」


 ルピナスから精霊の友達がいなくなったと聞き、ふと気になって尋ねてみた。


「ルピナスも精霊さんも魔力がぐわ~って集まって産まれたです。でも、ルピナスはこうして人間さんに触れますけど、精霊さんは触ることができないです」


 要するに精霊には実体がないのか。俺がイメージする精霊もそんな感じだし、その辺はとくに不思議ではない。

 妖精と精霊が似たような産まれ方というのも、なんとなく理解できた。


「精霊と幽霊って違うの?」


 聞いてから思ったが、産まれ方が全然別物っぽいな。

 幽霊は死んだら発生して、精霊は魔力が集まって発生するだろうから、やっぱり精霊に近い存在は幽霊よりも妖精ってことになるんだろう。


「う~ん? 幽霊? そんなのいるですか?」


 前に幽霊と会ったから、普通にいるものかと思ってたんだけど違うんだろうか。


「えっと、なんか綺麗でかわいい女の子の幽霊に会ったことあるんだけど……犬耳で金色の目で青い髪の」


 あれは夢だったのか? そう言われてしまうと自信がなくなる。


「んん?」


「なにか心当たりがあるの?」


 シルビアが反応をしたので聞いてみると、シルビアはソラの方を見た。

 つられてそちらを見ると、尻尾がぶんぶんと振られている。あ、これ機嫌が良いときによくやるやつだな。


「おいで」


 ソラを呼ぶと俺に抱きしめられるように腕の中に収まる。

 普段の毛並みを触っていて気持ちいいけど、機嫌が良いときのソラはなでていると普段以上に気持ちがいい。


 しかし、なんで急に機嫌が良くなったんだろう。

 シルビアもそれが不思議になってソラのほうを見ていたのかもしれない。


「それで、ルピナスと仲が良かった精霊の話だったね」


「はい、精霊さんすごい強かったです。強すぎて魔力が制御できないって言ってたです」


「それはあまりよくないのう……」


 ルピナスの言葉にシルビアはなにか思い当たることがあるらしく、眉をひそめる。


「ルピナスも精霊も元々は魔力の塊のようなものじゃから、妾たちも使えぬ魔法を扱えたり、単純に妾たち以上の出力ができたりする」


 魔力から産まれたから、魔力では他の種族に優っている。たしかに魔法で洞窟や木を家にしたりって、かなりすごいことだもんな。


「そんな精霊が制御しきれんほどの魔力がどれほどのものか、それに精霊が魔力を制御できんということは暴走状態になる可能性も考えられる」


 暴走とは穏やかじゃないな。

 もしもルピナスが暴走したら、そこら中が家だらけになるのだろうか。なんだか森が住みやすい場所になりそうだな。


「精霊も妖精も本質は、他種族に特に人間にいたずらをするのを好むからのう。膨大な魔力で本能のままに人間にいたずらする精霊など、もはや自然災害と変わらんじゃろうな」


 ルピナスはいい子という印象しかなかったが、本能ではいたずら好きだったのか。

 もしかして遠慮してるのか。それとも本能を理性で抑えると今のようになるのか。どちらだろう。


「精霊さん。最後に会ったときは魔力が放出し切れずに苦しそうでした……」


 ルピナスが悲しそうにそう言った。

 ルピナスが悲しむことになるというのなら、ルピナスの友達をなんとかして助けてあげたい。


「その精霊を助けてあげることはできないかな?」


「ですが、ルピナスも言ってましたけど、森からいなくなってしまったんですよね?」


 それだなあ。助けるにしてもそもそも見つけられないとどうしようもない。


「神狼様ももうこの森にはいないと言ってたです……」


 そうなると厄介だな。どこにいるか探すのがかなり難しくなるし、そもそも俺が森の外に出ることを許してもらえるだろうか。


「外に探しに」


「行くのなら私かルピナスさんだけにしておきますね」


 アリシアに言葉を遮られてしまった。

