第34話 肉食系女子会のキッチン担当
勇者のみんなが森にいたころは、できなかったけどやってみようと思うことがある。
あのときはみんなが俺に気を遣ってくれたのか、包丁一つ触らせてもらえなかった。
だから、俺は今日アリシアと一緒に料理をしようと思う。
「アキト様が料理をですか?」
そう、料理だ。
さすがに俺だって分はわきまえている。
この世界にきて、ソラやシルビアやアリシアの強さはよくわかった。
だから、森で獲物をしとめることで俺に手伝えることはない。
魔法なんてもちろん使えないから、ルピナスみたいに快適な生活も提供できない。
そんな俺になにかできることはないか考えていたのだが、国というか世界が違うのだから、食文化の違いも当然あるんじゃないだろうか。
もしも、日本で食べていた物がこちらになかったら、それがこちらの世界の人たちにも美味しいと思ってもらえるのなら、俺も少しは役に立てるんじゃないだろうか?
「えっと、お手伝いいただけるのはありがたいですし、アキト様と二人で作業するのは嬉しいのですが……」
「平気平気。俺もそれなりに料理はできるから」
「そうですか……では、無理はしないでくださいね?」
今まで料理なんてしていないから、アリシアは俺に心配そうな目を向ける。
だけど、俺だって自炊の一つや二つぐらいはできる。
ここは一つ、日本で食べていた料理をふるまってみんなからの評価を上げようじゃないか。
まずはそうだな……調味料から考えよう。
この世界で今まで見たのは、塩と胡椒とスパイスとかも……あれ、けっこう充実してるな。
「マヨネーズ」
「マヨネーズですか?」
そう、これだ。なんか異世界といえばマヨネーズな気がしてきた。
よし、今まで味わったことがない味で驚かせてやろう。
「マヨネーズ食べたいんですか? それでしたら、今日はマヨネーズを作ることにしましょうか」
……あれ?
「マヨネーズあるの?」
「え? 今はありませんけど、アキト様が食べたいのでしたら作りますよ?」
だめだったようだ。
この世界の食事情は俺の知識で変革が起こせるようなものではないらしい。
ならもっと日本人特有の食べ物……
「刺身とか?」
「いいですね。それじゃあお魚を釣ってきましょうか」
これも駄目。
「米は?」
「すみません。お米はこの森ではさすがに手に入れることはできなくて……」
米もあるのか。いつか食べたいな。
「ああ、ごめん。そんなに無理しないで大丈夫だからね?」
まずい。このままでは俺がわがまま言ってアリシアを困らせるだけになっている。
あとは……
「納豆はどう?」
「ナットウ……? すみません。聞いたことがなくて……どのような食べ物なのでしょうか?」
「えっと、発酵させて糸を引いてる豆……」
説明してる途中から、アリシアが青ざめた表情になっていくのがわかった。
「え、腐ってるわけではないんでしょうけど……食べたいんですか……それ」
「いや……俺も別にそこまで好きなわけでは……」
やめよう。
元いた国と食事情がたいして変わらなかった。それで充分じゃないか。
「ふつうに料理しようか」
「はい」
なんとなくばつが悪くなって、あらためて俺とアリシアは並んで料理をすることにした。
アリシアはやっぱりというか料理がとても上手で、たまに自炊する程度の俺とは比べ物にならない腕前だった。
そのため、俺は手伝うというよりは終始アリシアに料理を教わりながらの作業となった。
「一時間ほど常温でおいておいたので、次は味つけですね」
「へえ、そんなに準備がいるんだ。さすがアリシアだね」
「そ、そうですか? で、では次はこちらの野菜を油で揚げましょうか」
「揚げ物までできるなんて、アリシアはすごいな」
「そ、そうでしょうか!? じゃ、じゃあ次は……」
◇
「むっ、今日はやけに豪勢な食事じゃのう」
アリシアの鮮やかな手際に感心して褒め続けていたら、アリシアも気分が良くなったのか次々と料理が増えていき、気がつけばパーティでもするのかというほどの料理ができあがっていた。
「あははは……」
事情を知らないみんなは、ごまかすように笑うアリシアに不思議そうな顔をするが、あまり気にせずに食事を開始した。
「でも、アキト様本当に料理ができたんですね。すみませんが初めは心配してしまいました」
「アリシアを前に料理ができると言ってしまったのが恥ずかしいけどね」
素人仕事にもほどがあるから、俺の作った料理はアリシアのそれより明確に味が落ちる。
「いえいえ、アキト様の作った料理とてもおいしいです」
アリシアは俺に気を遣ってくれているのか、自分が作った料理には一切手をつけずに俺の料理の処理に専念してくれている。
そんな話をしながら食事をしていると、シルビアとルピナスの食事の手が止まった。
どうしたんだろう。なにか口に合わない料理でもあったのか?
