第24話 足を踏み入れると二度と帰れない地での森林セラピー

「勇者たちがこの森から帰ってこれなかったってことになったら、さすがに無謀な進軍もやめてくれるんじゃないかな?」


 これだと、結局アリシアたちの国から勇者という戦力が消えちゃうのか。


「でも、勇者がいなくなると、結局王女様が心配してた戦力が低下するって問題と変わらないか」


 忘れてと言ったが、王女様はしばらく考えてから口を開いた。


「えっと、もしも私たちの国が危なくなったときには、勇者たちを返してくれますか?」


「ん? それは問題ないと思うけど」


「でしたら、あなたの案を採用させてください」


 いいのかな。一時的に勇者たちが国からいなくなることに変わりないんだけど。


「私が心配してたのは、有事の際に動ける勇者がいなくなることなので、すぐに呼び戻せるのであれば問題ないです」


「国が危険なときに、勇者たちを連れ戻したとなれば、民衆もフィル様を支持するようになるしな」


 王女様もルビーさんもわりと乗り気な様子だ。

 そうと決まれば、まずはみんなのところに戻って相談しないとな。


    ◇


「なるほどのう。甘やかしすぎたせいで調子に乗っておると……滅ぼすか?」


 ソラとシルビアがお怒りだ。

 王女様もルビーさんも、二人を見て冷や汗を流し、話を聞き終えて怒りをあらわにしてからは、震えが止まらずにいる。


「待ってくれ。できれば穏便にすませたいなあと思うんだけど……元々俺が甘いせいでこうなったのに、この期に及んで甘いこと言ってるのはわかるんだけど、お願いできないかな?」


