第18話 他種族文化留学

「ええと、移住したいというのはそこの人間の方ですか?」


 急な訪問と用件にも関わらずルチアさんは、すぐに状況を把握してくれた。やっぱりこの人優秀だよなあ。


「はじめまして。ソフィアです。一応勇者です」


「村長のルチアと申します。ずいぶんと強い魔力をもっているようですが、やはり勇者だったんですね」


 薄々は勘づいていたみたいだからか、ルチアさんはさほど勇者という存在に驚いている様子もない。


「人間だけど国に戻るとひどい労働環境で死ぬまで働くことになるみたいなんだ。この村に住ませてあげられないかな?」


「そうしたいのですが、知ってのとおり私たちの村は食料が……」


 まあ、当然そこが問題になるよな。


「ソフィアちゃんなら村の外で食料調達できるんじゃないの? 一人で森の生き物たち倒せてたし」


「それは本当ですか? で、あれば心強いのでぜひともお願いしたいのですが」


「途中までなら大丈夫だったけど、オーガの集団には勝てなかった」


「お、オーガですか!?……むしろそんな集団を相手によく生き残れましたね」


 ルチアさんが冷や汗をかきながら、ソフィアちゃんを見ていた。

 俺もこんな普通の女の子のどこにそんな力があるのかと思う。


「ですが、オーガと戦えるほどなら問題ないかもしれません。もちろん確実に安全とは保障できませんが……」

「それはわかっている。この森にいる以上安全な場所なんてどこにもないと思っていた。だから、この村においてもらえるのであれば、がんばって働く」


 大丈夫かなあ。前の職場がブラックな環境だったみたいだし、がんばりすぎて命を落とすなんてことにならないかが心配だ。

 無理をしすぎないようにそれとなく見ておいてくださいって、あとでルチアさんに頼んでおこう。


「実はアキト様たちが去ってから、私たちも村の外で食料を探し始めたんです。」


「えっ、そんなことして大丈夫なんですか? ミーナみたいに危険な目にあうんじゃ……」


「そのミーナが村の外で活動できる道具を作ったんです。もっとも神狼様がティムールを仕留めてくださったおかげですが」


 ティムールってなんだろう? 話の流れから考えるに、あのときのトラのことだろうか。


「ティムールってあのトラみたいなやつのことですか? あいつがなにか関係するんですか?」


「ええ、ミーナを襲っていた魔獣がティムールです。ミーナはティムールが仕留められたときに毛を何本か持ち帰り、それを核にこの村のような結界を張る道具を作ったのです。もっとも、神狼様の力が核となっているこの村とは比べ物になりませんが」


 へえ、ミーナさんってそんなことができるのか。たしかに前に泊まらせてもらった広い家は道具屋っぽかったし、普段は自分で作った道具を売ってるのかもしれない。


「ティムールなら倒せる」


 話を聞いていたソフィアちゃんがそう言った。そっかあ、この子もあのでかいトラ倒せるのか。

 やっぱり、俺も少しは戦う――は無理にしても自分の身を守れるぐらいにはなったほうがいいのかなあ……


「ぜひ、うちの村に住んで力を貸してください」


 ルチアさんはソフィアちゃんの両手をとり、逃すまいというかのように村への移住を承諾してくれた。

 これで当初の目的どおりソフィアちゃんを労働環境が最悪な職場から解放できてよかった。

 ついでにエルフの村の食料問題が、ソフィアちゃんのおかげで改善するなら言うことなしだな。


「ちょっとルチア! お兄さんがきてるのになんで教えてくれないんですか!」


 話をしていたら、ちょうどミーナさんが家の中に駆け込んできた。


「あっ! お兄さんおひさしぶりです。お兄さんに会えなくてさみしかったんですよ?」


「あ~、うん。ひさしぶりミーナさん」


 ミーナさんが近づいてくるが、ルチアさんがそれを止める。

 まあ、前科があるからね……しょうがないね。

 ミーナさんもそれを理解しているからか、少し不満げな視線をルチアさんに向けるもそれ以上は文句も言わなかった。


「こほん。それで、お兄さんは今日はどうしたんですか?」


「そこにいるソフィアちゃんを村に移住させてあげたくて、ルチアさんに頼んでたんだよ」


 ルチアさんみたいに敬語で話すべきなんだろうか? 向こうは不快に思ってそうではないので、このままでもいいか。


「ほうほう。どうやら、もう話はついているみたいですね?」


「ええ、ソフィアさんはティムールを倒せるそうです」


「はあ!? さ、さすがはアキト様が紹介する人ですね……でもそれなら、ちょうど今から村の外の調査を行うつもりなので、ついてきてくれますか?」


 俺が紹介したからってよりは、単純にソフィアちゃんがすごいだけなんだけどなあ……

 ともあれ、ミーナさんもソフィアちゃんのことは、歓迎してくれているらしい。


「あれ? ミーナさん、また村の外に出るの?」


「はい! お兄さんと神狼様のおかげで作った道具で、しばらくは森の生き物が私たちに近寄らなくなるんです。実はそれだけだとちょっと危険でしたが、戦闘もできるソフィアさんがついてきてくれるなら、より安全に調査ができます」


