第40話 2代目はワーカーホリック

「いってくるです」


「いってらっしゃい。気をつけてね」


 元気よく飛んで行くルピナスを見送る。

 アリシアのことを気にかけて、ルピナスは定期的に町まで様子を見に行ってくれていた。

 午前中には森を出て、夕方くらいに帰ってくる。大変な役目を押しつけて申し訳ないが、ルピナスは自分がやりたいからと笑ってくれた。


「ルピナスが町に行ってる間にエルフの村に行こうか」


 最近では俺たちもエルフのみんなも食料の備蓄が十分になり、その日暮らしのような生き方からは脱却できた。

 だけどいつまでも狩りや果物の収穫のみで食料を調達するというのも不安がある。

 だから俺はエルフたちの村で農業を習いながら手伝いをしている。うちの洞窟の周りにもそのうち畑を作りたいものだ。


「……主様。エルフの村に行くのは待ってくれんか?」


「え? 別にいいけど、なんか用事でもあった?」


 ソラの背に乗ったところをシルビアに唐突に呼び止められる。いつもなら俺が背に乗ったらすぐに走り出すはずのソラも足を止めていたので、なにかあったのかもしれない。


「むう? これは……どうなっておる」


 不思議そうにうなるシルビア。いつもならはっきりと物を言うのに珍しいなと思いつつ、彼女の言葉を待ち続ける。


「ああ、すまんのう。まずはこの森に侵入者じゃ。王女の時ほど多くはないが、毎日くる冒険者たちほど少なくもない」


 そうなのか。だけど、フィルさんや勇者たちの時ですら俺にできることはなかったし、今回もここで待機することになりそうだな。


「だけど、それだけなら何を言い淀んでいたの?」


「それなんじゃが、侵入者を率いておるのはアリシアのようじゃ」


 アリシアが? どういうことだろう。


「アリシアに似てる誰かとかじゃなくて?」


 俺の言葉にソラが首を横に振るように反応する。どうやらソラも、この森に訪れたのがアリシアだと確信しているようだ。


「神狼様もアリシアに違いないと言うておる。それに妾は、人間でこれだけ大きな魔力を持つ者をアリシア以外に知らぬ。もっとも、今は魔力を抑えておるようじゃがの」


 そんな状態で森の入り口にいる人の情報がわかるなんて、二人ともすごいなあ。

しかし、アリシアで間違いないのか。だとしたら一緒にいるのは仲間ってことだろうか。


「もしかして教会の人たちでも連れてきたのかな?」


「その可能性が高そうじゃな。どうする? ルピナスも居らぬし、妾がひとっ飛びして探りに行くか?」


 ソラの方を見ると、そこまで警戒してる様子でもなかった。なら多分危険はない。


「いや、アリシアならうちの場所もわかるし、ここで待っていよう」


 よくわからないが、久しぶりに帰ってきてくれたアリシアと行き違いにはなりたくない。


「それよりもルピナスは大丈夫かな? アリシアが森にいるのなら、町まで行ったら無駄足になってしまうけど」


「む、それもそうじゃな。まだ森に居るようじゃし、そっちも連れ戻すか」


 さすがにこのままルピナスに町まで飛んでもらうのは申し訳ないので、シルビアにお願いをしようとする。


「いや、その必要もなくなったようじゃ。ルピナスがアリシアと合流したようじゃな」


 だがその問題も早々に解決したらしい。じゃあやっぱりアリシアとルピナスが帰るのを待つことにしよう。


    ◇


「ルピナスもアリシアもこちらに向かっておる。やはり帰ってくるようじゃな」


 シルビアの言葉にほっとした。

 アリシアとはこのまま会えなくなるんじゃないかなんて不安があったから、こうして戻ってきてくれて本当によかった。

 扉がノックされたので、俺は二人を出迎えようと扉を開いた。


 そこにいたのはルピナスと……あれ、アリシアは?


「おかえり……あ、あれ? どちらさま?」


 思わずそんなことを尋ねてしまいながら、教会の人たちと思わしき集団を見る。

 みんなアリシアと同じような黒い修道服を着ているし、多分教会の人で合っている。だけどアリシアの顔が見当たらない。

 俺は視線を移していき驚いたように固まるシスターたちの顔を一人一人確認していくと変なのがいた。


 ……えっ、もしかしてあれか?

 俺の視線は、アリシアと同じような体格の仮面をつけた怪しい人物で止まる。

 うん、多分あれアリシアだ。あの手の変なことするのはアリシアのはずだ。

 というか、他の人たちは俺を見てから固まっていたのだが、あの仮面の人だけこっちに手を振ってるし。

 なんで喋らないんだろう? まあ、いいや。アリシアが変なことをするのはいつものことだし。


 内心呆れながらそんなことを考えていたら、目の前にいた銀髪の多分アリシアと同じくらいの年齢の女の子が口を開いた。


【私と一緒に教会で暮らしましょう】


    ◇


 言った。言ってやったわ。

 いきなり男が出てきて驚いたし、洞窟の中にアリシアよりやばそうなのとアリシアぐらいやばそうなのがいて、もう声も出ないくらいに恐怖心に押しつぶされそうだったけど……

 なんとか、男を洗脳することができたわ。


 死ぬ寸前だったからかわからないけど、集中力がやけに増してあのわずかな時間で多くのことを考えることができた。

 だから私は勘違いしてたという結論に至るまでは一瞬だった。

 アリシアがこの森の頂点かもしれない? 馬鹿な考えね。森の王はあそこにいるアリシア以上の化け物だと断言できる。

 そして、その森の王でさえ私が洗脳した男には頭が上がらないんでしょ?