 不機嫌な我が家のお犬様を抱きしめて撫でながら、お願いしてみると、私怒ってますと言うかのように頬擦りされて顔を舐められる。

 王女様たちが顔を真っ赤にしながらすごいとかそんなことまでとか呟いてるから、今のソラとシルビアは相当怖い存在のようだ。


 そりゃ俺だって一緒に住んでいる四人の方が大事だけど、ソラとシルビアくらい強ければ俺の甘っちょろい案も簡単に実現してくれると信じている。

 そんな俺のわがままに根負けしたのか、難しい表情を浮かべていたシルビアは、いつものことだし仕方ないのうと呟いた。


「それで……勇者のことじゃったな。なんかもうそっちはどうでもよい。主様の望むままに動こうではないか」


 勇者の話しかしてないのに、なぜかシルビアの中ではその話は二の次になってるようなことを言われた。

 よくわからないけど、こうして今回も俺のわがままに付き合ってくれるのだから、頭が上がらないな。


「またエルフの村に行くんですか?」


 ソフィアちゃんのときのように、ルチアさんたちに匿ってもらうのも一つの案だ。

 だけど、さすがについ最近まで食料が不足していたエルフの村に十人も二十人も人を預けるのは気が引ける。


「勇者の集団ってことは、ソラの言うことを聞かない生き物くらいなら返り討ちにできないかな?」


「それは可能だと思いますよ」


「なら、ルピナスに勇者たちが駐屯する拠点のような場所を作ってもらって、そこで自給自足の生活をしてもらうとかは……」


 無責任だろうか? 無理そうならここで匿ったほうがいいのかもしれない。


「ルピナスがんばるですよ。だから人間さんに頭撫でてもらうです」


 幸いルピナスは乗り気なようだ。こんな俺でよければいくらでも撫でよう。

 ルピナスはくすぐったそうに顔を綻ばせた。


「この森で生きていく手筈はついたな。ならば、後は勇者どもをさらうだけじゃ。次の侵攻では妾が直々に相手をしてやろう」


「お手柔らかにね。でも、シルビアの安全が第一だから」


「うむ。今はその気持ちだけで満足するとしよう」


 あとでなにか要求されそうだなあ。


    ◇


「あいかわらずルピナスはすごいなあ」


「ルピナスすごいです? もっとほめてもいいですよ」


「うん。本当にすごい。偉いぞルピナス」


 俺は、ルピナスが魔法で作った立派な木の家を見ながら頭を撫でた。

 感心してるのは俺だけではなく、王女様とルビーさんもルピナスがこれほどすごい魔法を使えることに驚きを隠せずにいた。


「巨木が一瞬で家に……」


 うん、すごいよね。大工も真っ青なとんでもない魔法だと思う。


「とりあえず、二人のことも襲わないようにソラが森の生き物にお願いしてくれたから、ソラの言うことをわからない相手以外からは襲われないはずだよ」


 遠吠え一つで森中の生き物に知らせる姿は正直かっこよかった。あの姿を見ると森の王と言われるのも納得できる。

 まあ、その後すぐに褒めてくれと尻尾を振りながら甘えてくる姿で台無しなんだけどね。


「もし、妹さんが勇者と騎士でここに攻め入ってきたら、騎士たちは森の生き物たちが追い返すし、勇者はシルビアとアリシアがなんとかしてくれるから安心して」


「なにからなにまですみません……本当ならすぐに国に戻るべきなんでしょうけど、ルメイのあの様子だとすぐにでも侵攻を開始するはずです」


 だからここにいて、勇者たちを説得したいというのが王女様の望みだ。

 たしかに身動き取れなくなりそうな国に帰るよりは、ごたごたが収まるまでここで生活したほうがよさそうだな。


「しかし、あなたは不思議ですね。ここまで親切にしてくれる男性なんて物語の中だけの存在かと思っていました」


「俺はみんなにお願いしてるだけで本当になにもしてないからね……」


 森のヒモとして生きているのが今の俺です。

 だから、必要以上に感謝されると居心地が悪い。


「そのお願いでさえ、普通の男性はしてくれませんから……そもそもこうしてまともに会話してもらえることでさえ、私にとっては新鮮な出来事です」


 そこまでくるとむしろすごいなこの世界の男。

 小心者の俺は、そんな尊大な態度で接してたら罪悪感で潰れそうだよ。


「あれ? でも国では男を管理しているんじゃないの?」


「名目上はそうですが、屋敷を与えて何人もの小間使いを侍らせて、外に出ないでも満足いく生活を提供しているだけです」


 ……あれ、俺の今の生活に似てない?

 なんか、急に親近感が湧いてきたぞ。まだ見ぬこの世界の男たち。


「ルメイはルメイで男性は自分の支持を上げるための道具として見ているようなので、互いに不干渉を貫いていますね」


 王女様が男を管理しているのは本当のことなので、それを餌に国民たちに信任されているのか。

 意外なことに同じような境遇であることに内心驚きつつも、やっぱりこの世界の男の扱いはずいぶんと歪んでいるんだなと思った。


    ◇


 あれから半月ほどが経過し、フィルさんもルビーさんもあの場所でわりと楽しく暮らしているようだ。

 今までとガラッと変わった生活だけど、どこか清々しい顔をしているのは、前の暮らしがよほど窮屈だったんだろうな。王族というのも大変なんだな。


 今日は食料のお裾分けとして、エルフの村の後に二人の住居へと出向いた。

 いつもなら大抵は二人か三人で行動するけど、第二王女がいつくるかわからないので、最近では念のため全員で行動している。


「いつもすみません……こんなにたくさんの食べ物まで」


 何度も似たやりとりをしていたため、フィルさんは俺ではなくソラやシルビアに頭を下げていた。

 このほうがこっちも助かる。感謝されるべきは実際に食料をとってきてくれる二人だからね。


 だからソラ、興味なさそうにしていないで、せめて返事の一つでもしてあげような。

 ソラを見ていたら、なにか勘違いしたのか近づいて抱きついてきた。

 いや、そういうつもりで見てたんじゃないんだけど、気持ちいいからいいや……


「相変わらず仲睦まじいな。それにしてもアキト様もアキト様でものすごい胆力だ」


 ソラを怖い生き物だと思っているせいか、最近ではルビーさんから過剰な評価をされている。

 いつか、私と戦えなんて言い出さないといいんだけど。


「ああ、ごめんごめん。ちゃんと集中して撫でるから」


 最近のソラは、抱きしめたり撫でている時に別の誰かのことを考えていると、ぐりぐりと顔を押しつけて抗議してくる。

 きっと、自分に集中していないからとやきもちを焼いているのだ。かわいいやつめ。


 丁寧に毛先を手櫛でほぐすように撫でていくと、ソラは気持ちよさそうに目を細める。

 このまま続けようとしていると、ソラは急に顔をどこかに向けた。

 ソラだけでなくシルビアも同じ方向を見つめている。


「来たようじゃな」


 二人が見つめていたのは、森の入り口にたどり着いた侵入者たちだったようだ。

 そうか、ついに第二王女に命じられた勇者と騎士たちが来てしまったのか。


「それでは神狼様、アキト様をお願いいたします」


「すぐに終わらせて戻るとするかの」


 手筈どおりにアリシアとシルビアが勇者を相手にするために行ってくれる。

 シルビアは竜の姿になって飛んでいき、アリシアは体が光ったと思ったら、すごい速度で走っていった。


 二人が強いってことはわかったけど、それでもどうか無事で戻ってきますようにと女神様にお祈りをしておく。

 何もできないのだから、これくらいはしておかないとな。

 心配する俺を元気づけるようにくっついてくるソラとルピナスにも感謝しながら、俺は二人の帰りを待つことにした。

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