第16話 異世界風遊覧飛行
「ふむ、今日は随分と多いのう」
「多いってなにがだ?」
独り言のようなシルビアのつぶやきに思わず尋ねる。
「森への侵入者のことじゃ」
「この場所からそんなことがわかるのか?」
どこから入ってくるのかは知らないが、離れた場所の侵入者の数がわかるなんてすごいな。どうやっているんだろう。
「うむ、妾ほどの魔力の感知能力があれば、この程度造作もない」
ああ、はい。魔力ね。俺にはどうしようもないことだった。
「私はさすがにそこまで遠くの魔力はわかりませんし、数を正確に把握もできませんが、シルビアさんはさすがですね」
「そうであろう。妾けっこうすごいんじゃぞ?」
魔力のことを理解しているアリシアにとっても、シルビアのやっていることは大したことらしく称賛される。 しかし魔力の感知ときたか。魔力をもたない俺ならそれをすり抜けられそうだな。
「まあ、神狼様はもっとすごいんじゃがの。なんせ禁域の森すべてを感知しておる。しかも、そのすべてに強力な圧力をかけるのじゃから、並みの実力者ではこの森に迷い込んでもすぐさま逃げだすじゃろうな」
どこか誇らしげに鼻を鳴らすソラ。この子がいる限り森の中なら安全という皆の言葉も、納得できるというものだ。
じゃあ、今回森に来た人たちのこともソラとシルビアにはわかってるってことか。
「まあの。今までなら十にも満たない集団が、せいぜい数グループだけじゃった。じゃが、今回は軽く百を超える者どもが、まるで昆虫の群れのように森の中に侵攻しておる」
「それって、あまりよくない状況なんじゃないの?」
ソラが森の生き物たちに、可能な限りは手加減して追い返すよう命令してくれたらしいけど、それだって森の生き物たちに余裕があってこそだ。
そんな大群で侵攻なんかされたら、森の住人たちにだって余裕なんてなくなって、殺し合いに発展しそうだ。
「う~む、難しいところじゃの。大多数はこれまでと同じか、これまでよりさらに劣る者ばかりじゃが、幾人かは明確な強者が混ざっておる」
ちらりとアリシアのほうを見てから、「アリシアほどではないがの」とシルビアが笑う。
「じゃが、そんなに心配なら森の中を見て回るか?」
シルビアは、ふと思いついたようにそんな提案をした。
「無論。主様へ危険はおよばんように配慮するぞ? 妾が竜の姿に戻って背に乗ればよい。空の上から見下ろすのであれば、問題ないじゃろう」
それはとても魅力的な提案じゃないか。竜に乗って空を飛ぶなんて、断る理由がない。
「じゃあ、連れてってくれるか?」
俺は躊躇せずにシルビアの提案に乗った。
許せソラ。お前の背に乗せてもらって走ってもらうのもとても楽しいんだが、竜の背中に乗るのはまた別なんだ。
あとでソラに乗せてもらうことを約束し、俺はシルビアと一緒に森の見回りへと出かけた。
◇
「うわあ、すっげえ」
竜に戻ったシルビアの背は、俺一人程度は簡単に運べるほどには大きい。
というか人間が五人か六人ほどなら、不自由なくくつろげる程度には広い。
そんな巨体が俺を乗せてすぐに上空へと羽ばたき、俺は空の旅を楽しむこととなった。厳密には旅ではないのだが、そう呼びたい。
ソラの背中に乗ったときと同じく、やはり俺への負荷はまったくない。
上空にいることによる寒さや風圧なんてものはなく、非常に快適な状況だ。
「全然寒くないし、風も感じないんだけど、シルビアの魔法のおかげなのか?」
「ん? ああ、妾は飛ぶときに体全体を魔力で保護しておるからの、おかげで抵抗なくスピードを出せるぞ」
なるほど、自分の身を守る力が、その背に乗っている俺にも働いているのか。
「ついでに落下も防止されるから、妾の背から落ちることもない。安心して下をのぞき込んでいいぞ」
「ありがとう。たすかるよ」
シルビアの言うとおり、身を乗り出して上空から森を見下ろす。たしかにバランスを崩して落下することもなく、うっすらと膜のようなもので守られているように感じる。
「木が邪魔で地上なんて見えないかと思ったけど、けっこう見えるもんなんだな」
