第19話 狩猟民族の目覚め
なんだ? なんかすごい音が聞こえる。
そう思って振り向くと、ミーナさんとソフィアちゃんたちの後方の木を次々となぎ倒しながら、大きな鹿のような動物が突進していた。
「ほう、ターリスクじゃな。」
「へえ、ターリスクっていうんだ。なんかあいつミーナさんたち狙ってない?」
ミーナさんの道具があるから、近づかないはずだよな?
「肉食じゃからな。ちょうどいい獲物と思ったのじゃろ」
「え、やばくない? ミーナさんの道具効いてないってことじゃん」
「ターリスクはティムールを捕食する生き物じゃから、そのティムールの強さに頼った結界なぞ効かぬわ」
まじか。さすがに鹿よりは虎のほうが強いだろうと思って楽観視していた。
しかし、焦る俺の様子を察したらしく、シルビアが言葉を続ける。
「主様が心配する必要などないぞ。ほれ、よく見ておけ」
シルビアの背から少し体を乗り出し、ミーナさんたちの様子を眼下に見る。
ミーナさんたちも鹿の接近に気がついたらしいが、完全に固まってしまって動けない。
ほら、やっぱりまずいって。
俺まで焦ってしまうような危険な状況。
そんな中で、ソフィアちゃんはまるで何事もないかのように、鹿の進行方向へと歩いて行った。
◇
「そ、ソフィアさん! 危ないですよ!?」
私はなにを言ってるんでしょうか。危ないというのならここにいる全員がそうです。
遠くに見えたあの姿は、間違いなくターリスクのものです。
ティムール製の結界程度では、どうすることもできない危険な生き物です。
そんな相手に私たちは狙われてしまったというのに、ソフィアさんはふらっとターリスクが突進してくる方へと歩いて行ってしまいました。
た、助けないと。
そう思って私はソフィアさんに強化の魔法をかけましたが、これでどうにかできるなんて思っていません。ただ、なにもできずにソフィアさんが殺されるのが怖かったので、できることを精一杯行っただけです。
「ん? なんか動きやすい」
ソフィアさんがこちらを振り向きました。私がやったのかと尋ねるようにこちらを見ています。
「そ、そうです。私が強化しました。それはいいから、せめて前を見てください!」
ターリスクはもう目の前まできています。私たちを丸ごとその凶悪な角で貫くつもりなのか、さらに加速して迫ってきました。
皆動くこともできずに目前の怪物を見ているだけでした。
その怪物は――左右に真っ二つになりました。
「ええ……?」
目を閉じることもできずに見ていたから何が起きたかはわかります。
でも、目の前で起こったことがまだ信じられず、思考が追いついてきません。
「倒した」
「ええ……倒しましたね。えっ? ソフィアさんそんなに強いんですか?」
たしかに、ティムールを倒せるとは聞きましたよ?
でも、ターリスクまで倒せるって……なんでこの人は私たちの村に移住してるんでしょうね? なにがあったら前の職場では、こんなすごい人を逃がすことになるんですか。
「ターリスクの肉が手に入ったから、村に戻ろう」
「は、はい。そうですね……もう、わざわざグランドタスクまで狩りに行く必要はありませんね」
この人、絶対手放しちゃいけない人材です。
今後もこの人の力を借りれば、本当に村の外での食料の採取が簡単になるはずですから。
「ミーナさんの魔法のおかげで戦いやすかった」
「そうですか。それは何よりです」
一応、私も役に立てたみたいです。
今後も調査隊としてソフィアさんとの付き合いは長くなりそうだと思いながら、私たちは村に戻ることにしました。
「ところで、ソフィアさんはどうして私たちの村に移住したんですか?」
気になったので帰りがてら、ソフィアさんに訪ねてみました。
「アキト様が紹介してくれた」
「アキト様とはどのようにお知り合いになったんですか?」
ソフィアさんは少し考えこむような動作を見せてから、とんでもないことを言いました。
「森の中で死にそうになってたところを助けてもらった」
「はあ!? ソフィアさんほどの強さで死にそうになることなんて……あ、もしかして毒とか罠とか餓死とか戦いとは無関係の要因ですか?」
私が一人で納得していると、ソフィアさんはまたまた耳を疑うような発言をします。
「ううん。オーガの集団と戦ってたんだけど、力尽きて負けた。気絶して放置されているところをアキト様に拾われた」
次から次へと驚くべき情報が耳に入ってきます。オーガって……それも、集団となるとこの森の中でも特に危険な存在じゃないですか。
それこそ、お兄さんたちの一行ぐらいしか手に負えないほどの……いえ、そんな中でお兄さんに夜這いした私が言うことじゃないかもしれませんけどね。
