第15話 勇者様御一行、禁域の森ツアー
「あぶねえ!」
コボルトの集団と乱戦になっていると、そこに巨大なイノシシが突進してきた。
うっとうしいコボルトたちは、イノシシ相手に得意の集団戦術を披露している。
どうやらこちらよりもイノシシを狩ることを優先したようだ。
「どうやら、お前の言うとおりかもしれないな」
「そうだろう? これではっきりしたね」
プリシラは改めて自らの考察を語り出した。
「コボルトが本気で敵の命を狙えば、あれほどまでに恐ろしい相手となる」
わずかに離れた位置にいるコボルトとイノシシの魔獣を見ると、確かにこれまでの戦闘よりも苛烈な攻撃が繰り広げられていた。
「私たちとの戦いも本気だっただろうけど、あくまでも命を狙わない本気さ。向こうがその気になれば、あのグランドタスクのように数の暴力に沈められたいたことだろうさ」
イノシシ型の魔獣グランドタスクは、コボルトの連携により体が血だらけになっていた。
巨大な体躯に相応しい高い生命力を有しているが、コボルトはそれを確実に削り取っていく。
このぶんだとグランドタスクは、数分のうちにコボルトの群れに狩猟されることだろう。
「森の外からの侵入者が手加減されてるなんて言われた時は、何を言い出すのかと思いましたけど、あなたが正しかったみたいね。プリシラ」
「私も確証はなかったけどね。今回の件でほぼ確証に変わったといったところさ」
その考えが正しいものだとしたら、なぜ自分たちは手加減などされているのだろうか。
プリシラの中に新たな疑問が生まれるが、今はそれを頭の片隅へと追いやることにした。
「それよりも、しっかりと私を守っておくれよ。私は戦いが苦手な研究職なんだから」
「はっ、よく言うぜ。賢者様がよ」
「私の上位互換のくせに」
プリシラは不満そうなシーラを見て、やれやれと大袈裟な反応を見せる。
「それほどの魔力放出量を持ちながら、私の下位互換を気取るなんて、謙遜を通りこして嫌味に聞こえるよ?」
「でも、私の方が魔法が下手」
「そうとも、私は君ほど魔力を放出できないから、技術で誤魔化す必要がある。強引に魔法を使える君が実にうらやましいね」
「やっぱり嫌なやつ」
おやおや怒らせてしまったようだねと笑うプリシラは、嫌われようがまるで気にしていないという様子だった。
「今日はここまでだね」
ようやくコボルトたちを振りきり、森の奥に進むチャンスだというのに、プリシラからそんな提案をされる。
「諦めるのが随分と早いのね。まだ森の入り口から少し進んだだけよ?」
「だからこそだよ。そんな場所にグランドタスクがいるんだ。これ以上奥に進んで死ぬ気かい?」
ならば私は止めないよとプリシラは一人引き返そうとする。
聖銀の杭は、仕方なくその背を三人で追うが、あまり納得いっていない様子だ。
「少数でグランドタスクを狩れる者がどれほどいる?」
「そんなの私たちだって準備さえすれば、なんとかなってたぜ?」
今日はその準備をしていたのだから、なおのことあの相手を見ても奥を目指せたのだ。
「そう。君たちほどの超一流の冒険者が、準備を万端にしてようやくさ」
確かに自分たちと同等の者でないと少々厳しいだろうか。
だけど、目の前の諦めの早い女も、自分たちと同等なのだから、あれくらいならまだ対処できるはずなのだ。
「私はあれ以上の敵が出たら、確実に無事でいられる自信はないね」
それは、薄々ながらも考えていたことが見透かされたようだった。
プリシラなら、あの敵を倒せたという考えもだが、グランドタスクやコボルトの群れ以上の敵が、すぐにでも現れるのでは? という疑念。
プリシラはそれにしっかりと向き合ったうえで、引き返すべきと判断したのだ。
「はあ……あなたの言うとおりね。入り口付近であれなら、奥に行くほど危険になる可能性は高い」
「そのとおり、それこそグランドタスクを悠々と捕食する怪物がいても、なんら不思議はないのさ」
その言葉に三人は押し黙る。
