第26話 ご機嫌ななめな森の王様

「なんで聖女なんかと戦うことになってるのよ」


「そ、それはわかりません」


 聖女っていうと、この森で行方不明になったと噂されるあの女のことよね?

 昔と違って、今じゃ女神を信仰する者が減っているから、今代の聖女はあの女だけだったはず。

 次代の聖女が誕生したなんて話もないから、他の聖女なんて存在しないはずよね。


「そもそも、聖女はこの森で行方不明になったはずじゃない」


「ですから、今までこの森で暮らしていたのかと……」


 なによそれ。つまりこの森は人間が一人で暮らせるほどには安全な場所ってことじゃない。

 散々しつこくこの森の危険性を説いてきた勇者たちに怒りを覚える。

 戻ったら全員罰を与えてやるから、覚悟しておくといいわ。


「いいわ。それじゃあ、あなたたちが言うことが本当だったとして、聖女に負けたとも言ったわね?」


 それも本当なんだとしたら、いよいよ勇者たちはバカしかいないのかと、怒りよりも呆れる。


「バカじゃないの相手は一人なんだから、集団で戦えばいいだけでしょ」


 さすがに多対一でも勝てないなんて言わないでしょ。

 どうせ一対一にこだわったバカが負けただけなんだろうから。


「それが……複数人で連携したが敗北したと……」


 もう言葉も出てこない。私が連れてきたやつらは私が思う以上に弱いらしい。


「こんにちは。お取り込み中失礼します」


 勇者どもを叱咤しようとした矢先、忌々しい声が聞こえてきた。


「ええ、本当に無礼ね。礼儀がなっていない。これだから、教会に祭り上げられて勘違いした田舎娘は嫌いなのよ」


 本当に気に入らない。

 ただの平民だったあんたを勇者として推薦してあげたのは誰だと思っているのか。

 こちらに仕えさせたらさせたで、他の勇者のように契約を交わしていないから思うように動かせもしない。

 あげく私が男を管理することに苦言を呈する始末。

 邪魔になったからこっちから追い出してやったら、今度は教会で聖女として人気を博しているなんて、何様のつもりなの?


「無礼と言うのなら、無断で森の王の土地に侵攻したあなたたちも無礼じゃないのですか?」


 ほら、これだ。口を開けば私への口答えばかり。


「あんたのくだらない小言は聞き飽きたわ。森の王? たかだか辺鄙な土地の自称王と違って、私はツェルール王国の次期女王なのよ。こんな場所の自称王ごときに払う敬意なんてあるわけないじゃない」


「そうですか。まあ、あなたにまともな答えを期待しても無意味ですよね」


 そっちがその気ならその喧嘩買ってあげるわよ。私は静観していた勇者どもに命令をする。


「なにぼけっとしてるの? そこの無礼な田舎者を捕えなさい。無理なら殺してもいいわ」


「せ、聖女と戦えというのですか?」


「そうよ。こいつは私たちが国で管理するはずの男を、この森に監禁して独り占めしていたの。男の意思を無視して個人で男を管理することは重罪よ」


 聖女と戦いにくいというのなら、大義名分を与えてやるわよ。だから、さっさと目ざわりなこの女を消しなさい。


「いえ……そういうことではなく、あのアリシア様と戦えと?」


「そう言ってるじゃない。なに、怖気付いたの?」


 情けない。それでも私の国の騎士団の隊長なのかしら?

