第42話 罪悪感のグルーミング
「そういえばその仮面なんなの?」
「はい? ああ、これはですね。リティアが私の正体が周りにバレないようにするためにくれたものです」
なんか、どこぞの殺人鬼とかミステリー漫画の犯人がつけてそうで不気味だ。
「でもルピナスはそれつけてても聖女さんのことわかったです」
「そうなんですか? さすがルピナスさん、すごいですね」
俺もなんとなくわかった気がするけど、行動が普段のアリシアのままだったからだろうな。
その仮面でバレなかったってことは、教会にいる時のアリシアはまともな行動ばかりだったんだろう。
「……! もしかして、仮面をつけてる私の方が好みですか? それならこれからはずっとこの仮面をつけることにします」
「やめようね」
俺の方を見てなにかを考えてたかと思えばこれだ。
この奇行を封じられるのなら、アリシアの提案も一考の余地があるかもしれないなんて思い始めた。
いや、さすがにやめよう。
「そういえば教会ではどんなことをしてたの?」
話題を変えるべく、ちょうど気になっていたことを聞いてみる。
「そうですねえ。あまり私がいたころと変わらないですよ? 怪我や病気の人たちを治して、魔獣から町を守って、常備用の回復薬を作って配ってですかね」
どれも専門的な職の人がやるような仕事だ。
やっぱりアリシアの存在って教会というか国にとっても大きかったんじゃないだろうか。
今はリティアが後を継いでくれているからいいけど、それまでの間アリシアを俺たちが独占しちゃって申し訳なかったな。
アリシアの方を見ると、いつのまにか俺のそばでしゃがんでいる。
そして、なにかを期待するような目でこちらを見ている……
「いま、私のことほめてくれそうでしたよね。どうぞ、頭をなでてください」
そう言って、頭を差し出してくる。
……まあ、いいか。
なんかもうアリシアとソラの扱いが似てきた気がする。
本人たちが喜んでるようだから別にいいかと、俺はいつのまにか近づいていたソラもいっしょに、しばらく頭をなで続けた。
「距離が近づいておる……なぜじゃ、妾もがんばっておるのに」
すまないシルビア。終わったら次なでるから許してくれ。
◇
結局四人全員なでた。めっちゃなでた。
もしかしてこれが俺の武器なのではと勘違いするほど、四人ともなで終わった後は満足そうにしていた。
開くか? マッサージ店。
馬鹿なことを考えていると、一番最初に復帰したアリシアが久しぶりの我が家が以前と違うことに気づいたらしい。
変わったのは家の中というか外の方だけど。
「そういえば、外に畑を作ったんですね。何を育てているんですか?」
「自給自足には足りないけど、少しは足しにしようと思ってね。エルフのみんなに教わって麦を育てているんだ」
だけどルチアさんたちがそろそろ芽が出るはずと言っていたのに、そんな様子まったくないんだよなあ。
所詮はど素人がやってるから無理なんだろうかと思ったが、アリシアを見ていたら一つ考えが思いついた。
「アリシアさっき回復薬作ってたって言ったよね」
「ええ、いくつか持ち歩いてますよ。ほら」
そう言って見せてくれたのは瓶に入った綺麗な液体だった。
いかにもファンタジー世界の回復アイテムって感じの見た目をしている。
「これ、もらってもいい?」
「ええ、もちろんです。さあどうぞ!」
アリシアは気合を入れてこちらに回復薬を渡してくれた。渡すだけなので気合いはいらないが、気にすることでもないだろう。
「主様。妾なんか嫌な予感が」
「よしっ」
シルビアに話しかけられる前に、俺は畑に回復薬をかけてみた。
きっとなんか土とかが悪いんだ。だからアリシアが作った回復薬で土に栄養とかそういうのが含まれるようになったら、きっとうちの麦も育つはず。
「主様!?」
シルビアが驚き声をあげる。思わずふりかえるのと回復薬をすべて土に与え終わるのは同時だった。
「な、なにを……麦を育てるんじゃなかったのか?」
「うん。だから土がいい感じにならないかなと思って」
だめだったのだろうか。あまり何度もルチアさんに聞きに行くのも迷惑かと思って自己判断でやってしまったが、やっぱりこういうことはその道のプロに聞くべきだったか。
「土に魔力を与えすぎると麦や野菜にまともに育たなくなるぞ。それもアリシアが作った回復薬ならなおさらじゃ」
どうやら大変なことをしてしまったらしい。
手伝ってくれたみんなに悪いことをしてしまったと思っていると土が揺れていることに気がついた。
「なにこれ?」
なんか怪しい様子に畑から離れると、土の中から次々と芽が出てきた。
「あれ? もしかしてうまくいった?」
これまでまったく見ることができなかった麦の芽に、なんだか運良く成功したらしいなんて楽観的な考えをしてしまう。
「……なんか、成長早くない?」
植物の成長の定点映像を早送りで見ているかのように、俺たちの目の前で麦?はみるみるうちに成長していく。
「わ、妾は神狼様を起こしてくる!」
シルビアが慌てた様子で、家の中で寝ているソラのほうに走っていく……が、その前に麦の成長が終わった。
「オナモミ……?」
トゲトゲした小さな実をつけたそれは、麦というよりもオナモミに似ている。
麦を育てていたはずなのに、なんでこんなものが……まあ、俺が余計なことをしたせいなんだろうな。
作物をだめにしてしまったことに少し落ち込んでいると、オナモミはぶるぶると震えてから実が地面に落ちる。
「なんだ? もう枯れるのか?」
魔力のせいで変なものが育って、すぐに成長して枯れてしまったってことかな。
次からは勝手なことはしないようにしようと考えていたら、オナモミの実が空を飛んで家の中に入っていった。
「え? なにこれ、どうなってるの?」
