第22話 その森、入るべからず

「私ではフィル様の命を守ることはできません。それでも本当に行くのですか?」


 私に従ってくれる数少ない勇者のルビーは、毅然として態度でこっちに聞いてくる。

 だけど、私の意思は変わらない。

 すごく怖い。だけど、やらないといけない。


「うん、大丈夫。ルメイより先に禁域の森に行かないと……」


 ルビーは目を細めて、こっちを見てくる。

 まるでにらんでいるようだけど、私にというよりは私のやることが不満なんだと思う。


「なぜ、フィル様がそんなことをしないといけないのですか? どうせルメイ様は失敗するので、ほうっておけばいいじゃないですか?」


「ルメイは、お母さまから勇者を借りていた。だから、次に森へ投入されるのは国中のほとんどの勇者たちってことだよ?」


 それはよくない。そんな最大戦力のほとんどが再び敗走し、しばらくは療養のために動けないなんてことになったら……


「それが敗北するってことは、一時的にこの国が無防備になるのと同じ……絶対に止めないと……」


 他国はこれを機に侵略するかもしれないし、内部は内部で短期間に何度も敗走する勇者を率いる王族に見切りをつけて、教会が権力を拡大することになってしまう。

 もう、いっそ国のことはすべて教会にまかせたいのだけど、あのルメイがそれを大人しく認めるはずもなく、そうなると内戦で多くの犠牲が出てしまう。


「ですが、ルメイ様を止めるのは……その、むずかしいと思います」


 私に気を遣い、無理ではなくむずかしいと言ってくれるルビー。

 でも、わかってるよ。私だっていまさらルメイが私の言葉で止まるなんて考えていない。

 だから、とにかく今はルメイが怪我人を増やす前に、禁域の森に行かないと。

 それで、ルメイが率いる勇者たちを傷つけず追い返してもらえないかとお願いしないといけない。


 もしも禁域の森で男の人が生活しているなら可能性は二つ。

 一つ目は、森の中で生きていけるほど強いって場合。

 二つ目は、森の中で生きることが望まれているって場合だ。誰に? 当然禁域の森で最も偉い、すなわち強い存在。禁域の森の王様にだ。


 どちらの理由だったとしても、その男の人にお願いしないと始まらない。

 森の王様への交渉はできない。強さがルールらしいあの森でそんな懇願意味がない。

 だけど、男の人になんとかお願いを聞いてもらえたら、そこから森の王様へ口利きしてもらえるかもしれない……


 我ながらなんて虫のいいことを考えているんだろう。

 まず、男の人に会える可能性は限りなく低い。

 次にお願いするにしても向こうが納得する対価が払えるとも思えない。

 最後に、女の私が男の人に一方的な要求をする? これが一番ありえない。話を聞いてもらえず、嫌悪感たっぷりの目で睨まれ罵倒されるのがオチだ。


 でも……他に手段がないのなら、どれだけ可能性が低くても動くしかない。

 私に差し出せるものなら、なんでも差し上げるので許してくださいと懇願するしかない……

 こんな、なにも持っていない私は本当に王女なのかなあ……


    ◇


「へえ、お姉様に先をこされたんだ」


 危険な場所にたった二人で向かったというのに、目の前の女は慌てるでもなく、ただそう言った。

 この様子だと、あの森の危険性なんて案の定理解していないんだろうなと、ため息をつきたくなるのをぐっとこらえる。


「私がいない間のことを頼んでいたはずなのに、使えないわね」


 結局のところ、この女にとっては自分以外はたとえ姉妹であろうが道具程度としか思っていないのだ。


「すぐに連れ戻すべきではないでしょうか?」


 珍しく仲間の一人が自らの意見を述べる。

 気持ちはわかる。同じ王族だけど、あの方だけは私たちを心配してくれた。

 馬鹿な契約さえしなければ、勇者はみなフィル様に仕えたいと思っているだろう。

 本当にルビーがうらやましいし、耳障りのいい言葉に騙された己の愚かさに怒りがわく。


「いらないわよ。死のうが生きようがどうでもいいし」


 だが、この女にはそんな優しい方でさえ、どうでもいいと切り捨てた。


「で、ですが……もしも、フィル様があの森で危険な目にあえば、国民たちが無策に禁域の森に侵入する我々を糾弾するかもしれません」


 仲間たちもフィル様が危険ということで、いつも以上に健闘し、なんとか食い下がっている。


「そんなのどうにでもなるわよ。そうね……こんなのはどうかしら? 勇敢な姉の意思を継いだ私が、弔いとして姉の敵である禁域の森を統治するべく、自らが表に立って国の戦力を派遣した。」


 姉の死さえも、利用しようとするその言葉に仲間たちは今度こそ絶句し、誰も発言をする者はいなくなった。

「どうやら異論はないようね。それじゃあ、しばらくは待機していなさい。またすぐにあの森へ行くことになるから」


 それはきっとすぐにフィル様が帰らぬ人になると判断したということだろう。

 どうか、この女が森の生き物たちに襲われますように。

 私にできるささやかな反抗は、そんな祈りを込めることぐらいだった。


    ◇


「どうした? アリシア」


 料理をしていたアリシアが、急に振り向いて外を見た。

 なにかいるのかと思って、つられて振り向くけど特になにかがいる様子はない。


「いえ、知り合いがこの森に侵入したようなので」


「え、アリシアまでそんな遠くの場所の人の気配とかがわかるの?」


 ソラとシルビアはそういうことができると知っていたけど、人間であるアリシアまでそんな芸当を備えていたとは。

 さすが聖女、むしろさすが勇者というべきか?