 そうか、やっぱり俺が外に出るのはあまりよろしくないか。

 シルビアとソラの名前がなかったのは、きっとどちらも森の外にいると混乱を招くような強さとその種族ゆえにだろう。


「あ、そうだ。リティアに頼んでみるのはどうでしょうか?」


 リティアかあ。あまり負担になるとまた精神が追い詰められそうなんだよなあ。

 でも、気にかけてもらう程度なら協力してもらえるかもしれない。


「あまり無理をさせない程度に情報集めてもらおうか」


「ええ、手を割く必要なないので、精霊の話を耳にしたら教えてもらえるようお願いしましょう」


「それなら、フィルや勇者どもにも同じことを頼んでみるのはどうじゃ?」


 それもいいかもしれない。せっかく結べた縁だし、存分に頼らせてもらうとしよう。


「それじゃあ、アリシアはリティアにルピナスはフィルさんに無理のない程度にお願いしてきてもらえる?」


「はい。任せてください」


「ルピナスにお任せです」


    ◇


 比較的自由に町と森を行き来できる二人にお願いして、俺たちは二人を待つことにした。


「精霊かあ……魔力が高くて扱いも上手って、シルビアとソラよりすごいの?」


「ううむ、一概に精霊と言っても様々じゃからなあ。じゃが、ルピナスの友達のことなら、妾よりも魔力は少ないはずじゃ。当然神狼様よりもな」


 やっぱりこの二人とアリシアは、高い魔力を持っているんだな。

 相変わらず魔力をまったく感じ取れない俺には実感がないけど。

 そこでふと気になったことを聞いてみる。


「そんなにすごい魔力なら、ルピナスの友達以上に暴走しちゃうんじゃないの? 平気?」


「若輩の時分ならともかく、いまさら魔力に振り回されるような真似はせんぞ?」


 そういうものか。そもそもシルビアとソラって何歳なんだろう。

 いや、やめておこう。女性に年齢を聞くのもよくない。


「それならよかった。シルビアとアリシアが暴走してもソラが止めてくれるんだろうけど、ソラが暴走したら誰も止められなさそうだしな」


「いや? 簡単に止められると思うぞ?」


 そうなのか? さっきの精霊の暴走を聞く限りでは、かなり厄介そうに思たんだけど。


「ほれ、今のようにするだけで止まるはずじゃ」


「今のようにって……抱きしめてなでるだけでいいの?」


 日課をこなすだけで止まる暴走とは……

 言い方は悪いが、安上がりというか、ちょろいというか、欲がない子だなこの子は。

 それがまたかわいく思えて、俺はソラの頭をなで続けた。


「だけと言うか……それがいかに世のメスどもが望む行為かわかっておるのかのう」


「いや、さすがにソラ以外にはできないからね。こんなこと」


 あ、最近だとアリシアも別か?

 初めに会った女性らしさは完全に行方不明だ。多分今のアリシアが取り繕ってない状態の本来のアリシアなんだろうな。

 なんか、思ってた以上に幼いというか、変人というか、動物みたいというか、手のかかる妹を相手にしているようだ。


「むう……やはり、神狼様は強いのう」


 シルビアがしかめっ面で呟くが、すぐに妙案が浮かんだように悪巧みをしているような顔に変わった。


「あー、妾魔力が高すぎて暴走しそうじゃー」


 棒読みでこちらにしなだれかかってくる。

 やめろよ。お前美人なんだから緊張するだろうが。


「はいはい。それじゃあ暴走を抑えてくれ竜王様」


 こちらも芝居掛かったセリフで撃退してやる。

 ついでに頭もなでてやったのだが、シルビアはいつもならここで冗談を終えるのに、今回はそのまま俺に頭をなでられ続けた。

 結局、俺はその日は両手でソラとシルビアの頭をなで続けながら過ごすこととなった。

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