「待て、アリシアよ……主様の手料理なんて妾たちは聞いておらんぞ」
「あ、あれ~? そ、そうでしたっけ? いやあ、うっかりしてました」
シルビアの質問に答えつつもアリシアの食事の手は止まない。
むしろ、さっさと処理をしてしまおうとしてるのか、さっきよりもペースが速い。
「待てと言っとるじゃろ! 貴様、主様の料理を独り占めする気じゃな!」
いや、シルビア。
どちらかといえば、アリシアは他より味が劣る料理をみんなに食べさせないように、一人で処理してくれているんだと思うぞ。
「ずるいです~! ルピナスも人間さんの作った料理食べたいです~!」
「わ、わかりました……そっちのお皿もアキト様が作ったものなので……」
そういえば、俺が作ったのはもう一品あったよな。
あれ、その皿ってそういえば……
「あ……神狼様が……」
やっぱり。ソラがさっきから一心不乱に食べてたの俺が作った料理だ。
そうか、お前も俺の料理の処理をしてくれていたんだな。
黙々と一人で食事していた優しいソラに思わず抱きついてしまった。
「なぁっ!! お主もか! どおりでアリシアを咎めんはずじゃ!」
うん? なんか抱きしめてるソラの顔がシルビアをからかうみたいだ。
「むむむっ……たしかに気がつかなかったのは妾の落ち度じゃが……」
「えっと、もしかして俺の料理がどんな味か気になるってこと?」
「そうです! ルピナスも食べてみたかったです!」
興味本位だろうけど、そう言ってもらえると嬉しい。
「そんなふうに言ってくれるなら、俺でよければいつでも料理ぐらいするよ?」
「本当じゃな! じゃあ明日は妾とルピナスの分も頼むぞ!」
「約束ですよ!」
なんにせよ、これで当初の予定どおり、少しはみんなのために行動できたかな?
「そうれすよ~~……アキトさまなら、いつれもみなさんの料理をつくってくれますよ~~」
うん? なんかアリシアの様子がおかしい。
「な、なんじゃ? なんかいつもよりも幸せそうじゃぞアリシア」
「そうれしょうか~? 私はいつもしあわせれすよ~?」
これって……酩酊状態ってやつ?
「アリシア……酔ってる?」
「ええ~? 近寄るんれすか~? はい、よろこんれ~!」
うっ……腕にやわらかいものが押し付けられている……
アリシアが、俺の腕に抱きつくようにして寄ってきたからだ。
「どうなっておるんじゃ? 主様、料理に酒でも入れたのか?」
「い、いや、俺は肉と野菜と果物を炒めただけで……」
酢豚みたいなものを作っただけだから、酔っぱらうことなんてないと思うんだけど……
「もしかして、果物ってこれのことじゃろうか?」
そう言ってシルビアが見せたのは、梨に似た果物。まさしく俺が酢豚もどきに入れたものだ。
だが、当然ちゃんと味見はしたぞ。梨っぽいけどパイナップルっぽいから、入れたんだけど……
俺は別に酔っぱらったりしなかったし。
「これはブシュカという果物で、食べる酒とも呼ばれておる」
「え、でも俺は食べてもまったく酔っぱらわなかったぞ?」
「そうじゃろうな。ブシュカは体内の魔力に反応して、アルコールのような成分へと変化するからのう。魔力のない主様にとってはただの果物と変わりあるまい」
そんな落とし穴があったのか……それは完全にこちらの落ち度だ。
「アキトさま~。しるりあさんとらかり話してたらさみしいれす~」
酔っぱらったアリシアは、すごくスキンシップが激しい。
もうなんか、ぐいぐいと押しつけてくる。
さすがに……これを我慢するのは厳しいものがある。
「アリシア」
「んん? なんれすか~?」
赤くなった顔でこちらを見るアリシア。酔ってるだけなんだろうけど、妙に色っぽい。
「いい子だから落ち着こうね」
頭をなでてなだめてみる。
ソラならこれで満足してくれる。
「いやれす」
だけど、この酔っぱらいには通用しなかった。
さっきよりも近い……というか、腕どころか俺の体に両腕を回して抱きついてきた。
落ち着け俺。円周率とか数えよう。まずは俺が落ち着かないと……
「アキトさま……らいすきれす……」
思わずドキッとしてしまう。
だから、落ち着け俺。酔っぱらいの言葉だぞ。明日には覚えてもいない言葉に照れるんじゃない。
「あ、アリシア……アリシア?」
返事がないので不思議に思うと、アリシアは俺に抱きついたまま寝息を立てていた。
「う~む、見事に抱きついたまま眠っておるな。主様、こうなった以上は翌朝までアリシアと一緒にいるしかあるまい」
ソラがえっ?と驚いた顔を見せる。まあ、こうなった以上今夜はソラと一緒に眠れないわけだしな。
「仕方あるまい。神狼様、今日ぐらいはアリシアに譲ってあげてもいいのではないか?」
シルビアの言葉に最後まで不満そうだったが、ソラは俺の顔を一舐めしてから、普段寝るときは使用していない自室へと向かっていった。
シルビアとルピナスも食事を片付けてから、自室へと戻ろうとしていく。
「えっ、俺本当にこのままなの……」
「それじゃあ、アリシアを頼むぞ主様。なに、神狼様に普段してるように抱きしめて眠るだけじゃ」
それ……かなり難しいこと言ってるんだけど……
結局、その日は抱きついたまま眠るアリシアが気になって一睡もできなかった。
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