第25話 攻略推奨レベルを満たしておりません

 結局あれからお姉様が帰ることはなかった。

 懸念されていた禁域の森の危険性を訴える声も、あらかじめ用意していた姉の弔いという大義名分によって封殺する。


「どいつもこいつも、たかだか森林の一つに危険だの手を出すなだの馬鹿馬鹿しい。王国中の勇者を使うのだから危険も何もないわよ」


 今回編成した部隊は前回のような、腰が引けた雑魚たちじゃない。

 国の全戦力ともいえる強者たちを連れてきた。

 わかっているのかしらね? これで負けるってことは私たちの国がこの森以下ってことよ?

 そんなはずないのに、あそこまで必死に止める者たちの気がしれない。


「ルメイ王女様。準備が完了いたしました」


 お母様から借りた勇者の一人が、私に話しかけてくる。

 私の道具と違って、ちゃんと私に敬意を払うだけの知恵はあるし、あの道具たちよりも強いというまともなやつ。

 名前は……覚えてないから勇者でいいわね。


「そう、じゃあさっさとこの森にいるとかいう男を捕まえるわよ」


 無理なら殺してもいいけど、それを言ったらこいつらがまたうるさいし黙っておくことにする。


 私を守るような布陣で森の中を進む。

 道中で犬の顔した魔獣やイノシシの魔獣に出くわし、やけに手こずりながらもなんとか前へと進む。


「こいつらはそんなに強い魔獣なのかしら?」


 いちいち魔獣の種類や名前なんて覚えていないが、仮にも勇者である集団にしぶとく喰らいつくので、単純に疑問に思って聞いてみる。


「い、いえ。ただのコボルトのはずですが、ここまで統率されて強い群れとは初めて戦います」


 なんだ、雑魚相手に手こずってたの。

 前回よりはまともな連中が集まったはずなので、少なからずその働きにも期待していたのだが、結局こいつらも同じということね。


    ◇


 私たちは王女様の命により、あの禁域の森へと攻め入ることとなりました。

 当初は民衆へのパフォーマンスかなにかで、何度か攻勢をしかけたうえでの撤退でもする茶番程度かと思っていましたが、どうやら違うようです。

 普段は王都を守るために控えている勇者様たちが幾人も同行していることで、王女様は本気で禁域の森にいるという男性を連れ帰ろうとしているとわかりました。


 森に近づくにつれて緊張から震えが大きくなります。

 まだ実践経験のない新米騎士の私たちまで駆り出される異常事態。

 まさか初めての実践が禁域の森だなんて思いませんでした。

 勇者様を先頭に隊長たちや先輩たちが続き、後方の私たちをカバーするように、別の勇者様が最後尾を務めています。


「おかしいわね。入り口を抜けてからは魔獣たちがまったく出てこない」


 勇者様が言うとおり、入り口付近ではやけに連携がとれていて手強いコボルトの大群との戦闘となりました。

 しかし、さすがは勇者様や先輩たちで、そんな未知のコボルトの群れ相手に、まったく傷を負わずに確実に一匹ずつ倒してしまいました。

 ある程度の深手を負ったコボルトは、森の奥に逃げていったので、驚くことに互いの死者はゼロでしたが、とにかく初戦は私たちの勝利です。


 入り口でこれほどの相手が出るので、先輩方はともかく私たちは、奥に進みさらなる強敵が出たら完全に足手まといになる。

 そう思いながらも、勇者様についていったのですが、生き物にまったく遭遇していません。


「前回の作戦に参加したやつらは、進むたびにいろんな生き物に襲われたって言ってたのに、静かすぎるわ」


 大剣を片手でかついだ、私とそんなに年齢が変わらない若そうな勇者様は、森の様子がおかしいと思いながらも前に進み続けました。

 異常な様子だとしても、一旦退却して報告するなんてことはできません。

 私たちはいくつかの隊に分けたうちの先頭集団なので、後方から向かってくる王女様のために、道を切り開かなければいけないのです。


「……ここが話に聞いていた前回撤退した地点のはずよね。なにも出てこないなんて、どうなってるのかしら」


 さすがにあまりにも不気味な様子なので、勇者様でさえ尻込みしそうでしたが、すぐに気を取り直したかのように前へと進んでいきます。


「えっ?」


 背後からずしんと、まるで巨大な物が落ちてきたような音が聞こえて、私は思わず後ろを振り向くと、そこには巨大な竜がいました……


「バカな! こんなのが接近していたことに気がつけなかったというのか!」


 最後尾から周囲を警戒していたはずの勇者様が、信じられないといった様子で、それでもすぐに戦闘態勢へと入りました。

 両手に持っていた勇者様専用の装備である槍を構えたかと思うと、一瞬で竜の首目掛けて突き出します。


 魔力によって強化されたその攻撃は、どんな相手でも貫くほどの必殺の一撃だったはずです。

 だけど、目の前の竜はそれをかわすことも防ぐこともしませんでした。


「くっ! 化け物め!」


 勇者様の渾身の攻撃は、ただ何もしていなかった竜の皮膚に弾かれました……


「レミィ! 手を貸してくれ!」


「わかってるわよ!」


 先頭を進んでいた勇者様もすぐにこちらに走ってきて、二人の勇者様たちは協力して竜へと絶え間なく攻撃を浴びせ続けます。


「強化魔法が使える者は、勇者様たちに協力しろ!」


 隊長たちの号令によって、勇者様たちに様々な強化魔法がかけられます。

 もう、目で追えないほどの速度となり、威力も先ほどの何倍にもなろうかという攻撃が竜を襲います。


「わずらわしい」


「ひっ!」


