第21話 勇者の定義、聖女の定義

「ず~る~い~で~す~!」


 アリシアが駄々をこねる子供のようになってしまった。

 周りを見ても助けてくれる様子はない。

 というかシルビアに至っては、まだ自分のことで手一杯なので、アリシアの様子に気がついてるかも怪しい。


 どうしてこうなってしまったんだ……


    ◇


 ソフィアちゃんがエルフの村に歓迎され、無事に移住も完了したので、俺は再びシルビアの背に乗せてもらい帰宅した。

 思っていたよりも色々なことがあったので、帰りが遅れた俺たちを心配してくれたのか、ソラとアリシアとルピナスが出迎えてくれる。


「ただいまみんな」


 挨拶をしながら、飛び込んできたソラを抱きしめる。

 ひとしきりソラを撫でると満足したのか、尻尾を振りながら離れていく。


 シルビアの方を見ると大きな竜の姿から、いつもの人の姿へと戻っていった。

 ん? 竜のほうが本物の姿なら、むしろ今は変身したと言うべきか。


「あ、そういえば。約束してた」


 直前までソラにそうしていたからか、人の姿に戻ってやりやすくなったからなのか。

 俺は約束を守らないとと思い、深く考えずにシルビアを抱きしめてしまった。

 行動の直後に、あれ? シルビアとの約束だったけど、向こうはいつものように冗談で言ってたかもしれないというような気がしてきた。


「な!? な、な……」


 シルビアは顔を真っ赤にしながら、口をぱくぱくとさせて、言葉がまともに出てこない様子だ。

 あ~、混乱してる。やっぱり冗談を真に受けて変なことしてしまったみたいだ。


 反省していると、シルビアの方もおずおずと両手を俺の背に回してきて抱き合った状態でしばらく硬直した。

 うん、俺が悪かった。


 ソラのときは単純にもふもふして気持ちいいというだけで、実は毎日密かにソラが飛びついてくるのを楽しみにさえしている。

 だけど、シルビアは……まあ、普通に女の人だよね。この姿の場合。

 柔らかい。良い匂いがする。というか女性特有の豊満な柔らかさがこちらに押しつけられている。

 どうしよう。普通にめちゃくちゃ恥ずかしいぞこれ。


「や、約束だったからね!」


 そう言ってシルビアから離れる。離れる際にさして抵抗もなかったのでそちらを見ると、やはりというか俺の奇行にひたすら混乱しているようだった。


 困った俺の耳に飛び込んできたのが、冒頭のアリシアの叫び声だ。


「ず、ずるいってなに」


「神狼様だけなら我慢もしますけど、なんでシルビアさんまで抱きしめてるんですか? 私だって抱きしめてください!」


 さあこいと言うように、顔を真っ赤にしながらアリシアが両手を広げて、こちらを受け入れるようなポーズをとった。


「いや、シルビアとは……そう、約束をしてたから。背中に乗せてもらったお礼に抱きしめるって」


 だからセクハラじゃないんだ。許してくれ。


「背中に乗せれば抱きしめてくれるんですか!? ならどうぞ! 乗ってください!」


 アリシアが四つんばいになってこちらを見る。

 いや、無理だって……とんでもない絵面になるからねそれ。


いつもの暴走した言動と行動かと思ったけど、今回はまるで引いてくれる気配がない。

 え、これ抱きしめるまで終わらないの? というか、俺が抱きしめて大丈夫なの?


 落ち着け俺。たしかに男女比が偏ってるとか、男が少ないとかは聞いたよ。

 だけど、それって男の人に会ってないだけで、男の人に幻想を抱いているだけだよね?

 いざ、抱きしめられたらこんなんじゃないと思われるだろ。

 シルビアだって固まったまま何も反応しないし、むしろ二度とあんなことするなと怒られそうで怖いんだけど。


「さあどうぞ!」


 どうぞじゃないんだよ……

 これはせめて最低限満足してもらうように、不快に思われないような抱きしめ方をしないといけないのか。

 なんだよそれ。なんでそんな高度なことを求められているんだよ。

 普通の高校生にそんなことできてたまるか。


「わかったから、一回立って」


 幸いこちらの言うことはすんなりと聞いてもらえた。

 このまま、何事もなかったかのようにならないかなあ……無理だな。


 シルビアを抱きしめてわかったのは、向かい合って抱き合うとめちゃくちゃ恥ずかしいし、理性がゴリゴリ削られる。

 だから、俺はアリシアの背後に回り、なるべく触れないように優しく抱きしめたい。


「あっ! あわわわ……」


 ああ、やっぱりだめか~。

 そりゃそうだよな。そんな不快感を感じさせない抱き方の心得なんてないよ俺には。


「ご、ごめん」


 謝ったけど、聞いてもらえてないね。


「ルピナスも! ルピナスもしてください!」


 ……どうやって?

