第17話 おいてけぼりの勇者ちゃん

 俺はシルビアの背から降りると、倒れている女の子を抱きかかえる。

 同年代の小柄な女の子ぐらいだろうか? こんな子があれほど戦えているのだから、つくづく自分が知る世界と違うなと再認識する。


 シルビアの背に再び乗せてもらうが、シルビアは俺ではなく何もない場所を見つめていた。

 なんだろう? なんか霊的な物が見えているのだろうか。

 俺たちが自分に乗ったことを確認すると、シルビアは先ほどまで見つめていた場所から目をそらし、何事もなかったかのように空を飛んだ。


「なにかいたの?」


「ほう、主様も気づいたか。姿を消していた人間が何人かおったのう」


「え、全然わからなかった」


 空から地上を見下ろすけど、やはり先ほどの場所には何も見えない。

 透明になったり気配を消したりしているんだろうか?

 そんなことができる人たちが俺に危害を加えようとしたら、気がつくこともできずにやられてしまうだろうな。少し恐ろしくなる。


「なかなか面白い魔法じゃが、妾たちには通じぬ。神狼様もしっかりと見張っておったぞ」


 なんとも頼りになることだ。やっぱりこの世界での荒事は俺には対処できないし皆を頼るしかないな。

 不甲斐なさを感じていると、見慣れた景色が見えてきた。

 行きは見回りながらだからそれほどでもなかったが、帰りはすぐだったな。

 きっとシルビアが本気で空を飛んだら、ものすごい速度になるんだろう。


「ただいま~」


 やっぱり一番最初に出迎えてくれたのはソラだった。

 だがすまん。今は両手がふさがっているから、いつものように抱きしめることはできないんだ。

 だからそんなに不機嫌そうにするのはやめてくれ。


「……ん、ここは」


 抱きかかえていた女の子が目を覚ます。

 なんだ、こんなすぐに目覚めるならわざわざ連れてくる必要なかった。あのオーガたちが放置して立ち去るのも納得というものだ。


「あ、えっ!? な、なんで……」


 まずいなあ。女の子はかなり混乱している。

 そりゃそうか。目が覚めたらいきなり知らない男に抱きかかえられているんだ。もしかして、はたから見ると今の俺は完全な不審者ということになるんじゃないだろうか?


「え~と、落ち着いてください。俺は怪しい者ではありません」


 怪しい者の常套句みたいなことを口走ってしまった。勝手に抱きかかえている負い目からか同年代っぽい子相手でも敬語になってしまうし、余計に怪しい気がする。


「お、男の人?」


「男の人だね」


「わ、私はお姫様とか王族じゃないんだけど」


「そうみたいだね」


 いまいち要領を得ない会話がなされる。


「え、じゃあ。なんで男の人が私を抱きかかえて……夢?」


「ええっと、勝手に抱きかかえてしまってごめんなさい。夢じゃないから目を開けて」


 それともいっそのこと夢だと思ってもらい、その間に森の入り口まで運んでもらった方がよかったかもしれない。


「お姫様じゃないってわかってるのに抱いてくれている……夢でもない……つまり、私をもらってくれるってこと!?」


「違うから」


 飛躍した発想が出てくる様子は、どことなくアリシアのようだ。


「アキト様。一度降ろしてから話されてはいかがでしようか?」


 アリシアからそんな提案がされる。それもそうか、いつまで抱きかかえてるつもりなんだ俺は。


「お、おかまいなく!」


「ええ……どうすればいいの」


 当の勇者からはそのままでいろと言われてしまった。別にいいんだけどね。なんか柔らかいし良い匂いだし。

 まずい、よこしまな考えをしてしまった。


「かまいますので降りてくださいね。」


 ……にこにこと笑ってるのにやけに迫力があるな。なんか怖いしアリシアの言うことを聞いておこう。


「じゃあ、降ろすよ」


 もう自分で立っていられるみたいだし、やっぱりこれで問題なかったようだ。

 っと、手が空いた俺にソラが飛び込んできた。

 あとはいつもどおり、抱きしめて撫で回す。やけにいつもよりぐいぐいと体を押しつけてきているのは、きっとお預けをくらっていた反動だな。


「匂いを上書きしておる……まあ、それに夢中なおかげでそこの小娘は助かったようじゃがな」


「あなたはルメイ王女のところの勇者ですよね?」


「う、うん。私は一応ルメイ王女様に勇者として雇われてる」


 どうやらアリシアは勇者ちゃんのことを知っているみたいだ。もしかしてアリシアと同じ国の人なんだろうか。


「そうですか……つまりあの王女がここを、いえアキト様を狙っているということですね」


「詳しくは聞かされていないけど禁域の森にいる男を連れ帰るか、同行していた騎士団に引き渡すようにと言われた」


 アリシアは難しい顔をして考え込んでいた。

 そっか、国の王女が俺を狙っているのか……どうにも実感が湧かないな。


「それだけですか? 王女の目的は? なぜアキト様を連れ帰るなんて話になっているんですか?」


「私は禁域の森で遭難した男の人を保護するからと聞いたんだけど……違うの?」


 返答に困る。遭難……たしかにここにきてすぐはそんな状況だったけど、なんかもうこの森の生活にも慣れてきたし、家まであるからなあ。


「う~ん。遭難はしていないかな?」


「そ、そう。じゃあ王女様に男の人は遭難してるわけじゃないって伝える」


「待ってください。あなたがアキト様に会ったことは伝えてはいけません」


「でも、なんの成果もないと怒られる……」


 勇者なのに怒られるのか。王族ってもっと勇者のことは敬うものかと思ってたけど、それも俺が知る物語とかの勇者のイメージなのかもしれない。


「はあ……だから、考えなしに女王や王女の直属勇者なんてなるべきじゃないんですよ。あの人たちは勇者なんてちょっと使い勝手のいい人材としか見ていませんからね?」


「それは……はい。そうなんだけど、だからこそ失敗したら怒られるし、お給料もらえないし、牢屋にしばらく閉じ込められるし……辛いことになるからできれば人助けだと思って、報告だけでもさせてほしい」


