第33話 勘違いしてしまう女性たちの行動

 今日はソラと二人で湖に出かけた。

 勇者たちと釣りをするためによく訪れたお気に入りになりつつ場所だ。

 釣りなんて前の世界ではしたこともないけど、やたらとサバイバル能力に長ける勇者たちに教えてもらい、それなりにさまになっていると思う。


「釣り仲間の勇者たちがいなくなったのは、やっぱりさびしいな」


 釣り糸を垂らす俺に寄り添っていたソラは、さびしさをまぎらわせてくれるためか、ぐいぐいと体を押しつけてくれる。

 片手で抱えるようにしてから頭をなでつつ、釣竿を持ってゆるやかな時間を堪能する。


「大物とまでは言わないけど、なにか一匹ぐらい釣りたいな」


 ソラと話すも、ソラはうとうとして目を細めている。

 俺のなでる技術もここまで上達したかと、ソラを起こさないように一人でのんびりと何も反応がない釣竿を動かしていた。


「おっ、えっ!? なんだこれ!」


 何かの手応えを感じた。そう思った矢先に釣竿がものすごい勢いで引っ張られる。

 大物なんて次元の話じゃない。これ絶対俺よりでかい何かを引っかけてしまっただろ。


「あ、やべ」


 湖に引きずりこまれそうになったが、その前に湖が音を立てて飛沫が起きる。

 隣にいたソラの姿が見えないので、どうやらソラは湖に飛び込んで、釣竿の先にいる生き物を倒しに行ってくれたんだろう。


「おお、助かっ……た……」


 急に釣竿が軽くなるが、すでに水面スレスレの位置まで引っ張られていたのもあり、そのままバランスを崩してしまう。

 世界がゆっくりとスロー再生のようになるのを感じながら、俺は結局湖に向かって飛び込むこととなった。


(うわあ、あんなのに引っぱられていたのか)


 湖の中で俺が見たものは、馬鹿でかいザリガニのような化け物を咥えて湖から出ようとするソラの驚いた顔だった。

 いやあ、面目ない。せっかく助けてもらったのに結局落ちてたら世話ないな。


 忠犬ソラは、獲物をすぐに放棄して俺のほうまで泳ぐと、俺の服を咥えて水面に顔を出した。

 ちょっと、もったいなかったな。

 湖の底に沈んでいくザリガニを見ながら、俺はそんなことを考えていた。


「いやあ、助かったよ。ありがとなソラ」


 互いにびしょ濡れになりながらも、抱きしめ合う。

 さすがにいつものもふもふは感じられずに、びちゃっとした毛の感触がするだけだった。

 まあ、俺の方も大概な濡れ鼠なのでソラのことは言えない。


 だけどソラは俺から離れていってしまった。

 さすがにこんな状態で抱きつかれるのは嫌だったかなと思ったのだが、俺から距離をとったあとに全身をぶるぶると振るって水を飛ばしたかっただけのようだ。

 動物が濡れた時にやるやつだと若干の感動を覚える。


「でも、人間はそういうわけにもいかないよな」


 ソラの力がすごいからか、びしょびしょだった毛はいつもの柔らかそうな状態に戻り、すっかり新品のソラが出来上がっていた。

 対して俺は、いまだにぐちょぐちょで気持ちの悪い服を着ている。


「しょうがない。脱ぐか」


 さすがにそのままでは風邪を引きそうだし、何よりも気持ちが悪い。

 俺は下着以外を脱いで、しばらく乾かすことにした。


「どれぐらいかかるんだろう。悪いなソラ……ソラ?」


 ソラが固まっている。なんか最近こういうことが多い気がする。アリシアに似てちょっとおかしな子になってきたのかもしれない。


「もしも~し、聞いてますか~?」


 まだ少し体は濡れているけど、俺はソラに抱きついた。

 うむ、柔らかくて暖かくて気持ちがいい。

 悪いがしばらく俺のクッションになってもらおう。


「本当に大丈夫かお前?」


 いつまでたってもガチガチに動かないソラが心配になって問いかけるも、やはり反応がない。

 と思ったら、胸に温かいものが伝ってきた。


「え、おい! 大丈夫かソラ!」


 その温かいものの正体は、ソラの鼻から垂れてきた血だった。

 さっきのザリガニにやられたのか? それともものすごい深さまで潜って水圧にやられたのか?

