第30話 あなたは私のご主人様
「しかし、アリシアの言ってたとおりじゃったの」
シルビアが感心したようにこぼしました。
たしかに、アリシアが危惧していたとおりでしたね。
ご主人様はどんな相手にも優しいので、私たちが見張っていないとすぐにご主人様の優しさの虜になる女性が増加する。
現に私たちがそうなのですから、もっと危険視するべきでした。
「結局、勇者の集団と暮らすことにはなっちゃいましたけどね……あの子たち全員アキト様に懐いちゃいましたし……」
「じゃが、森の外に行った場合はそれ以上のメスを引き寄せておったはずじゃ」
『ええ、ですから初めて出会ったときにご主人様が外に行くことを反対したのは正解でしたよ』
本当にあれは良い仕事でしたね。やはりアリシアはとても優秀な人間です。
「しかし、触れぬようにはしておったが、主様と出かけたりしておったのによく神狼様は許したのう」
『私の邪魔はしませんでしたからね。私とご主人様の生活が今までどおりなら、目くじら立てることもありません』
私はそこまで狭量ではないのです。
あの人間たちは一番上に私、その次にアリシアとシルビアとルピナスということが、ちゃんとわかっていました。
そこまでわきまえている者たちであれば、噛みついたりはしません。
それに、私だけが抱きしめてもらってなででもらえるというのは、少し優越感を感じました。
……噛みつくといえば、最近ではアリシアを甘噛みする回数が増えましたね。
アリシアはご主人様とのふれあいを望んでいるようですが、やっぱりご主人様と同じ姿同士のふれあいは心地よいものなのでしょうか?
「ルピナスさんもお疲れさまでした」
「うむ、森と町の往復は大変じゃったろう」
「ルピナスならぴゅーんですよ」
『それは頼もしいですね。これからも頼りにしてますよ』
この子も思ってた以上に優秀ですね。
この子しか使えない魔法で住居を作り、人間たちへうわさを広めて、何度も森と町を行き来してうわさを仕入れる。
あのとき噛みつかなくてよかったです。
「神狼様もずいぶんと丸くなったのう」
『うるさいですよ。さすがにこれだけいっしょに生活してたら、あなたたちにも多少は情がわきます』
初めは私とご主人様の生活のじゃまとしか思いませんでしたが、まあわりと楽しいです。この子たちとの生活も。
シルビアもご主人様を運んだり勇者たちも倒したりと、ご主人様に良いところを見せるためにはりきってましたね。
……あれ、もしかして私だけそんなに活躍してないんじゃないですか?
私、毎日森の中に異変はないか警戒はしてましたけど、ご主人様の腕の中でやってたことですし……
ご主人様が危ないときは、すぐに狼藉者を始末してますけど、一瞬のことなのでご主人様が理解していない気がします……
どうしましょう。私もけっこう役に立ってるはずなのに、ご主人様の中での私の認識は、毎日甘えてくるだけの愛玩動物のような存在になっていないでしょうか……
愛玩動物……ご主人様の……
それもいいかもしれませんね。
「神狼様、変なこと考えておらんか? というか、アリシアに似てきたのう……」
「どういう意味ですか!?」
『失敬な、変なことなんて考えていません。ご主人様に愛されたいと思ってただけです』
十分愛されてるじゃろと呟くシルビアですが、まだまだ足りません。
私も強欲ですね。どんどんご主人様にふれあいたいと思う欲求が増していきます。
――せっかくですし、またあれをやってみましょうか。
◇
ご主人様は今日もお疲れなのか、ぐっすりと眠っています。
起きてる間に抱きしめてもらえなかったのは残念ですが、ちょうどよかったですね。
これで、また人間の姿でご主人様に甘えることができます。
今回は起こさないように慎重にためしましょう。人間同士のふれあいだと心地よいのかどうかを。
私はすぐに人の姿に変身するとまずはご主人様を起こさないように、いつものように腕の中に収まるように体を預けてみました。
ご主人様は毎日私を抱きしめて寝てくれるので、私が近づいたらぎゅっと抱きしめてくれました。