 敬わないどころか、ずいぶんとブラックな雇用形態だな。なんか哀愁が漂っているぞ。


「そんなに辛いなら王女直属勇者とかいうのやめればいいんじゃないの?」


「……契約しちゃったせいで、それ以外では雇ってもらえない」


 ますます勇者ではなく社畜に見えてきた。


「どうしてこんなことに……国を救うためとか高待遇とか言われたのに、気づいたら死ぬまでこき使われる契約に縛られるなんて……」


「死んだことにして逃げちゃえば?」


 無責任な発言かもしれないけど、この子このままだと使い潰されるだけだと思う。

 それよりは、女王とやらにばれないように隠れて生きた方がいいんじゃないかな。


「でも逃げる場所もない……」


「元いた国は王女の契約を知れば雇ってくれませんし、他国が勇者を引き抜いたなんて国家間の問題になりますからね」


 そう簡単にはいかないか……なら、国が手出しできない場所に逃げないといけないのか。


「……ここで暮らすのは?」


「あなたと一緒に暮らしていいの?」


「えっと、ここっていうのはこの森って意味で俺と一緒に暮らすってわけではないよ」


 でも勇者ちゃんが強いといってもこの森でずっと生活するのは難しいのかな。そうか、それならいっそ……


「エルフの村で暮らすってのはどう?」


「エルフ……私は人間だけど大丈夫?」


 たしかに種族の違いによる問題があるかもしれないし、なによりあそこは食料が足りない。

 だけど、一晩とはいえ宿泊してみたところ、そこまで人間の生活と違いがあるわけではなさそうだった。

 食料の問題も勇者ちゃんぐらい強いなら、村の外まで食料をとりにいけないだろうか?


「もしかしたら問題もあるかもしれない。でも、まずは行ってみない? 君がエルフの村で暮らすつもりがあるならだけど」


 本人がエルフと反りが合わないとかなら、無理強いはできない。そのときは最悪俺たちと一緒に暮らせばいいと思う。


「……うん。悪いけど村まで案内してくれる?」


「それじゃあ……ごめんシルビア。また飛んでくれる?」


「かまわんぞ。それにしてもエルフの村に連れて行くとは面白いことを考えるのう……またここで生活する者が増えるかと思うたわ」


 それは最後の手段だな。

 勝手に決めてしまったが、みんなの様子を見るに反対はないみたいだ。


    ◇


 シルビアは俺と勇者ちゃんを背に乗せて飛んでくれた。よく知らない女の子を背に乗せるよう頼んでも、こころよく引き受けてくれるなんて人間ができているなあ……竜だけど。


「私、竜に乗って飛ぶなんて初めて」


「そうだよなあ。今さらながらすごい体験をしている」


「主様ならいつでも乗せて飛ぶぞ? 小娘、貴様は特別じゃ。感謝するがよい」


「うん、ありがとう」


 いつでもかあ……いいなそれ。

 猛スピードで駆けるソラの背中も気持ちいいけど、空高く飛行するシルビアに乗るのも実に心地よい。

 なんだかどちらも病みつきになりそうだ。


「そろそろ着くぞ」


 その言葉の直後にシルビアは滑空したかと思うと、エルフの村に降りていった。

 そろそろ着くと言ってから数秒程度しか経ってない。あまりの速度で飛行しているので、こちらに教えてるうちに到着したみたいだ。


 さて、ここは……

 ルチアさんの家の前の広場みたいだな。

 何人かのエルフが作業中だったようだけど、俺に気がつくと膝をついてこちらに祈り始めた。

 そっかあ……これがあったか。


「すごい……もしかしてあなたはエルフの神様なの?」


「普通の人間なんだけどねえ……」


 ここまでくるとたしかに神様として崇めているぐらいの熱量だ。そういうのは女神様にしてほしい。

 どうしたものかと困っていると、家の中からルチアさんが出てきた。


「な、なにごとですか!?」


 慌てた様子のルチアさんが、俺とシルビアを見ると納得したようなそぶりを見せ、落ち着きを取り戻した。


「な、なるほど……このとてつもない魔力はシルビア様でしたか」


「うむ、前に会ったときに妾の魔力を理解したと思うたのじゃが気づかなかったのか?」


 シルビアはそう尋ねるも途中で何かに気づいた様子を見せて、発言を撤回した。


「そうか、前回は魔力が枯渇しかかっておったな。それでは、妾たちの魔力も感知できぬわな。許せ、ルチアよ」


「い、いえ謝罪されるようなことでは……そして、おひさしぶりですアキト様。本日はいかがいたしましたか?」


 ルチアさんは、これまでと同じように口調こそ丁寧だが、俺を必要以上に敬わずに尋ねてきた。

 そうそう。これぐらいの距離感を目指してたんだよなあ。


「ひさしぶりルチアさん。実は今日は移住希望者を連れてきたんだ」

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