第23話 彼女は姫というよりは疲れたOLのようだった
「えいっ!」
かわいらしい声で気合いを入れているけど、それで黒い牛のような生き物を吹き飛ばすのだから、声と動作があっていない。
道中でたびたびこちらを狙う生き物に出くわしたが、そのたびにアリシアはバリアみたいなものを張って相手の攻撃をすべてふせいで、近づいてぶん殴るという戦法で敵を倒し続けた。
なんか、脳筋な勇者に挑まれるのも、しかたない気がする。だって同類にしか見えないし……
とはいえ、俺を守ってくれて活躍してくれているアリシアにそんなことが言えるはずもなく、俺はただただ敵を殴っては吹き飛ばすアリシアを見ることとなった。
「アリシアって強いんだなあ」
「い、いえいえ、私よりも神狼様のほうがずっと強いですよ」
そこで比較するのがソラだけなあたり、アリシアの強さがうかがい知れる。
まあ、俺にとってはあのかわいらしいソラが最強という事実もいまだに現実味がないのだが。
「そんなに強いのに、この森にくる時は遺書を書くほどの覚悟が必要なの?」
「そうですね。神狼様にはかないませんから……だって、森に入った時点で神狼様に存在を認識されていて、その気になればいつでも殺されてしまうという感覚がずっとつきまとっていたんですよ?」
たしかに、そんなことがわかるならすぐにでも逃げたくなるな。
「ルビーって人もソラが怖がらせたら逃げてくれないのかなあ」
「彼女も神狼様の強さは理解しているはずです。それでもわざわざこの森にきたからには、きっと逃げることはないでしょうね」
これまでは近寄らないようにしていたのに、わざわざ死地に挑んでいるのだから相応の覚悟があるってことか。
なんで今になってというと、やっぱり俺がいるせいなんだろう。
なんとか穏便に事をすませたいんだけどなあ。
「もうずいぶんと進んだみたいだね」
「そうですね。面倒な相手に襲われていないので、順調に外に向かっています。お疲れでしたら休憩しましょうか?」
「俺は大丈夫。アリシアこそ平気? ずっとアリシアに任せちゃってるから、疲れてない?」
俺は歩いてるだけなのに対して、アリシアはその都度バリアを張って、敵を殴ってるから大変だろう。
「ご心配ありがとうございます。これくらい全然大丈夫です。アキト様のためなら、いくらでもがんばっちゃいますよ」
「無理はしないでね」
心配して尋ねると、破顔し笑顔になりながら答えた。
力こぶはできないけど、腕にむんっと力を入れてかわいらしいポーズをとる。
でも、力こぶこそできないものの、そのパンチはとんでもない威力なんだよなあ。
つくづく見た目と強さのギャップが激しい世界だ。
「おや、ハーピーの群れが近くにいるようですね……私たちがいても逃げずに戦闘しているということは、すでに別の何かと戦っているのかもしれません」
それはつまり、森に侵入してきた者と戦闘中ということか?
「ルビーさんかな?」
「可能性は高そうですね。アキト様、少し急ぎましょう」
アリシアに手を取られて一緒に走る。
アリシア一人ならもっと早く走れるんだろうけど、俺と会う足手まといに合わせてくれているから、きっと普段より遅いんだろうな。
というか、思いがけず手をつなぐことになって少し恥ずかしい。アリシアは気にしていないようだから、俺が気にしすぎなのか。
そう思っていたのだが、アリシアの顔が朱に染まっていく。耳とかもう真っ赤だ。今になって気がついて照れているんだろうか。
そんな反応されるとこっちの方が気恥ずかしくなる。
「す、すみません!」
謝りながら手を握る力が弱まったけど、危ないからちゃんとつないでおいてくれ。
俺はしっかりとアリシアの手を握るように力を込める。うん……柔らかい。
「あ、あの!? えっと……いえ! なんでもありません!」
すると、向こうからもこちらの手を強く握る感触が返ってきた。手を握る握らないでこんなやり取りをするのだから、恥ずかしくてたまらない。
だから、俺たちは一旦そのことを忘れて、ハーピーたちのいる方へと走ることにした。
木々を抜けると、わずかに開けた場所に出る。
中央で、鎧を身につけたキリッとした目つきの女性がハーピーの集団に剣で応戦している。
ハーピーまじで半裸なんだなという意見は一旦置いておく。
鎧を着た女性がどうやらルビーさんで間違いないようで、アリシアも頷いた。
じゃあ、あの後ろにいる人は誰だろうか?