「この方は特別です。王女様に仕えている勇者の中でも一番強い方で、何度か戦いを挑まれたことがありますからね」


 アリシアは、少しうんざりした様子でそう言った。

 この様子から察するに、きっと脳筋タイプだその人。

 アリシアが断っても何度も勝負を挑んできたとかで、思い出してうんざりしているんだろう。


「しかし、困りましたね。私ほどではないですけど、その方もそれなりに強い方です。」


「ソフィアちゃんよりも?」


「ええ、ソフィアさんよりは確実に強いですね。なので、これまでのような中途半端な強さな侵入者と違って、森の入り口や中心あたりの相手では追い返せないと思います。」


 そうなると、本当に強い生き物との本気の殺し合いに発展しそうなのが怖いな。

 そんな状態で倒れて森の奥で放置したとして、その後意識を取り戻したらまた進んでしまいそうだし。


「多分死ぬまで前に進むタイプなので、直接お話しして帰ってもらった方がいいですね」


 やっぱり脳筋なのか。

 だけど、そんなタイプの人に説得したところで、おとなしく従ってくれるんだろうか?


「話したところで納得してくれるの? その人」


「難しそうですね……ですが、がんばってみます」


 でも、アリシア一人に行かせるのは危険ではないのだろうか。

 そういえば、アリシアと二人で出かけることなんてなかったよな……


「俺もついていっても平気?」


「え……ええ!? ついに私もアキト様の寵愛をいただけるんですか!?」


「いや、俺がなんか女性をはべらせるひどい男みたいな言い方は勘弁してね」


 なんだ寵愛って……そんなたいそうな人間じゃないぞ、俺は。


「わ、わかりました! それでは、すぐに行きましょう」


 早く早くと手招きして入り口に立つアリシア。

 なんかたまに動作が大げさになっていちいちかわいらしい。変人だけど……


「それじゃあ、行ってくるよ。悪いけど留守番よろしくね。ソラ、シルビア、ルピナス。」


「うむ、任せるがよい」


「行ってらっしゃいです~」


 快く送り出してくれた三人に感謝しつつ、俺たちは森の中を歩いていく。

 ミーナさんやソフィアちゃんと出会ったときの光景を見ているため、この森がとても危険な場所とは重々承知しているけど、ソラのおかげで危険生物は俺たちを襲わない。

 厳密には命令を理解しない、知能が低い生物たちは襲ってくるのだけど、そういった生き物たちはみなアリシアよりも弱いので、どうにでもなるとのことだ。


 なので、この森が危険だというにもかかわらず、俺たちはゆっくりと話をしながら散歩のように歩くことができている。


「知り合いって言ってたけど、その人も教会の人なの?」


「いいえ、その方は私がいた国の第一王女に仕えている勇者で、名前はルビーといいます。王女に忠誠を誓っている真面目な方なんですけど……少々、強さにこだわる方でして……」


「それで、自分よりも強いアリシアに何度も挑んできたと」


「ですねえ。悪い方ではないんですけど、まっすぐな方なのでなかなか引いてはくれなくて……」


 そんな人がどうしてわざわざこの森に……なんか、普通に力試しとかが理由な気がしてきた。


「だから、この森で一番強い相手と戦いにきたとか?」


「いえ、彼女もこの森の恐ろしさは身に染みてわかっているはずです。何度も挑んでは返り討ちにあってますから」


 俺が考えるようなことは、もうとっくに試していたようだ。

 だけど、それならなんでこの森に今さらきているんだろう。

 やっぱり俺が原因なのだろうか。


「第一王女って、俺のことを狙っているルメイ王女とかいう人?」


「いえ、ルメイ王女は第二王女です。ルビーさんが仕えているのは、ルメイ王女のお姉さんのフィル第一王女ですね」


 ほう、お姉さんの方がだったのか。


「つまり、第一王女も俺のことを狙っているってこと?」


「それは……わかりません。ですが、以前お会いしたことがありますが、フィル王女はそういったことに執着する方ではないように見えました」


 アリシアもさすがに王女様にそこまで詳しいわけじゃないか。

 それなら、ルビーさんとやらに直接聞いてみるしかないな。


「話してみないとわからないなら、まずはルビーさんを探そうか」


「はい、彼女の魔力なら先ほどから感知できてますから、案内しますね」


 俺はアリシアに手招きされて、後をついていくのだった。

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