プリシラの言うことが正しいと認めてしまい、そうなると帰還に意を唱えることなどもできるはずがなかった。
「これまで踏破したダンジョンがかわいく見えてくるな。どうすりゃあの森を進むことができるのかねえ」
「私たちも強くなっているけど、この森ではそれも誤差にしかならない」
「国が動き始めているようだよ。ならば、しがない冒険者の私たちは、せいぜいそれに便乗させてもらおうじゃないか」
◇
「ああ、もう! せっかく人手が増えたのに間に合わない!」
酒場の給仕であるクロエが嘆く。
ルメイ王女により、王国の各地の冒険者へ禁域の森の調査が依頼された。
攻略ではなくあくまでも簡単な調査ということなので、報酬の割の良さもふまえて各町の冒険者たちが、クロエが働く町へと集まってきたのである。
酒場どころか町全体に人が集まり、喧嘩早い冒険者同士の衝突も少なくなかった。
「人混みが気持ち悪い」
「慣れておきたまえ。残念ながら森の中でも、彼女らについていくのだからね」
シーラは心底嫌そうに顔を歪めた。
「その森の攻略ですが、明日からみたいよ」
「なんだ、昨日町についたばかりでもうかよ。忙しないやつらだな」
「ここにいても余計ないざこざが起こるだけだからねえ。準備が出来次第進軍するんだろうさ」
翌日の早朝に昨日までの人混みは嘘のように消えていた。
王女の命により森を目指した者たちとそれに便乗する者たちが、皆まとめて森へと向かったからだ。
そんな中、聖銀の杭の三人とプリシラはのんびりと朝食を食べていた。
「こんなにゆっくりしていていいのかよ」
「私たちはあくまでも森の中の生態を少しでも明らかにしたいだけだからね。他の者たちがある程度森の中まで進んでから、こっそりと別の道を行こうじゃないか」
「要するに囮にするってこと?」
「言い方が悪いが、そういうことになるね」
一行は朝食後しばらくくつろいでから、ようやく森へと向かった。
森の入り口ではすでに大量の冒険者と王国軍、それにコボルトの群と数頭のグレードタスクの混戦状態となっている。
あれで味方への攻撃などはしていないのだから、どの勢力もそれなりに乱戦の心得があるようだ。
プリシラはわずかばかり感心するが、あくまでわずかであり、特段興味はそそられない。
やはり、これまで立ち入った者のいない森の奥の情報が少しでも欲しかった。
「さあ、はぐれずに進んでおくれよ」
「すげえ魔法だな。集中してないと見失ってしまいそうだ」
ジャニスの言葉のとおり、彼女たちは互いの姿を見失いそうなほど存在が希薄になっていた。
姿は限りなく目立たず、気配も魔力も今にも消えそうなほど儚い状態。
それは、プリシラが考えた独自の魔法によるものだった。
「理論はできていたが、実現は無理だった。私の魔力だけではね」
そう言ってプリシラはシーラへと視線を向ける。
「シーラのように瞬時に大量の魔力を放出できるからこそ、実現できた魔法だよ」
一度発動してしまえば、維持にそれほど魔力を消費するわけではない。必要最小限の消耗だけで森を進むことができるのはありがたいと、三人はプリシラを見直していた。
「だが、気をつけたまえよ。乱戦状態だからこそ気づかれていないんだ。多少の実力者なら、なんらかの手段でこの程度は看破してくるだろうさ」
三人は気を引き締めて奥へと進んだ。
まだまだ浅い場所にも関わらず、早くも未知の領域なのだ。プリシラの言うこの程度を看破する魔獣がいつ現れるかわかったものではない。
しかし、四人はまだ余裕があった。
自分たちだけで進んでいるのならともかく、周りにはまだまだ冒険者もいるし、わずかではあるが王女直属の軍や勇者までいる。
よほど突出しないかぎり、先に襲われるのは周りの者たちになるだろう。
「くそっなんだこいつら! 離れろ!」
虫の大群に襲われた女騎士が刺された部位は赤く膨らんでいた。
毒にやられてしまったため、このまま放っておくと最悪命を落としねない。
女騎士は最後となった毒消しを使用してから、口惜しげに森の入り口へと引き返す。
