第41話 青い鳥を探すような遠回り

「つまり、自分を嫌ってる相手を洗脳する能力があると」


「そうよ。だって普通嫌うはずじゃない。かたや女は視界に入るだけで嫌うのが当然の男。かたや自分の居場所を空巣紛いの奪われ方した先代聖女。なんで、平然としていられるのよ」


 そうは言ってもなあ……俺は性別だけで相手を嫌えるほどひどいことされてないし、アリシアはむしろ居場所を奪われたというか、放棄してここに住みついてたしなあ。


「なんか君、疲れてそうだったし嫌う以前に心配になったよ」


「ええ、私が戻ってからもずっと一生懸命働いてたじゃないですか。嫌う理由がありませんよ」


「そ、そんなこと……」


 フィルさんとか勇者のみんなに似てるんだよね、雰囲気が。そうなると過労の方が心配だ。


「そもそも本当に洗脳する能力なんてもっておるのか?」


 シルビアが疑わしい目でリティアを見る。


「あ、あるわよ! だって、ここにいるやつら全員洗脳してあるもの!」


「ほう、そのわりには魔力や精神に乱れを感じぬがの」


 シルビアは他のシスターたちを見回してそんなことを言った。

 俺には魔力やら精神やらはわからないけど、目を見る限り正常な思考の人って感じなんだよな。

 漫画とかだと洗脳されてる場合ってもっと目がよどんだりしてそうなイメージなんだが。


「あっ、私たちも別に洗脳されてません」


「はあ!?」


 さっきリティアを支えていたシスターがけろりとした様子でそう言うと、リティアは再び大声で驚いていた。


「え、あれだけ色々命令したじゃない……」


「ええ、私たち聖女様を慕っているので、あのくらいの命令は当然聞きます」


「な、なんでよ……余所者の私が偉そうに聖女なんかやってるのに、なんで慕ってるなんて言えるのよ。だいたいあんた初めて会ったとき私のこと嫌ってたじゃない」


「そうですね。たしかに初めはアリシア様亡き後に教会で聖女を名乗るあなたに良い感情はありませんでした。ですが、教会のために身を粉にして誰よりも働いてくれる姿を見て、すぐに考えを改めたんです」


 そうだよな。なんかこの子自己評価がやけに低いというか卑屈というか、そのあたりも最初の頃のフィルさんと勇者たちに似てるんだよな。


「アキト様、アキト様」


 アリシアが小声で話しかけてくる。


「私、死んだことになってました」


 なんで、自分が死んだことになってたのにそんな嬉しそうなの。

 俺は相変わらずよくわからない子であるアリシアを見つつ、これも平常運転だしどこか懐かしいなと思ってしまった。


「はわわ……」


 あ、まずい。なんかソラにするみたいに無意識に頭をなでていた。

 まあ、嫌がってないみたいだしいいか……いいのかな?


「話を聞く限り、そこにいる人たち全員君のことが好きだから協力してたんじゃないの? それにアリシアも」


「そ、そんなわけないでしょ」


「いえ、そんなわけあります」


 あの人グイグイいくなあ。なんかルビーさんに少し似てる。


「じゃあ、私に洗脳能力なんてなかったってこと……いや、そんなはずないわ。ちゃんと使えてたもの」


「ええ、それはちゃんとありますよ? 条件も聖女様が認識していた通りです。現に町を襲う魔獣や、教会内で力もないくせに権力に執着していた者は、洗脳されていたじゃありませんか」