 小馬鹿にするために言った言葉がまさか図星だなんて、夢にも思わなかったわ。

 つまり、こいつはあの女と戦うのが怖いらしい。


「なら、私に譲ってもらおう」


 お母様から借りた勇者の一人が、尻込みするばかりの愚図たちの前に出た。

 やっぱり、お母様の勇者は少しはまともね。

 いずれ私が女王になったら、こいつらも手に入るのだから、それまでの我慢よ。


「聖女の噂は聞いたことがある。だが、私も勇者の端くれだ。それほどの強者というのであれば、立ち合ってもらえるか?」


「ああ……ルビーさんみたいなタイプですか……」


 勇者が剣を構えるのに対して、あの女はその場に立っているだけだった。

 その姿が癇に障ったのか、勇者が怒りを含めた剣撃であの女に襲いかかる。

 ざまあみなさい。油断してるからこうなるのよ。

 私は、勇者の攻撃で首を刎ねられるであろう、あの女をじっと見つめていた。


 だけど、その剣があの女に届くことはなかった。

 勇者の剣はあの女に触れるよりも先に、魔力で作られた結界に阻まれ停止した。


「これほどなのか……」


 両手に力を込め、無理矢理に剣を押し込もうとする勇者だけど、あの女の結界はびくともしない。


「残念ながら私の方が強いようです」


「そのようだな……」


 攻撃を一度防がれただけ、それなのに勇者は簡単に諦めてしまい、あの女に腹を殴られるとその場に崩れ落ちた。


「なにぼけっとしてんのよ。全員でかかりなさい」


 それを呆然と見ていた勇者たちに命令する。

 だいたいさっきの勇者も口だけだった。そのくせ一人で挑んで返り討ちにあうだけの情けないやつ。

 もう、勇者はだめね。私のもお母様のも変わらない。

 こんな女一人どうにかできない雑魚ばかり。

 ならば、集団で戦わせるしかない。


 勇者たちは、しぶしぶと嫌そうにあの女を囲んだ。

 そのやる気のない態度がいちいち癇に障る。


「し、失礼します!」


 わざわざあいつに遠慮したのか、そんな情けない言葉とともに襲いかかる勇者たち。

 あいつはそんな勇者たちを淡々と殴り飛ばし、一人また一人と勇者が気絶していった。


 終わりね、もう。


「勇者はこれで全滅。このままにしてたら、森の魔獣に食い荒らされるってところかしら?」


 こちらを一瞥するあいつの顔からは感情が読み取れない。


「でも、役に立たないやつらだったし、そんなやつらのことはどうでもいいわ」


 同じ勇者であるはずなのに、一方的にやられるようなやつらのことなんて心底どうでもいい。


「ずいぶんと余裕そうね。自分の勝ちだとでも思ってるの?」


「あなたにはもう頼れる相手がいないはずです。このまま大人しく帰るのであれば、見逃しますが?」


 あの女は地面に倒れている勇者たちを一瞥する。

 もしも自分の意見に逆らえば、この勇者どものように意識を奪われ、森の中に放置されてそのまま餌になるということを暗に示しているかのようね。


「それとも、今度はあなたの精霊を私と戦わせますか?」


 私自身には戦う力がないことをこいつは知っている。

 だからといって自分で自分の身を守れないというわけじゃない。

 私は精霊を使役するという比較的珍しい魔法を得意としていて、この女も勇者として私に仕えていたときに何度かそれを目にしている。


「残念ながら、あの金色羊では私の相手にはなりませんよ」


 わかっている。お前みたいな化け物を相手にできるほど私の精霊は強くない。


「あんたにはかなわないでしょうね。でも、この森にいる男はどうかしら?」


「まさか……あなたを護衛させずに単独で動くように命令していたのですか」


 目の前の女は驚いたように目を見開いた。


「あんたが余裕ぶってるうちに、私の精霊はこの森にいる男を殺しに行ったわ」


 あの便利な精霊は、気配も魔力も姿も消すことに長けている。

 だからこいつも、あの精霊が私のことを守っていると思い込んでいたらしい。


「相変わらずですね。そこまで男が嫌いですか……」


「当然でしょ。ろくに能力もないのに努力もしないで尽くされて当然と思う傲慢な生き物。それが男よ」


 私からしたら、あんなのをありがたがる他のやつらこそが異常よ。

 物珍しい以外に価値がない相手のどこにそこまで入れ込むというのか、理解できないわ。


「金色羊なら誰にも見つからずに男を暗殺できる。これで私の勝ち。残念だったわね」


「そうやって男性を利用して、利用できないとわかったら殺して管理する。私はあなたのそういうやり方についていけなくなったんです」


「だったらなに? ここで私を殺してみる? いつも綺麗事ばかり言ってたあなたにそんなことできるのかしら」


 まただ。またあの目。

 私のやることに見切りをつけたような忌々しい目。

 だけど、そんな目をこいつから幾度と向けられてきたからこそわかる。

 いつもの目と少し違って、こちらを同情しているような……


「あなたの精霊はもう戻ってきません」


 なにをバカな負け惜しみをと思ったけど、この女の言うとおり使役していたはずの精霊の存在がいつのまにか感じられなくなった。

 それはまるでこの世界から消滅したようだった。


「森の王はあなたの行動にお怒りです」


 なに……これ……

 私がいる森の雰囲気が一瞬で豹変した。いや、森じゃない。

 まるでとんでもない怪物の口の中にいるみたいな感覚。

 その怪物の気分一つで私の命をいつでも奪えるというかのような、私が今この瞬間に生きているのはその怪物の気まぐれにすぎないというような絶対的な恐怖。


「あ……あぁ……」


 何をしたのと怒鳴ろうとしたけど口がうまく動かない。

 だけどそれでよかったのかもしれない。下手に叫ぼうものならこの化け物の機嫌を損ねるかもしれない。


 違う! 何を考えてる。

 私が誰かの機嫌をうかがう? ありえない。

 私は王女よ。それも次期女王として国民のほとんどは私を支持している。

 つまり、いずれは国で一番偉い存在になるのに、こんな辺鄙な森の生き物の機嫌とりなんてありえちゃいけない。


 そんな、わずかに残った自尊心だったが、森の中一帯に響くんじゃないかと思うほどの怪物の咆哮によってあっさりと打ち砕かれた。


「本当に馬鹿なことをしましたねルメイ様……」


 気を失う寸前に私が聞いたのは、心から私を憐れむようなアリシアの声だった。

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