 竜の口から発せられた人間の言葉は、私たちを恐怖させるには十分すぎるほどの威圧感がありました。

 思わず悲鳴を上げたのは私だけではないみたいで、私と同じような新米はもちろんのこと、騎士団の先輩たちも膝を着きそうになるのを堪えているかのようでした。


「あら! しゃべれるのね! 知能もトカゲ並みなのかと思っていたわ!」


 勇者様だけはこの恐ろしい竜を前にしてもまるで怯えた様子もなく、大剣を振るいながらそんな挑発をしますが、やはり竜には攻撃が通じません。


「ほう、多少は勇敢なようじゃな。じゃが……妾をトカゲと呼んでいいのは四人だけじゃ」


 勇者様の言葉に竜は気を悪くしたのか、大木のような尾を薙ぎ払うと、勇者様の姿が消えました。


「なっ!? レミィ!」


 槍を持った勇者様が後ろを振り返ったため、つられて振り返ると勇者様ははるか後方で倒れています。

 地面がえぐれているのを見るに、竜の尾を受けて地面を削りながら、あんな遠くまで吹き飛ばされたようです。


 この時になってようやく私は悟りました。

 勝てない。

 殺される。


 私だけではなく、他の方たちも同じことを考えてしまったようで、騎士団のみんなは森から脱出するために逃げ出しました。

 私もそのうちの一人で、無我夢中になって安全な場所までひたすら走り続けました。


「なんじゃ、もう終わりか」


 竜の声に顔を後ろに向け見たのは、竜の足元で倒れて意識を失っている槍を持った勇者様の姿でした……


    ◇


「うむ、やはり妾は強い」


 神狼様にアリシア、強き者たちと共に暮らしていたので忘れかけておったが、妾ちゃんと強かった。


「じゃが、ソフィアもそうじゃったが勇者という名にふさわしいのう。妾を前に一歩も引かずに戦うことを選ぶか」


 倒れたままの二人の勇者に素直に敬意を払う。

 きっとこの二人と妾の力の差は、妾と神狼様との力の差ほど開きがある。

 それにも関わらず、引かずに挑んでくるその姿はまさしく勇敢な者の名に相応しい。

 神狼様に命乞いをした妾とは違う道を選んだこの二人に素直に敬意を払う。


 いやぁ……でも、あれに挑むの無理じゃろ。

 力の差が近いと思ったが、訂正じゃ。

 あの方の本気なぞ測れぬから、きっと妾とあの方の力の差はもっと開いておる。

 うむ、ならば妾が命乞いしたのも仕方があるまい。


 そう一人で納得をしておると、勇者たちは意識だけは取り戻したらしいが、体は動かせないようでこちらをにらみつけてきた。


「な、なんのつもりよ……殺すなら殺しなさい……」


 う~む。やはり覚悟が決まっておる。

 こやつらが妾より勇敢なのは認めるべきじゃな。


「殺さぬ。じゃが逃しもせぬ。貴様らにはしばらくこの森で暮らしてもらうぞ?」


「すまないが理解が追いつかない。詳しく説明してくれないか……」


 説明も何も、全部今言ったままのことなんじゃが……

 面倒じゃが、こやつらにわかるように死んだふりをして第一王女とともに潜伏するよう伝えると、二人は面白いように混乱した。


「まったく意味がわからないんですけど!? この森に住んでいる男とフィル様が協力していて私たちをあの性悪から解放するために死んだふりしろって、なにそれ!」


「全部理解したようじゃな」


 意味がわからぬというが、ちゃんとこちらの意図は理解したようなので問題あるまい。


「男が本当にいる……? しかも私たちの境遇をあわれんであなたに協力をあおいだだと……いかん、レミィ。私は死の間際で自分に都合の良い妄想をしているらしい」


 なんかもうこの二人は大丈夫そうじゃな。


「理解したのなら、さっさと王女の元へ行くがよい」


 説明は終えたのでこの二人はこの場に放置し、妾は次の勇者を倒すために再び空を飛んでその場をあとにした。


    ◇


「ルメイ様。前線が崩壊したようです。現在は散り散りに撤退して、収拾がつかないと報告を受けています。」


 騎士団の総隊長から聞かされた言葉は、あまりにも荒唐無稽な話だった。


「はあ!? さっきから歩いても歩いても何も出てこないじゃない? そんな場所で何から逃げるって言うのよ!」


 ありえない。よくそんな体たらくで勇者だ騎士だなんて言えるわね。

 お母様から借りた勇者は少しはまともかと思ったのに……勇者も逃げてるってこと?


「勇者はどうなったの? まさか一緒に逃げてるんじゃないでしょうね」


「ゆ、勇者たちは次々と撃破されていってるそうです!」


 なにそれ、期待外れにもほどがある。

 なにが国の最高戦力よ。たかだか森一つ満足に調査できないなんて、やっぱり頼りにしてはいけないみたいね。


「はぁ……それで? その勇者様たちは何に負けてるっていうのよ」


「そ、それが……」


 口よどむ総隊長だけど、今さら遅いわよ。

 勇者どもが無様に敗北した。それ以上に言いにくいことなんかないでしょ。


「早く言いなさい。これ以上の恥なんてもうないでしょ」


「……巨大な竜に敗北したものが半分ほど」


「へえ、竜ねえ……で? 残りの半分はどうしたの?」


 竜ならばしかたがないなんて思わない。

 大体あいつらの英雄譚に、竜を退治したなんて飽きるほど記されてるじゃない。

 今さら竜に負けましたなんて、英雄譚が見栄を張っただけの嘘の物語だと吹聴してるようなものよ。


「聖女に……敗北したと……」


「はぁっ!!?」


 申し訳なさそうに告げられた言葉を耳にして、私は今度こそ言葉を失った。

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