第31話 噂が真実へと変わるとき

 城内を勇者たちが歩いていく。

 かつてルメイに仕えていたころは、仕えているというよりは隷属しているかのような扱いで、その姿も疲弊しきった弱々しいものだった。

 しかし、ルメイが失脚し勇者たちもフィルに従うようになってからは、かつての姿が嘘のように堂々とした立ち振る舞いとなり、城内、城外ともにその姿を目にした者たちに尊敬される存在となっていた。


「はあ……」


「どうしたレミィ。もう疲れたのか?」


 物憂げにため息をつくレミィをからかうかのように、ジェリが話しかける。


「んなわけないでしょ。ルメイ王女のわがままに付き合わされてたことを思えば、フィル王女様のために働くことで疲労なんてこれっぽっちも溜まらないわよ」


 ルメイの無茶な仕事の依頼によって、良くも悪くもツェルール王国の勇者たちはタフになっていた。

 そのため、過労で倒れるほどの労働量だろうと、そこそこに疲れる程度ですむような感性となっており、フィルに頼まれる仕事量程度では疲れることさえなかった。


 そんなタフな勇者たちがため息をつくほどのできごと。


「つまり、アキト様に会えなくて気落ちしてるのだな」


 それは男に会えないということだ。


「し、しかたないでしょ! ジェリだってそう思ってるんじゃないの!?」


 図星を指摘されて恥ずかしくなったためか、レミィはまくし立てるようにジェリに食ってかかった。


「まあ、落ち着け。私だってそう思ってるかだって? そんなの当たり前じゃないか。」


 真剣な表情でそう断言する姿を見ると、レミィもそれ以上は何も言えなくなる。


「慣れたら大変ってフィル王女様が言ってたことが、今になってよ~く理解できるわ」


「そうだな。だが、だからと言って会わなければよかったということではないだろう?」


「当然でしょ」


 知ってしまい、体験してしまったからこそ、勇者たちは自分たちの中での男に求めるハードルが上がってることに気がついた。

 ルメイが失脚し、国で管理すると言われていた男たちが解放されることとなった。

 そのため、国内の有力者たちが男たちへとアピールをし、男たちが承諾すれば共に生活をする権利を得られる。そんな出会いの場が設けられることになったのだが、国の混乱を収めたフィル王女と勇者たちもその機会を得ることとなった。


 フィルはやめておいたほうがいいと忠告したが、国で管理していた男たちと顔を合わせたことのない勇者たちは、この機会を無碍にすることはなく、是非と男たちと面会をした。


「いや、本当にあれはないよ……」


「私、お金を貢ぐ権利をやるとか言われたんだけど」


「起きてる間は帰ってくるな、寝てる間になにされるかわからないから家に入るな、起きる前に出ていけ、とか、それいつ一緒にいるの?」


 男たちはあくまでも、自分たちを一番良い条件で養う相手を探すだけであり、勇者たちはもっとも条件の良い寄生先であることをアピールする。

 それこそが、今回勇者たちが参加した男から品定めされるという場の本質だった。


 つい最近まで共に生活した男のことを思い出してしまうと、もはやその場でアピールする気になんて到底なれず、結局勇者たちはそんな男たちにも全力で好条件を提示しようとする有力者たちのたくましさを目の当たりにして感心するだけだった。