アリシアのほうを見ると、彼女も不思議そうな顔をしていた。どうやら、アリシアもあれがどういうものなのかわかっていないようだ。
となれば、なんかこれを知ってそうだったシルビアに聞いてみるか。
「ああ! くそっ、遅かったか!」
家の中からシルビアの声が聞こえたかと思うと、珍しくソラが驚いたような鳴き声が聞こえてきた。
「なんだ! どうしたソラ!」
心配になってソラのもとへ向かうと、そこで見たのは、先ほどのオナモミまみれになっていたソラの姿だった。
「神狼様……そうか、この中だと一番魔力高いからのう」
シルビアはやっぱりなにか知っているかのように一人納得している。
話を聞きたいが、まずはソラをなんとかするのが先だ。
「ごめんなソラ。すぐとってやるから」
ますますオナモミみたいだ。ソラの綺麗な毛皮に絡みつき体中にびっしりとひっついてる。
「あ、主様。うかつに触ってはいかん」
シルビアに止められるが、慌てていたためその前にオナモミに触ってしまった。
ああ、今日はシルビアの忠告を無視ばかりして申し訳ないな。
でも悪いが、これは俺のせいだから今はソラをなんとかしてあげる方を優先させてもらう。
「ん? これ、外しても勝手にソラのところに行こうとする」
仕方ない。潰すか。
さすがに潰したら動かなくなるだろうと思ったがそれが正解だったようで、潰したらオナモミはソラのほうに再び向かうことはなかった。
「ごめんな。俺のせいで。すぐ全部外すから」
ソラの体中をまさぐってオナモミを外しては潰してを繰り返す。
中には毛皮の奥の方まで絡まってる物もあるから、地肌を探るように触ってしまうが、ソラは良い子だから嫌がらず大人しくしてくれている。
「ふう……これで終わりだな」
最後の一つを潰すと、ソラは興奮したように俺にかぶさってきた。
急だったので抱き止めることはできずに、床に押し倒されてしまう。
「えっと、もしかして怒ってる?」
今回は怒られても仕方ないかなと思ったが、俺に馬乗りになったソラは俺の口元をぺろぺろと舐めてくれた。
よかった、怒ってはいないみたいだな。
俺はしばらくの間その体勢のままソラに顔を舐められながら頭をなで続けた。
結局、あの植物はなんだったんだろう?
◇
『まったく、びっくりしました。寝ていたらあんなことになるなんて』
「うぅ、すみません。あんな植物知らなくて」
あのあとシルビアから話を聞いたアリシアは、反省して謝ってきたので許すことにします。
「そういえば、この森だけに生きる植物じゃったな。あれ」
そうだったのですね。私はずっとこの森で生きていたのでそれは知りませんでした。
「まさか、この森で強い魔力を吸って成長した植物があんなものになるなんて……」
「魔力を餌にしたことで、魔力を求めて自立行動するようになるからの。しかも、しつこい。トゲで絡みついて離れんわ。離れたと思ってもまたくっつくわ。離した者にひっつくわ。最悪じゃ」
そう、あの植物しつこくて嫌いなんです。
「魔力を求めてずっとくっつこうとするんですね……だから、外そうとすると外した人にまでくっつくと」
「うむ、じゃから大人しく魔力を吸わせるのが最良なんじゃが、主様は魔力がないからあれを苦もなく外せたみたいじゃな」
さすがは私のご主人様です。困っている私のために献身的にあの忌々しい実を外してくれる姿は、やはり理想のご主人様といえるすばらしい姿でした。
ま、まあ、外すのに熱中して、いろんなところを……その、触られてしまいましたが……
「しかし……神狼様、全身まさぐられておったのう。妾たちもおったのに、神狼様も主様も大胆な方じゃ」
『そ、それは私に非はないと思いますが!?』
いえ、別に不満はありませんよ?
ご主人様がお望みならば、どこだろうと誰の前だろうと好きなだけ触っていただいても問題ありません。
「神狼様も主様を押し倒して口付けておったではないか」
『そ、それは……ご主人様があんな触り方をするから……』
「まあ、わからんでもないがの。主様も受け入れておったし……これで、神狼様と主様はつがいではないのじゃろう? 意味がわからぬ」
つがいだなんて恐れ多い。ご主人様はあくまでもご主人様です。
「まあ、この程度ですんでよかったがのう」
『そうですね。私も数日はあの鬱陶しい実をつけたままになるかと思っていました』
あれは害がないからこそしつこくて厄介です。
数日間ふて寝しようかと思っていたので、本当に助かりました。
まあ、原因もご主人様のようですが、ご主人様に対して怒るなんてことはありえません。
「待て、アリシア止まるのじゃ。お主はあれの恐ろしさがわかっていない」
シルビアがアリシアの手をつかんで動きを止めていました。
先ほどからなにやらごそごそと、回復薬を作っていることはわかっていましたが……まさかこの子、もう一度あれを育てて今度は自分の体につけようとしたのでは……
「わ、私の体に全部つけるから大丈夫です! みなさんには迷惑かけませんから!」
「主様に迷惑かけるじゃろうが! それにお主はあれのことをわかっておらん!」
『ええ、次も全部私の体にくっつくだけですよ。あれは最初は周辺で一番魔力の高い者にくっつきますから』
もっとも、外してる途中から魔力が少ない者にもくっつくようになりますけどね。
しかし、私やシルビアがうんざりしてる植物を喜んで育てようとするとは、やはりアリシアは時々とんでもないことを考えますね。
もしも次にあれを育てたとしても、ご主人様がなんとかしてくださるので、私はアリシアを特に咎めることはしませんでした。
……別に、もう一度たくさん触ってもらえるからなんて考えていません。
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