 そう、私が洗脳した男に。

 ならばもう何も恐れる必要もない。この森の王さえ従っていた男は、いまや私の手の内なんだから。

 安心したからか一気に疲れた。早く帰りたい……

 あれ? そういえば、男が返事しないわね。


【どうしたの? 早く教会に帰るわよ?】


 念のため追加で洗脳をかけながら話しかける。


「え……嫌だけど」


 ……どういうことかしら?

 私は頭の中が真っ白になった。

 い、いや、まだよ。ぼけっとしてる場合じゃないでしょ!

 もう、こうなったらアリシアにこの男を連れ去るように命令するしかない。


【アリシア! この男を連れ去りなさい!】


 私の言葉に森の王らしき狼と、翼や尻尾が生えた亜人がわずかに反応する。

 殺される。そう思ったけど、どうやらどちらも動かないみたいだ。

 理由はわからないけど、今のうちにアリシアが私の命令を聞けば……


「え、正体隠さなくてもいいんですか?」


 なにをこんなときに、そんなのんびりとしたこと言ってるのよ!

 前から思ってたけど、こいつマイペースすぎじゃないの!?


【いいから! 早くその男をさらいなさい!】


 というか、この男もこの男よ。

 なんで目の前で自分をさらえと言われてるのに、危機感もなくぼけっとしてるのかしら。


「さ、さらうだなんて……つまり、私がアキト様を私だけのものに……いえ、むしろ私がアキト様のものになるのですね。さあ、いつでもとうぞ!」


 なんで両手を広げて抱きつくのを待つようなポーズをとってるのこいつ!

 男もそれ見て安心してるのおかしいでしょ! この奇行を見てよかっただの、いつものアリシアだの言ってるけど、いつもどんなことしてたのよあんた!


「というかなんで洗脳効いてないのよ!!」


 私の叫び声が森の中にこだました。


    ◇


「え、洗脳?」


 王女の時に続いてまたブラックな労働環境の話か?


【私のものになりなさい!】


「えっと、ちょっと落ち着こうね」


 なんかまた精神が追い詰められてる子なんだろうか。なるべく優しく言葉をかけたつもりだったけど、見るからにショックを受けている様子だ。


【アリシア! その男を教会のものにするから連れ去りなさいってば!】


「ですが、やはり私のものにするというよりは、私がアキト様のものになるほうがいいのではないでしょうか」


「何言ってんの! ほんとに!」


 それは俺も同感だ。真剣な表情で何を考えてるんだアリシア。


「な、なんで!? 魔力? 魔力が大きすぎて効いてないの? でも、男の方は魔力をまったく感じないわよ?」


「あ、なんか俺って魔力がないらしいよ」


「そ、そうなの。いや、やっぱり変よ! なんで普通に会話してるの! 私、あんたをさらうって言ったでしょ!」


 でもソラもシルビアもルピナスも特に反応してないし、なによりアリシアが一緒にいるから変なことにはならないと思うからな……


「よくわかんないけど一旦落ち着こうか。ここに君の敵はいないから」


 なんか追い詰められてるのだとしたら、まずは落ち着いてもらう必要がある。できるだけ刺激しないように話しかけるも、向こうはどんどん困惑していった。

 大丈夫かな……なんか、心配になってくる子だな。


「な、なんでそんな心配するような目を……あんた男でしょ? 普通は女を嫌ってるし、私はあんたと敵対したんだから、なおさらでしょ」


「大丈夫。俺は君のことを嫌ってないよ」


 相当パニック状態になってるなこの子。それにしてもまた男だから女を嫌ってるって理論か。

 男の人にひどいことを言われてトラウマにでもなってしまったんだろうか。


「き、嫌ってない? そんな嘘を……いえ、でも洗脳が効かないってことは、私に敵意を持ってない……?」


 ぶつぶつと自分の世界に入り込んでしまった。まあ、俺もよくそうなるから人のことは言えないけど、アリシアといい教会の人ってみんなそうなのかな。


「あ、アリシア! あんたはどうなのよ!」


「え……ああ、リティアのことですか? 私、あなたは頑張り屋なので好きですよ?」


 ああ、やっぱりそういうタイプの子なんだ。

 だから、一人で背負いすぎて追い詰められたのかもしれない。


「あんた……洗脳されてないの?」


「なんのことですか?」


「私の命令に従ってたじゃない!」


「……ああ! お仕事大変だから手伝ってくださいってやつですか? さすがに私がいなくなったせいで大変ということなので、しばらくお手伝いしましたよ?」


 リティアというらしい女の子は、ふらふらと力なく後ずさったと思うと倒れそうになった。

 しかし、すんでのところで近くにいたシスターたちに支えられて、なんとか倒れずにすんだようだ。


「そう……最初から洗脳できていなかったのね……」

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