 とにかく血が止まるまでは、ここで休んだほうがいいな。


 結局獲物は一匹も釣れずに、俺は濡れた体を乾かすため、ソラは鼻血が止まるのを待つため、俺たちは二人で湖の前で抱き合っていた。


 風を切るように駆けていく。

 景色が次々と流れていき、疾走感がたまらなく心地よい。

 わずかに濡れていた体もこの風が水滴を吹き飛ばしてくれる。

 帰り道、ソラの背に乗り森の中を走ってもらい、俺はとても満足していた。


「やっぱり、ソラの背中はこのもふもふ感が気持ちいいよなあ」


 シルビアに飛んでもらうのもいいけど、ソラに駆けてもらうのもまたすばらしいものだ。

 もはや二人の背に乗せてもらい森を巡回するのは、俺の趣味になっていると言っていい。


「元の世界に戻ったら、シルビアは当然だけどソラに乗せてもらうのもできなくなるんだろうなあ」


 ソラがショックを受けたようにこちらを振り返った。


「そうか、ソラもこの時間を楽しんでくれているのか、かわいいやつめ」


 背中に思い切り抱きついて親愛表現をする。

 だけど、さすがになあ。現代の日本で大きな狼の背中に乗って走ってたらニュースになるよ。


 おっと……ソラに優しく地面に降ろされる。

 急に抱きつかれて嫌だったのかなと思ったが、すぐに馬乗りになってじゃれてきたので、そうではないとわかった。


「なんだ、甘えたくなったか? いいだろうたっぷりかわいがってやる」


 俺の全身が気持ちのいい毛並みに押しつぶされるが、決して苦しくないように力は加減してくれている。

 まあ、身動きは取れないのだけど、ソラのやわらかい体が全身を包んでいるようで気持ちいいから問題ない。


 そのままいつものように頬をぺろぺろと舐めてきたので、されるがままになる。

 こういうことも元の世界じゃ無理だよなあ。

 だって他の人が見たら、確実に狼に襲われた男にしか見えないし。


 考え中にガサガサと茂みが音を鳴らしたので、ついそちらを見ようと顔を動かした。

 唇に温かい湿ったものの感触がする。

 ああ、そうか頬を舐めてたソラの舌だなこれ。

 俺が動いたせいで唇を舐められたみたいだ。


「なっ! なにを……いえっ! すみませんでした!」


 茂みから現れたのはアリシアだったけど、なんかものすごい慌てて謝ったかと思うと、走ってどこかに行ってしまった。


「なんだったんだろうな? ソラ。」


 ソラの方を見たら、なんか固まったように動かなかった。

 なんなんだろう。みんな今日はおかしいぞ。


    ◇


『ご主人様は私のことが好きなんだと思います』


「なんじゃ急に、自慢か?」


 シルビアはうんざりした様子で聞き返した。


『あなたたちも私の次には好かれているので安心していいですよ』


「すごい自信じゃな……」


『当然です。なんせご主人様は私に求愛行動をとってくれていますから』


 さすがに聞き流せない発言だと反応するが、シルビアとアリシアには心当たりがあった。


「た、たしかにとんでもない行動を見た気がするのう……」


「シルビアさんもですか? 私もさきほどアキト様と神狼様の仲睦まじい様子を……」


 ずるい。二人は目を見合わせてそう言っているようだった。


『それだけではありませんよ。ご主人様は、ほとんど生まれたままの姿で私を抱きしめてくださいましたから』


 自慢げに話すソラに神の獣としての威厳など微塵もなかった。

 だが、その話をうらやむ二人にとってそれは些事であった。


「ど、どういうことですか? つまり、ほとんど裸で抱きしめてくれたと?」


「ず、ずるいぞ! 妾なんて普通に抱きしめられたこともないというのに」


 みんななかよしですねえとルピナスだけが、どこかずれたことを考える。

 そんな会話をしているとタイミングよく秋人が現れる。


「あれ、みんなどうしたの?」


 いの一番に行動したのはアリシアだった。


「アキト様! き……き、き……キスしませんか!!」


「え、どうしたの急に……」


 あまりの勢いに引き気味に答える秋人だが、アリシアは暴走しているようで、秋人に顔が触れ合うほど近づいていた。


 ときおりこんな風になる変な子なんだけど、見た目はとてもかわいいのだから困る。

 美女への耐性があるわけではない秋人は、至近距離のアリシアの顔に自らも近づこうとする欲求を必死に抑えた。


 普段はそれを止めてくれるシルビアに助けを求めるも、シルビアはシルビアでなにか考えてから、顔を真っ赤にしてこちらを向いて意を決したように彼女らしからぬことを言った。


「主様……わ、妾の……唾液……飲むか?」


「飲まないよ。何言ってんだ」


 どうしてそんなことを言い出すのかわからないが、まずはっきりと拒絶しておく。

 アリシアの突然のキス発言がかわいく見えるほどのとんでもない発言だったが、断るとなぜかシルビアは目に見えて落ち込んだ。

 

「神狼様でなければだめだというのか……」


 なんだか一気に疲れた。

 そんな秋人にルピナスが秋人の周りを飛びながら近づく。


「人間さん人間さん」


 その姿に癒しを感じながら、いつものように指でなでると、ルピナスは目を細めてうれしそうにした。

 普段はそれで終わりだったのだが、ルピナスはそのまま秋人の顔に近づくと、鼻にキスをしてまた顔の周りを飛び回った。


「大好きですよ。人間さん」


 まあこれくらいならいいかと、秋人は妖精のいたずらを抗議するように、いつもよりも強めの力で頭をなでるのだった。


「……シルビアの発言は変態すぎたけど、正直アリシアのことはかわいいと思ってしまったな」


 あやうく流されかけてしまったため、自制しなければと心を引き締める秋人の姿には誰も気がついていなかった。

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