我ながらよく生きていられるなあと思います。神狼様にシルビアさんにアリシアさん、次元が違いすぎて恐怖がマヒしていたのか、お兄さんの子を宿せるならそんな相手の怒りを買おうが問題なかったのか。
……きっと両方ですね。
「それほど強いなら、この森の頂点のような危険な生き物以外はもう怖くありませんね。」
「うん。でも、オーガたちには次は勝つ。ミーナさんの魔法があれば平気」
「ええ……私はその戦いに参加したくないんですけど……」
当然ながら、そんな恐ろしい争いに首を突っ込みたくないです。
はっきりと断ると、ソフィアさんはしょんぼりと落ち込んでしまいました。
ソフィアさんには悪いのですが、なんだか年相応の人間の子らしくて、少しだけ面白くて笑ってしまいました。
◇
「なんとかなったじゃろ?」
「なんとかどころじゃないね。戦いにすらなってない」
一瞬で鹿が半分に斬られた。つくづく誰が強くて誰が弱いのか、見た目じゃまるで判断できない世界だなあ。
「本当なら、多少は苦戦というか持久戦にはなってたはずじゃが、接敵の直前にミーナが強化の魔法をかけておったようじゃな。それもかなりの魔力と技量による強化じゃ。」
「そのおかげで、あっさりと倒せたってことか。ソフィアちゃんだけじゃなく、ミーナさんもすごかったんだな」
まあ、ソラやシルビアを出し抜いて俺のこと襲ってきたしな。
「もっとも、補助は得意じゃが本人は戦いに向いておらんし、あの村で戦える者を強化しても、ティムール一匹倒せんかったじゃろうから、これまでは才を持て余していたようじゃな」
それが、ソフィアちゃんという一人で森の奥まできても戦える子が加入して、ついに日の目をみたってところか。
「こうしてみると、なかなか良い巡り合わせにになったようじゃの。さすがは主様じゃ」
「いやあ……なんにも考えずに紹介しただけだから、完全にたまたまだけどね」
だから、必要以上によいしょしないでね。恥ずかしくなるから。
「ふふっ……手柄を主張せんか。つくづく他のオスとは違うのう」
「必要以上に自分がすごいと勘違いされると、あとで面倒なだけだと思うんだけどね」
あのエルフの村で信仰されてるからよくわかる。あの人たちに何か願われても俺じゃ絶対助けになれないし、そうなったら期待を裏切られて失望される。
なにごとも分相応が一番だよ。やっぱり。
「今回はターリスクの肉を持ち帰り、調査は終了するみたいだな」
「うむ、あれの肉は美味いし量も見てのとおり充分じゃからの。いい獲物を狩れたようじゃ」
そうなんだ。鹿肉か食べたことないな。
そんなことを考えていると、俺の腹が鳴った。
「空腹か? ならば妾たちも村で食事をいただくとしよう。適当な獲物を狩っていけば、食糧難のエルフを苦しめることはないじゃろう」
その後シルビアは大きな蛇をしとめて、そのままエルフの村へと向かった。
やっぱり、シルビアって強いんだな。
◇
「あっ、お兄さん……シヴニース!?」
「うむ、道中でしとめた。これをやるから妾たちにも食事をふるまうがよい」
尊大な態度で、シルビアが蛇をミーナちゃんのほうに下ろした。
虎も鹿も蛇も種族名は覚えにくいから、今後もこれのことも蛇と呼ぶんだろうな。
「は、はいルチアに知らせてきますね」
すぐにルチアさんがやってくると、やっぱり蛇に驚いていた。ルチアさんの場合は鹿にも驚いていたのでミーナさん以上に慌てているみたいだ。
「ソフィアちゃんどうだった? この村でやっていけそう?」
俺はルチアさんとミーナさんが落ち着くのを待ちながら、ソフィアちゃんに話しかける。
「うん、前の職場よりもずっと楽しそう。紹介してくれてありがとうアキト様」
出会ったばかりのときは、死にかけていた混乱からかやけに驚いてテンパっていたソフィアちゃんだけど、今ではすっかり落ち着いている。
なんというかマイペースというか、感情の起伏があまりないこの姿がこの子の本来の姿みたいだ。
「それはよかった。あまり無理はしないようにね」
「……私のこと心配してくれてる。私のことが大切……やっぱり私のこともらってくれるの?」
「違うから」
前の環境のせいか誰かの下につくのが当たり前で、この子は誰かに依存したがっているんじゃないだろうか。
落ち着きを取り戻したルチアさんの指示で鹿肉と蛇肉が調理される時も、ソフィアちゃんは誰かに指示されて動くことで安心しているように見えた。
そのあたりもこの村で暮らすことで改善していくといいなあと思いながら、俺は初めて口にする蛇肉に舌鼓を打つのだった。
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