「全域に木が生えているというわけでもないからのう。空を飛ぶ生き物たちは木で身を隠せないような場所に住処を作っておるぞ」
そういえばハーピーの拠点は、大きな木だったけど周囲には他に身を隠せそうな場所はなかったな。
そんなことを思いかえしていたら、シルビアから声をかけられる。
「そろそろ侵入者たちと、森の生物が戦っている場所じゃ。気をつけるのじゃぞ」
「やっぱり、危険かな?」
「いや……主様のことじゃから、気軽に声をかけたりしないかと心配になったのじゃ」
だめなのか……気をつけよう。
シルビアが教えてくれたとおり戦場は近いようで、人が叫ぶ声や獣が吠える声が俺の耳にも聞こえるほどになった。
わりと考えなしにきてしまったけど、本気で戦う姿を間近で見るのって今さらながら怖いな。
俺としては、このままシルビアと二人で適当に空の旅をして終わりでもよかったんだけど……
ここまできてしまったからには仕方ない。しっかりと戦場を見ておかないとな。
「前に出すぎだ! 狙われてるぞ!」
「なんなのこいつら! ダンジョンで見たときはこんなに硬くなかったじゃない!」
「何度も言ったでしょ! 禁域の森にいる個体とそれ以外の個体は別物だって考えなさい!」
「そこに固まってたら邪魔! あんたたちごと吹き飛ばすよ!」
いかにもファンタジー世界の女騎士って感じの見た目の人が、蟻と人間のハーフみたいな群れと戦っている。蟻みたいな生き物は硬そうな装甲の見た目どおりのようで、女騎士たちが剣を振るっても弾かれてしまう。
こういう時の常套手段というか、ゲームとかではそうなのだが、やはり物理に強い相手には魔法がよく効くらしく、後ろに控えていたローブを着た女性が炎や雷を矢のように飛ばすと、蟻娘は装甲をわずかに凹ませてのけぞった。
でもやっぱり数が違いすぎるみたいだな。同じ数同士であれば、どちらが勝つのかわからない戦いだったけど、いかんせん蟻娘は本物の蟻のように群れで行動しているのか、次から次へと仲間が出てくる。
人間により負傷した蟻娘は、すぐに後方へと移動して代わりに無傷の蟻娘が前に出る。
これはやられるほうも精神的にしんどいだろうなあ……
「え、なに……なんで竜がこんなところに……え!? お、男!?」
あ、やばい目があった。
シルビアが旋回し、先ほどまで見ていた戦場とは別の場所へと移動する。
俺に気を取られて比較的軽装の女の子が蟻娘にやられるなんてこともなく、蟻娘は蟻娘で多分シルビアの出現に驚いて指揮系統が混乱したのか、統率がとれた動きはなくなり各々でばらばらに動いていた。
やっぱり、シルビアはその場にいるだけで混乱するほど強い存在なんだな。
早々に俺たちの存在がばれてしまったので、シルビアは今度は気づかれないようにはるか上空へと上昇した。これほど高くまで飛んでしまうと、森の中で戦う人たちはゴマ粒程度で何をしているのかわからない。
シルビアはそのあたりもちゃんとわかってくれているらしく、魔力を使って俺の目を強化してくれた。おかげでまるで望遠鏡を使ってるように遠くの物がしっかりと見える。
――というか、俺自身にもそういう魔力使えるのかとちょっと感動した。
巨大な口が備わっている花の化け物みたいな相手と戦う女性たち。
鱗の生えた緑色の半裸の女性と剣をぶつけ合う黒っぽい鎧の女性たち。
まだ子供なんじゃないかってほど小さい、緑色の肌の女の子たちから逃げるマントの女性たち。
いろいろな生き物が人間と戦っている。
この前、俺たちが森の中の生き物を見て回ったときはどの生き物も姿を見せなかったのにな……
まあ、今回この目で見ることができたからよかったとするか。
どの戦場も真剣に戦っているが、致命的な重傷を負っているものはいない。
どこも結果は同じだ。森の生き物たちが人間たちより優勢で、皆引き際がわかっているのか人間たちは迷わず撤退する。
森の生き物たちが追撃しないのは、きっとソラの言いつけを守っているのだろう。
まあ、中には花の化け物や、暴れるだけのデカいクマみたいな明らかに理性がなさそうなのもいるけど、そういうやつらを相手にしても、人間たちは魔法や道具を用いてうまく逃げている。