きっと、私を抱きしめて寝るのがくせになっているんですね。私もとてもしあわせです。
しかし、普段の姿と違うからか、もぞもぞと腕を動かして抱きしめなおしてを繰り返しています。
ですが、満足いかなかったのか私を抱きしめることを諦めてしまいました。
……やっぱり、人の姿じゃないほうがいいのかもしれませんね。
ならば、次は前回失敗したこれを試してみましょう。
ゆっくりと顔を近づけ、ご主人様の寝息が顔にかかるほど近づきます。
この寝息をずっと浴びるだけでもいいのですが、そのまま顔を接近させてゆっくりと顔を舐めます。
舌が小さいからあまり広範囲を舐められませんが、丁寧にチロチロと舐め続けてみました。
ふむ……これは悪くないかもしれませんね。
うまく説明できませんが、狼の姿のときとは違った趣きがあって気分が高揚していきます。
私はふとご主人様の手を見ました。
私を抱きしめることを諦めてしまった手。
この手が恋しくなってきた私は、気がついたらご主人様の手……というか指を口の中に含んでいました。
傷つけないように、起こさないように、慎重に愛しむように口内の指を舐め続けます。
この姿だと口が小さいので、ご主人様の指をくわえただけで口内が満たされますが、それさえもしあわせでした。
なぜか私はご主人様の指を一心不乱に舐め続けていました。
……? なんだがお腹の下のあたりが熱くなってきましたね。
不思議と嫌な気分ではないので、私はその感覚を気にせずに結局一晩中ご主人様の指を舐め続けていました。
◇
「なんかこの前の女の子に指をしゃぶられる夢を見た気がする……」
なんなんだ俺は……欲求不満か。
いや、だとしてもあんな小さな女の子でそんな夢見るとか、さすがにどうかしてる。
「あれ? なんか指が濡れてるな。ソラなんか知ってる?」
知るわけないか。ソラは俺を見つめているが、多分なにを聞いているんだと呆れているんだろう。
匂いを嗅いでみるけど、とくに嫌な臭いはしない。
なんだろうと思い軽く舐めてみると、嫌な味はしない。
本当、なんなんだろうこれ。
「そ、ソラ! 大丈夫か!?」
なんかソラが下を見て真っ赤になってる。
病気にでもなったら大変だと思い、アリシアを呼ぼうとするがソラに止められた。
あれ、もう大丈夫そうだ。なんだか今朝は不思議なことばかりだな。
まあそれはそうと、おはようのハグをしよう。
なんか、昨日はソラを抱きしめて寝てなかったせいか、やけにソラを抱きしめたい。
急に抱きしめたにもかかわらず、ソラは嫌がらずに抱きしめられてくれた。
やっぱりいい子だなこの子。うちに持って帰って飼いたい。
しばらくソラを抱きしめ続けていると、俺たちも起こすためにシルビアが部屋に入ってきた。
朝からソラとじゃれる俺を見て、やや呆れたような目を向けられる。
「ん……?」
すると、シルビアは鼻をならしてなにかの匂いを探っていた。
「むむ?」
そして、目覚めたときに濡れていた俺の指をじっと見つめる。
「神狼様……一晩中マーキングはやりすぎじゃろ……」
ソラの匂いでもするのか? ああ、そうか一晩中抱いてたからな。
たしかに、俺に匂いをつけるために甘えてきてかわいいし、しかたない。
そんなことを考えていたら、まだ濡れてた指から水滴が垂れそうになるので、思わず口に含んだ。
指をしゃぶってるみたいであまり行儀がよくないが、とっさのことだったから許してほしい。
「なっ!?」
「あ~、ごめん。行儀悪かったね」
驚くシルビアに謝って、俺は今日も一日頑張るべく部屋を後にした。
◇
「ど、どういうことじゃ……神狼様、もしかして主様と睦事に及んだのか……?」
シルビアがソラのほうを見ると、さすがのソラも恥ずかしさからか固まった姿のまま動くことはなかった。
「神狼様……だめじゃ。意識がもっていかれておる」
そんなあまりにも珍しいソラの様子を見たシルビアはわずかに戦慄していた。
「主様……神狼様をこんな状態にできるのは主様だけじゃぞ。本当にすごいお方じゃ……」
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