「ルビーさんの後ろの人も勇者?」
「いえ、あれは……彼女が仕えている王女様ですね」
王女様自身は戦う力がないらしく、ルビーさんの後ろで身を低くして隠れている。
「ちょっと、なんで神狼様の主がきてるの!?」
「わからないわよ! さっさと逃げるわよ!」
「私たちなにもしてませんから!」
ハーピーたちがちらりとこちらを一瞥すると、ギョッとしたような表情へと変わり、すぐに仲間同士で会話をしてから逃げていった。
神狼様がどうとか聞こえたし、やっぱり頭が良い生き物はソラのおかげで、こちらに手出しをしないみたいだな。
「な、なんだ? 急にハーピーどもが……む、お前はアリシア」
群がるハーピーたちから解放されたルビーさんは、傷ひとつない無傷の状態で困惑していた。
「よくわからんが、お前が助けてくれたようだな。感謝する。ダメージはないのだが、フィル様に攻撃がいかないようにしながら戦うのが難しくてな」
「お久しぶりですねルビーさん。それと、ハーピーたちは私が退けたわけじゃありませんよ」
「なに?では誰が……」
アリシアにのみ集中していたのか、隣にいる俺には気づいていなかったらしく、今になってようやく俺のことを認識したらしい。
目があったけど、別に俺のおかげというわけでもないんだよね。
「あなたのおかげというわけか。いや、それよりもあなたは男ではないのか? 驚いたな。本当にいたのか……」
そう言いながら、ルビーさんの目線が下がる。
なんだろう? なにを見ているんだろうか。
「な! ど、どういうことだ! そんなに仲睦まじく手を握り合うなど、本当に男なのか!?」
ああ、そういえば手をつないだままだった。
離すべきか? とも思ったけど、アリシアはガッチリと手を握っているので、多分このままでも平気だろう。
確認の意味も込めて、手に力を入れて握ってみると、向こうからも握り返したし、多分大丈夫。
「えへへへへ……」
「な、なんだ? なぜそんなににやにやしている。ま、まさかこの男性と契りを結んでいるというのか?」
「アリシアとは、えっと……なんだろう? 友達だよ?」
「ともだち……? 女と男なのに?」
ルビーさんはわけがわからないような様子だった。
まあ、この世界だときっと異質な関係なんだろうな。
さて何から話せばいいのか、アリシアに任せようとしたのだが、アリシアは幸せそうにほほえんでいて、心ここに在らずといった感じだ。
さっきまで普通だったのに、いつのまにこの状態になったんだ。
「あ、あの! 私の首を差し上げますので、私の国の勇者たちは許してもらえないでしょうか!?」
とつぜん、ルビーさんの後ろにいた王女様がそう叫んだ。
いや、本当に急だな。首を差し上げますって……いらないよ。怖いな。
「すみませんが、首はいらないので死なないでください」
とりあえず、それだけは念押ししないといけない。
「それで、王女様の国の勇者たちを許すってどういうことですか?」
そもそも、そんな条件に該当しそうな人物はソフィアちゃんとアリシアぐらいしか知らないし、許すもなにも良好な関係を築いていると思うんだが……
「フィル様……さすがにそれでは伝わらないかと」
「そ、そうだね……えっと、一から説明させてください」
◇
「つまり、前回敗走したことなんてまったく気にしていないから、前よりも人材投入して無茶な侵攻を準備していると」
「は、はい……このままでは勇者も騎士も冒険者も、全滅してしまいます」
そうなると、国を守ることさえできなくなるから、なんとか穏便にすませてくれと。
いや、本当に馬鹿じゃないの第二王女。それとも、自分たちならささっとこの森を踏破できる自信の表れなのだろうか。
俺がソラに命令させてしまった、侵入者をなるべく傷つけず穏便に撃退するっていうのが逆効果になってるっぽいな。
敗走こそしたものの、致命的な傷を負った者はいないから、そこまで危険な森じゃないと判断されたのかもしれない。
そう考えると、俺の余計なわがままが原因ということだから、無碍に断りにくい。
「わ、私が差し出せるものはなんでも差し出します。あなたの物になるのでどうかお願いします」
「どさくさに紛れて、アキト様の所有物になろうなんて、私たちが許しません」
多分そういうつもりはないと思うよアリシア。
「俺だって誰かが必要以上に傷つくのは本意じゃない。だけど、多分今回の進軍はそんな俺の考えのせいで、この森が危険じゃないと勘違いされたのが原因だと思うんだ」
「そうですね……一歩進むごとにいつ神狼様に食い殺されてもおかしくない、そんな恐怖を味わってからこの森の恐ろしさを判断しろっていうんですよ」
実際そんな体験をしているアリシアはぷんぷんと怒っているけど、かわいいから怖くない。
しかし、傷つけたくないけど、森を舐められてもいけないか。
そんな問題を解決するためにふと思いついたことを提案してみた。
「勇者を全員捕まえちゃおうか」
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