「あれ、なんか他と違うな」
そんな中、これまでと違う戦場があった。
集団ではなくたった一人で森の生物を相手取る人間の女の子。
森の生物たちも、これまでの人たちのときと違って余裕がなさそうに女の子に集団で襲いかかるが、女の子は冷静に対処して攻撃をさばいている。
分が悪いと判断したのか、蜂に似た女の子たちはその場から逃げていった。
「ほう、勇者までくるとは人気者じゃの。主様は」
「勇者? 勇者って魔王を倒すあの勇者?」
「ん? なんで魔王を倒さないといけないんじゃ」
違うのか。勇者といえば魔王を倒す者って印象だったけど、それはあくまでもゲームとかだけの話か。
「そもそも、魔王っているの?」
「ああ、おるぞ。少数じゃが魔族と呼ばれる者たちはおるし、それを統治している者は魔王と呼ばれておる。しかし面白いのう。主様は魔王も勇者も知っておるのに、どうして勇者が魔王を倒すなんて発想になっておるのじゃ」
元の世界での物語はそうだからと、固定観念が植え付けられていたことが原因だな。
「俺の世界の物語ではそういうものだったからね。」
「なるほどのう。じゃが、ここでは魔王と勇者は特に関わりはないぞ。勇者は人間の中でたまに生まれてくる強大な力を持つ者の総称じゃからの」
その辺は俺がイメージする勇者といっしょだな。
「あれ? それじゃあアリシアも勇者ってことにならない?」
「なるのう。じゃが、アリシアは教会の者じゃからの。勇者ではなく聖女と呼ばれておるようじゃな」
知らないことがまだまだあるな。今度そのあたりのことをアリシアに詳しく聞いてみよう。
「むっ……さすがにあれは無理そうじゃな」
さっきの勇者が、今度は額に黒い角が生えた赤い肌の女性たちに囲まれている。
女性たちは、さっきの蜂娘たちと違ってこちらが見えないほどの速度で勇者に攻撃をする。勇者も攻撃を受け止めるのだが、足元の地面が沈むほどの重い攻撃らしく表情が歪んでいる。
見るからに赤い肌の女性たちが優勢のようだ。
「あれは、オーガたちじゃな。戦いが大好きな野蛮な種族じゃが、あの様子じゃと勇者との戦いを楽しんでおる。きっと勇者を倒した後も、いずれ再戦するために殺さず放置しておくと思うぞ」
オーガか。たしかに見た目が鬼っぽい女の人たちだな。
勇者はなんとかオーガたちの攻撃に耐えていたが、ついにはクリーンヒットしてしまい意識を失った。
「オーガたちは勇者に何もしないみたいだけど、あれだとしばらく気絶したままじゃないの?」
「じゃろうなあ」
「それだと、気絶してるうちにイノシシとかクマみたいなソラの命令聞かないやつらに襲われない?」
「かもしれん」
もしそうなったら寝覚めが悪いな。
というか、オーガたちも見逃すっていうなら、そういうことに配慮すればいいのに。
この程度で死ぬならもう一度戦う必要がないとか、戦闘狂な考えなんだろうか。
「起きるまで、安全な場所に運んであげられない?」
「むっ……妾はかまわんが、安全な場所なぞ森の中にはないぞ。森の外まで行くとさすがに神狼様が怖いし……」
ソラはけっこう俺に対して過保護というか心配症だからな。
「じゃあ、俺をいったん家まで送ってもらってから、シルビアに勇者を運んでもらうっていうのは?」
「ふむ、まあいいじゃろ。妾は使い走りのように扱うとは、これは神狼様のように抱きついてもらわないといかんなあ……」
声から察するにきっとにやにやと笑いながら言っているんだろう。
「ん、わかった。じゃあ全部終わったらソラみたいに抱きしめて頭を撫でるからな。後で嫌がっても知らないぞ」
シルビアのいつもの冗談に軽口で返しておく。
「……な、なに? いいのか……そうか……」
からかおうとした俺が冗談に乗ったことで、シルビアは逆に恥ずかしがってしまった。
なんかいつもと違う反応がかわいくて新鮮だな。
「よ、よしっ! そうと決まれば、あの小娘をすぐに回収するぞ!」
恥ずかしがる素振りをごまかすためか、シルビアは勢いよく地面に向かって降りていった。
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