 あ、洗脳はちゃんと使えるんだ。

 よかった。あれだけ自信満々な能力が妄想だったとか、あの子さらに落ち込みそうだったし。


「でも、あんたたちには効いてないんでしょ?」


「ええ、私たちは聖女様のことが大好きですから」


 リティアは真っ赤になって黙ってしまった。

 まあ、ともかくお互いの誤解が解けそうでよかった。

 てっきり過酷な環境で労働してるのかと思ったけど、ちゃんと心配して慕ってくれる人がこんなにいるなら俺の考えは余計なお世話でしかないな。


「……ところで、さっきからずっとなにしてんのよ。あんたたち」


「え? ああ、ごめんアリシアなんか無意識にずっとなでてた」


「えへへへへ……」


 アリシアはまた別の世界に旅立っている。もしや、俺のなでる技術がソラをなで続けることで昇華されていったのかもしれない。

 動物のみならず、人までも気持ちよくできるようになったのだとしたら、マッサージ師とか目指せるんじゃないだろうか。


「気にするでない。いつものことじゃ」


「い、いつものこと!? 本当になんなのその人……」


「あのように女性に触れ続けて嫌悪感ひとつ表に出さないとは……噂は本当だったのでしょうか」


 表に出さないというか、感じてないからね嫌悪感。

 むしろ、サラサラした髪が気持ちいいというか、いい匂いがするというか。

 だめだ。これ以上はよくない。アリシアを邪な目で見るんじゃない俺。


「しかし……先代様がご存命だとは思いませんでした。戻られないから、この森で命を落としたものかと」


「ええ、みなさんにはすみませんが、私は毎日この森で楽しく暮らしていました」


 近い。

 なんか俺の腕で自分の肩をだくようにさせながら、アリシアが普通に話し始めた。


「怒らないの?」


「まあ、本人がそうしたいならかまわないよ」


 リティアが俺に尋ねるが、アリシアがそうしたいならそうすればいい。むしろ役得とさえ言えるだろう。

 久しぶりに会えたからか、なんだか懐かしくもある。

 ……そういえばいつもこのあたりで止めにくるソラが今日はおとなしいな。


「信じられない……こんな男がいるなんて」


「ですが、女神様から次の聖女が決まると聞いて一度教会の様子を見に行こうとしたんです」


「普通に話を続けてるわよこの人。なんなの本当に」


 気にしちゃだめだ。アリシアとはそういうものなのだ。


「今の聖女がリティアと知って安心したのですが、あなたは一人で抱え込みすぎる人でしたからね。だから元々頼まれなくてもしばらくはお手伝いするつもりだったんです」


「だからなかなか帰ってこなかったんだな」


 よかった。ここでの生活が嫌になったわけじゃなかったのか。


「ええ。ルピナスさんがきてくださったことは知っていたのですが、先代である私がでしゃばってるとよくないので、顔を隠して声を出さないようにしていたので、会話する機会もなく……」


「でも、戻ってきてくれてよかった」


 アリシアの肩に回していた腕につい力を込めてしまうと、アリシアは苦しかったのか顔を赤くしてしまった。


「神狼様も言っておるが、久しぶりじゃから今回だけ許しておるのじゃぞ?」


「はい……えへへへへ……」


 俺じゃなくてなぜかアリシアが注意される。

 よくわからないけど、みんながわかってるらしいから、気にすることもないだろう。


    ◇


「はあ、馬鹿馬鹿しい。帰るわよ」


「もう帰ってしまうのですか? せっかくなので、しばらくここで休暇をとったほうが」


「お断りよ。こんな危険な場所で休暇をとれるほど私は図太くないの」


 アリシアといい王女たちといい、本当にどうかしてるとしか思えない。

 まあ……あの人が私たちに危害を加えないように配慮してくれるんでしょうけど。

 本当に変な人。自分をさらおうとした女を心配する? 危機感が足りなすぎるのよ。


「その人をしっかりと守ってあげなさいよ。アリシア先輩」


 自然と懐かしい呼び方が口から出る。

 結局この人にはいつだって敵わないんだ。今回だって私がいつものように対抗意識を燃やして一人で暴走していただけ、ほんとなにしてるのかしらね。


「あなたもごめんなさいね。勝手に暴走した挙句迷惑かけて」


「ああ、そっか名乗ってなかったね。俺のことはアキトって呼んでね」


「そう、私はリティアよ。ごめんなさいアキト」


 本当に大丈夫かしら? そんな簡単に名前を呼ばせるなんて……でも、アリシア先輩たちがいるから大丈夫なんてましょうね。


「それと、あの程度で暴走とか迷惑だなんて……アリシアに比べたらね」


 本当に大丈夫なんでしょうね!? アリシア、あんたよ! 今の言葉で照れてるところがもう意味わかんないわよあんた!


 まあ、アキトたちの問題はアキトたちが解決するでしょ。

 私たちは私たちで教会という組織で国を人を守るんだから、あとは好きにやってたらいいわ。


 なにも得てないし、アリシアという人材を失ったというのに、不思議と帰り道は足取りが軽かった。


「しかし、それほどまでに無理をしていたとは……洗脳してたと思っていたのなら、もっと私たちに命令してください」


 エセルが生意気にも呆れたように話しかけてきた。


「うるさいわね。これからはせいぜいこき使ってやるから覚悟しなさい」


 なにニヤニヤしてんのよ。まったく、バカバカしい。

 誰も私を認めてくれないと不貞腐れてたのに、いつのまにかこんなに私を慕ってくれる人たちがいたなんてね……

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