 どう考えてもサイズ的に不可能なため、ルピナスの頭を人差し指で撫でることで許してもらうことにした。


    ◇


 あれから、再び俺に飛びついてきたソラをしばらく抱きしめていると、シルビアとアリシアがようやく元に戻った。


「えっと、なんかごめんね。さっきのことは忘れてください」


 思わず敬語になってお願いしてしまう。

 こういうときは、話題を変えよう。


「えっと、そういえばアリシアのことをもっと知りたいな」


「は、はい! 私のことですか!?」


 思い出すのは、勇者と呼ばれたソフィアちゃんよりアリシアが強いらしいっていうシルビアとの会話。

 ちょうどアリシアのことを色々聞きたいとも思っていたし、今のこの変な空気がこれで変わらないかなと期待を込めて聞いてみる。


「アリシアって勇者のソフィアちゃんより強いんだよね?」


「え? ええ、そうですね。ソフィアさんぐらいなら私でも勝てると思います」


 すごいなアリシア。勇者より強いのか、というか呼び方が違うだけで聖女も勇者と同じ存在らしいしな。


「勇者と聖女って何が違うの? どっちも普通の人より強い人たちのことなんだよね」


「そうですねえ……まず、私やソフィアさんみたいに他の方より戦う能力に秀でていれば勇者と呼ばれます」


 うん、そこはシルビアから聞いたとおりだ。


「さらにそこから、女神様を信仰することで加護を得た者を聖女と呼ぶのです」


 このあたりは、シルビアも知らなかったようで初めて聞く。シルビア自身もそうだったのかとアリシアの話に耳を傾けているようだ。


「それじゃあ、聖女は勇者の上位互換ってこと?」


「いえ、そういうわけでもありません。一口に勇者や聖女と言ってもその能力差はばらけていますから、強い勇者もそこまで強くない聖女もいるんです」


 なるほどなあ、勉強になった。


「そんなに比較するほど勇者や聖女ってたくさんいるんだな」


「この国では二十人ほどですかね。他国にもいますが、また呼び名が異なったりするので正確にはわかっていません」


 もう一つ気になることを聞いてみる。


「アリシアはその中でどれくらい強いの?」


「ええと……自慢したいわけではないのですが、一応人類最強と呼ばれていたので一番だと思います」


 ソフィアちゃんより強いと聞いていたので、上位の実力者と思っていたけど、上位どころか一番上だった。

 すごい子だったんだな。アリシアって。


「妾と同等の力の人間がそう何人もいては困るからのう。アリシアが最強と聞いて安心したし、納得したぞ」


「あ、あはは」


 恥ずかしさを隠すようにアリシアは笑った。

 最強か~。そんな存在がずっとこの森で暮らしても大丈夫なんだろうか?

 元いた国は混乱していそうなものだけど。


「ずっとこの森に住んでいて、教会ってところは平気なの?」


「あ、それなら大丈夫です。出ていく前に私の役割はまとめておきましたし、遺書も書いてきたのでいつでも新しい聖女を招いても問題ありません」


 さらっと遺書とか言い出したよこの子。

 でもたしかに、あの鹿とか蛇とか熊とかがうようよいるこの森から帰らなかったら、もう死んでいると思われてもしかたないよな。


「それは問題ないって言うのかな……そもそもアリシアって教会でどんなことしてたの?」


 聞いてばかりで申し訳ないんだけど、この際だからアリシアのことを知っておきたい。


「そうですねえ。やることは他の勇者の方たちと同じようなもので、魔獣の討伐や危険な場所の調査、それに加えて教会にきた方へ女神様のすばらしさを教えることでしょうか?」


 前に女神様の声を聞いたときは、仲の良い友人みたいな関係のようだったけど、こうして聞いてみるとアリシアってちゃんと女神様を信仰しているんだな。

 まあ、教会所属の聖女なんだから、それも当然か。


「まあ、たまに国所属の勇者と同じような仕事で遭遇して因縁をつけられることもありますけどね」


「因縁って……勇者ってそんなにガラ悪いんだ。なんかイメージがどんどん崩れていくなあ」


「勇者がというよりは、その背後の王女からの因縁ですね。勇者はみなソフィアさんみたいに、王女の手足となって働かされてるだけですから、彼女たちには同情こそしますけど、悪く思うことはありません」


 例のブラック労働者の元締めか。

 この世界にきて悪い人に会っていなかったけど、当然というかその手の悪人もいるんだなあ。


「それに私の方が強いので、いくら因縁をつけられようと問題ありません」


 アリシアは腕を曲げてかわいらしく力持ちのようなアピールをする。

 でもそれが事実だとしたら、後任がアリシアよりも弱い聖女だった場合、教会って本当に平気なのだろうか。

 そもそも、後任が決まらなかった場合、これ幸いと王女とやらに教会を潰されたりしないかだけが心配だ。


 アリシアにそのことを確認してみると、彼女は少し考えてから言った。


「たしかにその可能性もありますけど、多分今はそれどころではないかと」


 他に優先すべきことがあるのだろうか?

 ……あっ、もしかしてこの森にいる俺の確保とかいうやつか?


「俺を捕まえるのが先ってこと?」


「そうですね。前回の侵攻で王女が有する勇者は全員きていました。今はこの森に全戦力を注ぎ込んで敗北したので、回復を待たないといけません」


 それじゃあ、この森にまた攻撃をしかけてくるかぎりは大丈夫ってことか。

 なんだか複雑な気分だなあ……

 森に侵攻してほしいような、そうでないような、なんとも複雑な気持ちを抱えて、アリシアの話は終わった。

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