「うん、がんばる」


 人間とエルフという種族の違いはあれど、仲良くやっていけそうだな。

 この分だと村に住む他のエルフからも、邪見にされずにやっていけそうだ。


「それじゃあ、俺とシルビアもいっしょについていってもいい? できるだけ離れて空からみんなの様子を見ておくから」


 俺が紹介したわけだし、本当に村の外で調査ができるか見ておきたい。

 もしもやばそうなら、そのときはシルビアに助けてもらおう。

 あいかわらず人任せだけどしかたがない……


    ◇


 ミーナさんとソフィアちゃん、それに以前村で鍛錬をしていたエルフたちは集団となり、村の外を慎重に調査する。

 俺は、そんな集団のはるか上空で待機してもらうよう、シルビアの背に乗せてもらっていた。


「意外じゃな」


「なにが?」


 目線はエルフの集団にあわせたまま、シルビアの言葉に反応する。


「主様がそこまで親身になって小娘を助けるとは思わなんだ。もしかして惚れたか?」


「いやあ……なりゆきとはいえ俺が仲介したわけだし、できる範囲は面倒見ないと無責任だからね。結局シルビアに頼ってばかりだけど」


 これでいいのかなあと思うことは多い。俺の周りにいるみんなは笑って許してくれるけど、頼りっぱなしでなにも返せていないというのは心苦しい。


「また、変なことを考えておる」


「変……ではないと思うけど。シルビアにもみんなにもなにもできてないなあって」


「ほら、変なことじゃ。よいか? 妾がこの件を手伝うのは主様が頼んだからじゃ。でなければ人間の小娘がどうなろうと興味はないし、放置しておった。じゃから、あの小娘は主様が助けた」


 とはいっても、俺は頼んだだけなんだよなあ。


「それと、妾たちは主様との生活を楽しんでおる。毎日すぐそばにオスがおって、会話ができて笑いあえるのじゃ。会話じゃぞ? 命令だけされる以前のオスとは大違いじゃ」


 もっとも、今の生活になる前は、そんな命令をされるだけでもうれしかったとシルビアが言った。

 俺もシルビアたちとの生活は楽しいから、なにか返せてるとは言えないと思うんだけど……

 それでも、シルビアの言う他のオスみたいにならずに、みんなに感謝してふつうに接しよう。

 なにもできないから、今はせめてそれぐらいはしないとな。


「ありがとうシルビア。俺もシルビアとの生活はとても楽しいよ」


 俺の答えは満足いくものだったのか、シルビアはまた首を下に向けてエルフたちを見守っていた。


    ◇


「すごい。本当に魔獣たちが避けていく」


「わかるんですか? さすがは勇者と呼ばれるだけあるみたいですね」


 お兄さんの言葉を疑うわけじゃありませんけど、ソフィアさんはたしかな実力者のようです。

 この森の魔獣たちは気配を殺すことも得意で、私たち程度なら奇襲でひとたまりもありません。

 それほどまでに、存在を感知しづらい魔獣たちの気配がどうやらわかっているというのです。

 強さはまだわかりませんが、この感知能力だけで十分貢献してくれていると断言できます。


「それがわかるのであれば、村の外の食料調達がいよいよ現実的になってきますね」


「ねえ、このまま森の入り口まで行ける?」


 どういう意図でしょうか? たしかに、森は入り口に行くほど危険が減ります。エルフの村から入り口を目指すだけであれば、私の道具とソフィアさんの感知能力があれば、いまや簡単にできるはずですが……

 森の入り口でやり残したことでもあるのでしょうか?


「入口にはグランドタスクがいた。あれならすぐに狩れるし、肉が食料になる」


「!なるほどっ……考えてみれば、ティムールを倒せるんですものね。入口の弱い生き物を狩猟すれば、森の中の安全な食料なんて探す必要がありませんね」


 ソフィアさんの案を採用し、私たちは足早に入り口目指して進んでいきます。

 しかし……ティムールで作った道具があるとはいえ、やけにすんなりと進めますね。

 なんだか、いつも以上に森の魔獣たちがこちらを避けてくれているような……

 はるか彼方からシルビア様が見守ってくれているからとも思いましたが、さすがにあれほど離れているのであれば、私たちとは無関係と判断されそうなものですが……


 もしかして、ティムール以上に危険な生物が近くにいるのでは?


「待って、すごい勢いで何かがこっちにきてる」


 そんな恐ろしい考えに至ったのとほぼ同じタイミングで、ソフィアさんが立ち止まり振り返りました。

 その言葉のとおり、遠くから地響きのようなものが聞こえ、その音がどんどん大きくなります。

 逃げる間もなく、その音の正体が見えるようになったころには、皆諦めていました。

 私たちはティムールすら捕食するその生き物により全滅するのだと……

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