第28話 勇猛でも勇敢でもない年相応の少女たち

「お、お待たせしました!」


 息を切らせて金髪のツインテールの子が走ってきた。

 そんなに急がなくてもいいのに、きっと真面目なんだろう。

 とりあえずちゃんと服は着ているから一安心だ。


「なんか急がせちゃってごめんね」


「そ、そんな! アキト様が謝るようなことではございません!」


 固い。めちゃくちゃ固いよこの子の態度。


「えっと、そんなにかしこまらないでいいよ。普段の口調の方がこっちも話しやすいから」


 この子の普段の口調知らないけど、こんなガチガチの態度よりはまずましだろう。


「えっ……それは……」


 尻込みしてるようだ。無理強いはしたくないんだけど、なんとなくこの子は無理して固い口調になってる気がするんだよなあ。


「大丈夫だから。どんな口調でもいいよ」


 しっかりと目を見てうながすと、向こうも納得してくれたみたいでゆっくりと口を開いた。


「じゃ、じゃあ。他の人に話すみたいにするわね? 本当に大丈夫なの?」


「うん。そっちのほうがずっといいよ」


 無理して話されるとこっちが疲れそうだからね。


「あ~!! レミィが抜け駆けしてる!」


 レミィちゃんというのか。

 ソフィアちゃんと同い年ぐらいかなこの子。


「ば、馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ! 私なんかがそんなことをしたら失礼でしょ!」


 なんか自己評価低いな。

 そうか……第二王女のもとでひどい労働条件で働かされていたんだ。きっと洗脳まがいなパワハラ発言も日常的に浴びせられていたんだろう……

 なら、その低い自己評価を改めてもらわないとな。


「いや、レミィちゃんみたいにかわいい子なら嬉しいよ?」


「なっ! えっ!?」


 顔を真っ赤にして口をぱくぱくと開いている。レミィちゃんをからかっていた子もぽかんとして黙ってしまった。

 やってしまった。

 こんな歯の浮くような言葉、絶対気持ち悪がられている。


「わ、私はどうでしょうか!?」


「え……君もかわいいと思うけど」


 レミィちゃんをからかっていた子に聞かれたので素直に答える。

 するとこの子もものすごく照れてしまった。

 嘘だろ。どれだけ褒められずに働き続けてきたんだこの子たち。

 俺なんかの言葉で自信が出るのなら、いくらでも彼女たちを褒めよう。

 ……はたから見たら気持ち悪い光景だけど。


 そんな決意をしていた矢先、支度をすませた勇者たちは次々と集合し、そのたびにかわいいだのきれいだのかっこいいだの少ない語呂で褒め続けた。

 いや、これまじで全員褒めることになりそうだな……


    ◇


 結局本当に全員を褒めた。

 しかもなぜかソラとアリシアとシルビアとルピナスのことまで誉めることになった。

 ソラに至っては、褒めるだけじゃ足りないと言わんばかりに、いつものように抱きつき撫でさせられ顔を舐められた。

 それを見ていた勇者たちが、目が飛び出るほど驚いていたので、そういえばソラって他の人からしたら怖い存在だったなと思い出す。

 こんなふうに撫で回して威厳とか大丈夫かなと心配になったが、もっと撫でろとねだってきたから多分大丈夫だろ。


「ところで、アリシアさんは知ってるけどあんた誰? フィル様の話にあんたはいなかったわよ?」


 森の中を進んでいると、レミィちゃんがそんな疑問を口にした。


「なに!? 妾だけ仲間はずれじゃと、どういうつもりじゃ!」


「まって……その声……あんた、あのドラゴンなの!?」


 レミィちゃんが驚いている。

 そういえばアリシアも初めてシルビアが変身したとき、思いのほか驚いていたっけ。

 やっぱりこの世界じゃ竜が変身するなんて常識はないようだ。


「なんじゃ気づかんかったのか小娘」


「当たり前でしょ! なにしれっと人間になってるのよ!」


 シルビアの機嫌が良さそうだ。

 多分レミィちゃんのことを気に入ったんだな。


「シルビアを知ってるってことは、レミィちゃんはシルビアと戦ったんだ」


「うむ、力の差を理解しながらも妾相手に最後まで戦った小娘じゃ」


 竜の姿のシルビア相手に戦うなんて、普通の女の子にしか見えないけど、やっぱり勇者なんだな。

 そんなことを考えていると、前に見たでかい蛇が出てきた。


「行くわよ!」


 うわあ……勇者の集団に囲まれてなにもできずに殺されたぞ。

 改めてすごい強さの集団と共に行動していることを思い知った。


 その後も獣たちはヘビと同等程度なら勇者軍団に狩られ、ヘビより強いとさすがに勇者たちでは手に負えないのか、ソラとシルビアに狩られていった。


