第29話 王女の凱旋
エルフの村との交流も終え、勇者たちもこの森での生活にずいぶんと馴染んできてようだ。
「アキトさ~ん。一緒に湖に行きましょう」
「え~、私たちと狩り行きましょうよ~。かっこいいところ見せますよ~」
俺にも慣れてくれたのか、今では普通に話をするていどには友好的な関係となっている。
だけど、なんというかその……距離感が近い。
触れてきたりまではしないんだけど、触れる寸前の至近距離で話をするので息がかかって、変な気分にもなる。
「ちょっと、あんたたちいい加減アキトさんを困らせるのはやめなさいよ」
「そんなこと言って、レミィだってこの前仲良く湖で釣りデートしてたじゃん」
たしかに、俺に釣りを教えてくれたけど、デートといえばデートなのかもしれない。
勇者なのに物資とかもらえずに食料すら現地で調達することになるので、自然とサバイバル能力が培われていったという、なんとも苦労の絶えない話を聞いただけだったんだけどな。
あと、果物と肉ばかりだったけど、森の中の湖で魚が調達できたことで、久ぶりに食べた焼き魚の味はとても絶品だった。
「そ、それは……もういいわよ」
「え、なにその反応! アキトさんとなんかあったの!?」
恥ずかしそうに顔を赤くするレミィちゃんだけど、あれはきっと終始愚痴を聞かせてたことを恥ずかしがっているだけだと思う。
だいたいなんかってなんだ。妹みたいな子に手を出すような男じゃないぞ俺は。
「こ、こんな未熟な体の子に手を出すくらいなら、私がお相手いたしますけど!」
「だれが未熟な体よ!!」
だからアリシア、勘違いして俺に体を押しつけてくるのはやめてくれ。
さすがにアリシアが相手だと俺の理性がもたないんだってば。
「痛い!!」
あ、ソラがアリシアのおしりに噛みついた。
なんか久しぶりにこの光景を見るなあ……
「あ、ここまでですね~。大丈夫です神狼様! 私たち、ちゃんとわきまえていますから!」
すっとソラが俺の足元に立つと、勇者たちはちりぢりに散っていった。
ソラ……頼りになる。
「ここにきたときは大違いだな」
「そうですね。自由になって本来の彼女たちに戻ったといったところでしょうか」
おしりをさすりながら正気に戻ったアリシアが答える。
勇者のみんなはさっきみたいに、毎日にぎやかで楽しそうにこの森で暮らすようになった。
当初の暗い顔や元気のなさが嘘のように、フィルさんたちのときのようにここでの生活で徐々に元気を取り戻していったみたいだ。
この森、癒し効果でもあるのかもしれないなあ。
「そういえばルピナスの姿が見えないけど、また町まで行ってるの?」
「ええ、ルピナスさんには町の様子をうかがってもらっています」
第二王女がこの森から撤退してから、少なくない時間が経過している。
勇者を失い逃げ帰った第二王女への国民からの不満が爆発したタイミングで、フィルさんたちが帰国するためには、現在の国の状況を知る必要がある。
ルピナスはその役目を買って出てくれて、定期的に森の外に出て町の様子を見てくれていた。
「さすがにもう国の人たちにも気づかれ始めているみたいだね」
「ええ、国民たちも半信半疑といった様子だったようですが、これだけ勇者たちが姿を見せないと、禁域の森から敗走したと信じるようになってきたようです」
じゃあ、もうすぐ勇者のみんなともお別れだな。
わずかなさみしさを感じながらも、俺は残されたわずかな時間で勇者のみんなとのにぎやかな生活を楽しむことにした。
◇
「本当にありがとうございました」
頭を下げるフィルさんは、ここにきたときと違って背筋をピンと伸ばし、はきはきとした口調だった。
はっきり言ってまるで別人のようだ。
妹が無茶をした責任は自分にあると思い、自己嫌悪から塞ぎ込んでいたようだけど、ここでルビーさんと二人で暮らすうちに考えが変わったみたいだ。
「これから大変だろうけどがんばってね」
そんなありきたりなことしか言えないが、フィルさんはそれでも俺の言葉に微笑んでくれた。
「外の人間さんたち、王女様はだめだめって言ってたです」