「動きがおかしい。まるで手加減されてるみたい……」
兎獣人の発達した足の筋肉から繰り出される強力な蹴り技に、冒険者が吹き飛ばされる。
呼吸もままならず体制を崩し、追撃を覚悟するも兎獣人は、その場で冒険者を見ているだけだった。
そんな不気味な兎獣人からゆっくりと距離をとり、冒険者たちは町へと帰還することにした。
「やはり、奥に行くほど凶悪な敵が出てくるのね」
「それもあるが、気になるのは明らかな加減をされているということだ」
リサとジャニスの会話を聞きながらも、プリシラは考えていた。
やはり、こちらを殺さない程度に加減されている。これはコボルトたちと同じことだ。
しかし、その一方でこちらの命を狙う者たちがいるのも事実。
これは、グランドタスクや先ほどの虫の群れがそれにあたる。
「どうやら、知性がない生き物はこちらの命を奪いにきているね。逆に知性がある生き物は、こちらを殺さないよう加減しているように見える」
「なんのためにそんなことを?」
「さあね。皆目見当もつかないよ」
不思議そうに首を傾げながら、一行は森の奥へと進んでいく。
道中に現れる魔獣たちはどんどん凶悪なものになり、自然と頬に冷や汗が落ちる。
「これほどまでとは思わなかったわね」
「戦闘不能者の中には勇者までもが混じっている。もう私たちでどうにかなる次元じゃない」
彼女たちも相当の実力者ではあるものの、国に所属している勇者たちはそれ以上の強さだ。
そんな勇者だからこそ、前人未到の森の中をほとんど単身で進むことができているが、それもどうやら限界らしい。
それほどまでの上位者同士の戦闘を目の前にして、もはや彼女たちはついていけないだろうと判断した。
「どうする? 引き返すか」
普段は血気盛んなジャニスでさえ、そんな提案をする。
だが、彼女の提案ももっともだ。
このまま進んだところで孤立したうえで、今以上の脅威に襲われるだけ。はっきり言ってしまえば、もう彼女たちにできることなどないのだ。
「生態を明らかにして準備を完璧にすれば、踏破も夢ではないと思ったんだが、考えが甘かったようだね」
引き返そう。プリシラの言葉に、一同は頷くとすぐに転進した。
「正直なところ、この魔法を使ってもずっと怖かった。森の主は確実にこちらの存在を感知していることが余計にわかってしまったから」
「そうだねえ。見逃されていただけのようだ」
きっと向こうはこちらに興味もないのだろう。だとしても近くにいるだけで恐ろしい。そんな相手の気配をひしひしと感じて精神が磨耗する。
ちょうど王国の依頼を受けた冒険者も撤退を開始しているし、近くでは倒れて意識を失っている勇者もいる。気づけばまともに動けるのは自分たちだけだった。
「勇者様、置いてけぼりだぜ」
「元々仲間だったわけでもないからね。撤退する冒険者たちにとっては連れて帰る義理もないんでしょうね」」
「連れて帰る?」
「あまりおすすめはできないよ。行きと違って帰りは私たちしかいない。魔法があるとはいえ、無傷で帰還できると思わないことだ」
それは重々承知していた。
現に森の王は常に自分たちの存在を認識している。森の王ほどではなくとも、この魔法が効かない相手はいくらでもいるだろう。
行きは自分たちより目立つ者たちで、ごった返していたからこそ無傷で進めたにすぎない。
自分たちと違い、姿が見えている勇者を連れ帰ろうとすると、森の生物たちに襲われることになるだろう。
だけど、このまま見殺しにするのは気分が悪い。
行きは囮に使っておきながら、見殺しにできないなどと、ようするに中途半端なのだなと自嘲する。
わずかな逡巡に足を止めてしまい、勇者を連れて帰ろうと提案しようとしたその矢先。
これまで感じたことのない強大な魔力を肌で感じたかと思うと、傷つき倒れる勇者のもとに巨大な竜が降り立った。
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