「ていうかさ、なんで最初から見下してたり喧嘩腰なのよ」


「ねえ、アキト様なら笑顔で話しかけてくれるのに」


「私がそばにいても無防備に寝顔見せてくれた」


「私、膝枕しようとしたんだけど、直前であの方が……」


「それはあんたが調子に乗りすぎなのよ」


 自分たちが初めにかかわった男性と一般的な男性とのあまりの落差に、勇者たちはアキトの話題で盛り上がり始める。

 しかし、ここは勇者以外も多くの者がいる城内であり、その会話はその者たちにも筒抜けだった。


「え? 夢の話じゃないの、あれ」


「ねえ、さすがにそんな男なんて世の中に存在するわけないじゃない」


「まだ心労が残っていて幻覚見てるんじゃないの?」


 勇者たちの存在を疎ましく思う者たちは、厳しい意見や嘲笑を。


「うわ~、勇者様って本当に禁域の森で男の人と暮らしたんだ~」


「え、え? 私が作った料理とか食べてくれるの? というか一緒に料理とかしてくれるの? すごい」


「い、行かなきゃ! 禁域の森に!」


「馬鹿! 一歩踏み入れただけで死ぬわよ。私たちなんて」


 勇者を尊敬する者たちは、勇者たちの会話を完全に信用し、夢ある話で盛り上がる。


「はあ……また会いたいわ。アキト様に……」


 勇者たちの噂話は瞬く間に城内から国内へと広がっていき、禁域の森にいる男の噂話はいまもあらゆる場で話題とされ続けていた。


「その男の人はアキト様っていうらしいよ!」


「なんでも勇者様たち全員を倒せるほど強い人なんだって」


「すごく優しくてすごくかっこいいって聞いたわ」


「なんか十人ぐらいいるみたいだよ」


「私はアキト様は人間じゃなくて神様だって聞いたわ」


「え、神様じゃなくて異世界からきた勇者様じゃなかったっけ?」


「そうそう、なんか女神様が異世界から連れてきてくれたんだって」


「さすが女神様!」


「私女神様のこと信仰する!」


    ◇


「おいおい、なんか尾ひれつきまくってそうじゃねえか?」


「だろうね。だいたいなんだい何人もいるって噂は。願望が混ざりすぎてやしないか?」


「でもみんな同じ名前を言ってるし、名前は本物なのかしら」


「そうかもしれないね。でも、この噂って例の彼だろ?」


「うん。噂みたいにあの森に何人も男の人がいるとは思えないし、多分私たちが見た人だと思う」


 国中で噂されているということは、聖銀の杭が拠点としている町の馴染みの酒場も例に漏れていない。

 今日も忙しさで半ギレになりながら動き回るクロエを横目に、これまでとは一風変わった噂を聞きながら面々は酒を片手に話し合っていた。


「禁域の森に男がいる。これは間違いないわよね。だって私たち全員見たもの」


「それに、王女様や勇者たちまで見た……というか、一緒に暮らしたって噂」


「うらやましいねえ。男といっしょに楽しい生活なんて、女の願望を体現したわけだ」


「こうも噂話ばかりだと、どこまでが本当なのかわかんねえな」


「王女や勇者が生活したというのも、本当のことじゃないかな。その辺は本人たちの言葉だろうから、見栄や虚勢でないのなら本当に体験したのだろう」


「第二王女なら政治的な理由とかでやりそうだけど、フィル王女様がそんな嘘つくとは考えられないわね」


 少し前までそんな発言しようものなら、不敬として断罪されてもおかしくない言葉まで出てくる。

 それを誰も訂正させないあたり、ルメイの天下が終わったということは国中での共通認識のようだ。


「王女様や勇者の言ってることが本当なら、あれか? 女に優しい、見下していない、一緒にいてくれる、そんな男が本当に……たしかに前見たあの男は、倒れた勇者に触れてたし大切そうに抱きかかえていたな……」


「多分、彼で間違いない。禁域の森のアキト様。それが噂の出自というわけだ」


「何人もいるとか、神様だったとかは、噂が広まるうちに誰かがつけた尾ひれでしょうね」


「でも、さすがにその辺の噂は信じてる人は少ないけど、女神様のおかげって思ってる人は多いみたい」


「そのようだねえ。今では教会の戸を叩き、女神様を信仰する者がかなり増えているようだよ? なんでも、信仰すれば自分にも異世界の男を紹介してくれるそうだ」


 バカバカしいといってプリシラは、手にしていたグラスを傾けた。


「それでも、以前よりはましだね。ルメイ王女主体だったころに教会が権力を増すようなことがあれば、それこそ国が二つに分かれていただろうからね」


 そう締めくくって禁域の森の男の話を終える。

 その話を聞いていた、周囲の客は王女や勇者だけでなく、優秀な冒険者まで禁域の森に男がいると確信しているため、噂の真偽を疑うような者はもはやいなくなっていた。

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