ルピナスが町まで行き様子をうかがうと、すでに第二王女の悪評が広まっているようで、これまで勇者たちが不当な条件で酷使されていたことやそんな勇者たちを失ったことが糾弾されている。
しかし、それは国中が不安な状態ということのようだ。
だからこそ、フィルさんと勇者たちは今このタイミングで帰還することを決めたのだろう。
「次に会ったときこそ絶対に一太刀入れるからね! 見てなさいよシルビア!」
「ぬかせ小娘。それならせいぜい精進することじゃ」
勇者のうち何人かは腕試しとして定期的にシルビアと戦っていたようだが、やっぱりシルビアの強さはすさまじいらしく、今日まで無敗どころか無傷だったらしい。
でも、その戦いを通じて仲良くなれたみたいだから、少年漫画のキャラクターみたいな付き合いをしているなと思った。
「シルビアお姉さまありがとうございました!!」
「うむ、貴様らも精進せよ」
なんか舎弟みたいな勇者も何人か増えてるけど、慕われているのは間違いないだろう。
「やはり、戻る気はないのか?」
「ええ、今はここが私の居場所です」
アリシアはアリシアで何人かの勇者たちに国に戻らないか尋ねられている。
そういえば、アリシアと同じ国の人たちだもんな。
聖女という特別な立場だし、ルビーさんみたいに元々知り合いだった勇者たちも多かったのか、初めから顔見知りのように話していた。
「あなたが戻ってくれたら国も安泰なのだがな……」
「私はそちらは引退した身ですよ。ですが、どうしようもなくなったときは、いつでもきてください。」
顔見知りというか、先輩と後輩みたいな関係も多いみたいで、いまいち聖女と勇者の関係というのもわからないままだったけど、良い関係を築いているみたいだし変に勘ぐるつもりもない。
「ほら、さっさと準備しなさい」
「やだ~私もここに住みたい」
「私たちにやさしくしてくれる男の人なんてもう二度と会えないのに!」
俺との別れを惜しんでくれている人たちもいるらしい。
やさしくしたというか、普通に話したり一緒に出かけたり作業したってだけなんだけどな。
「そんなの私だってそうだけど、国中が混乱してるんだから戻らなきゃだめでしょ!」
「混乱させておこうよ~」
「いいな~ソフィアは」
すでにエルフの村の住人となっていたソフィアちゃんだけは、この森で暮らし続けるため、そんなソフィアちゃんを羨む声が上がる。
当のソフィアちゃんは、特に表情を変えずに勇者たちを見送ると、今度こそフィルさんたちは王国目指して進んでいった。
「行ってしまいましたね」
「うむ、なかなか賑やかな連中じゃった」
はじめは賑やかとは真逆の集団だったけど、ここで元気になって本来の姿を取り戻せたということは、前の職場がよっぽどきつい労働環境だったんだろうなと同情してしまう。
フィルさんの部下として働くようになるから、むこうでもこのまま元気な彼女たちのままでいてほしいものだな。
◇
禁域の森へ攻め入り、勇者をすべて失うという愚行に国民たちはこの国の未来を憂いていた。
第二王女の表向きの顔だけを見て、次期女王として崇めていたが、それは間違いだった。
そもそも、勇者を失い戦力が一気に減少したこの国はどうなるのかという不安でいっぱいだった。
「ねえ、あれ……」
そんな国を訪れた集団に国民の一人が顔を向けると、驚いた様子で近くにいた者に声をかける。
その者もその集団を見ると、驚き固まったかのように動きを止めた。
そんな様子は伝染したかのように、広がっていき、やがて堰を切ったように国民たちは騒ぎ出した。
「フィル王女様が勇者様を連れて帰ってきた!」
以前見たようなどこか弱々しい姿ではなく、堂々と胸をはり凱旋するように王都を歩く姿に民衆は希望を見出す。
そんな国の様子を見ていたルメイは、疲れ切った様子で人知れず呟くのだった。
「そういうこと……いいわ、今回は私の負けを認めてあげる。馬鹿な国民のためにせいぜい苦労するといいわ。お姉様」
こうしてツェルール王国は、フィルを女王とした国家に変わった。幾人もの勇者たちの協力もあり、以前よりも豊かで強大な国として周辺諸国から一目置かれることとなるのだった。
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