 そんなに狩って食べきれるのだろうかと思ったけど、なんか保存用の魔法を使える子もいるらしい。


 だけど、勇者たちもつい気合を入れて狩りすぎたと思っていたらしく、いくつかの獲物はエルフの村へお裾分けすることとなった。


    ◇


「こんにちはルチアさん」


「こんにちはアキト様、今日は随分と大所帯ですね」


「ああ、この人たちはしばらくこの森で暮らすことになる勇者たちなんだ。狩りをしてたらやりすぎちゃったんで、この村にお裾分けをと思ってね」


 勇者とお裾分けの多さにルチアさんが驚き固まるも、すぐにテキパキと村の人たちに食料を運ぶように指示を出す。


「ありがとうございます。ソフィアのおかげで食料不足は解決しましたが、これだけの備蓄があれば今後も飢える心配はなさそうです」


「ソフィアというと、もしかして勇者のソフィアのことか?」


 レミィちゃんと仲が良さそうな槍を持った青髪の勇者ジェリさんが驚いたように尋ねた。


「はい。少し前からこの村で暮らすようになり、その力で私たちを守ってくれています」


「そうが……あの子は無事だったんだな」


 ジェリさんだけでなく、他の人たちも安心した様子が見て取れる。

 ソフィアちゃん死んだあつかいになってたから、みんな思うところがあったいみたいだな。

 そんな話をしていたら、ミーナさんたちと狩りに出ていたらしいソフィアちゃんがちょうど帰ってきた。


「あれ、みんな? どうしたの?」


 ソフィアちゃんは、かつての仲間たちがそろっていることに不思議そうにしている。


「あんたねえ……もう少し驚くとかないの?」


 そんなマイペースなソフィアちゃんにレミィちゃんが呆れたようにつぶやくが、ソフィアちゃんにとってはこれでもそれなりに驚いていることはわかっているのか、本気で呆れているというわけではなさそうだ。


「私たちもきみと同じさ。ルメイ王女から解放されるために、しばらくこの森で暮らすことになった」


「そう……」


 少し口角が上がったようなので、きっと喜んでいることがわかる。

 こうしたソフィアちゃんの様子を見ると、最初に会った時の驚き動転していた姿は本当に珍しかったんだなあ……


「みんなもこの村で暮らすの?」


「いや、私たちはフィル様たちと住むことにするつもりだ。きみも誘うつもりだったんだが……きみはもうこの村が新しい場所なんだな」


「うん、みんないい人」


 ソフィアちゃんがすでに村に溶け込んでいるため、ジェリさんたちは勧誘を諦めた。


 せっかく村にきたということで、ルチアさんが俺たちのことを歓迎してくれるそうだ。

 とはいってもぼうっと待ってるだけなのも申し訳ないので、俺たちは村のエルフたちと一緒に食事の準備をした。


「これを切ればいいの?」


「いえ! アキト様にそのようなことはさせられません! どうか休んでいてください!」


 断られた。


「あ、火を点けるなら手伝おうか?」


「アキト様! 私たちがやりますので座っていてください!」


 あれ……もしかして俺ってじゃまか?


 色々な場所に顔を出すも、俺を崇拝してしまっているエルフたちが手伝いを断る。

 じゃまものあつかいというよりは、こちらにそんなことをさせてはいけないという強迫観念に近いものを感じる。


 これ以上気を遣わせるとかえって迷惑かと思い、俺は座りながらみんなの作業を見守ることになった。

 むう……勇者たちとアリシアどころか、シルビアやルピナスまで手伝っているというのになあ……


 暇を持て余す俺を気遣ってくれたのかわからないが、ソラが俺の膝の上に乗ってきたので、俺はソラをなでながら料理ができるのを待ち続けた。


    ◇


「あ、あんなに無防備に近づいてくるんだ……」


「あれがアキト様ですから」


「あんな近くで一緒に作業なんかしたら、緊張で手が震えてまともに作業にならないわよ……」


 秋人が離れたことで、ガチガチに緊張していた勇者たちは改めてありえない距離感で接してくる秋人の話をしながら作業に移った。


「アリシア様はいつもあんな感じで話をしているのですか? よく緊張せずにふつううに会話ができますね」


「そうですね。私は誰とでも自然体で接するよう心がけてますから」


「自然体すぎて煩悩まみれじゃからなこの聖女」


「そ、そんなこと…………ありません……よ?」


 心当たりがあるからか、アリシアは途切れ途切れに返事をすると勇者たちは楽しそうに笑い、その光景をさみしそうに遠くから眺める秋人の頬をソラは元気づけるように舐めていた。

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