第13話 見た目はこども中身はケモノ
「本当にありがとうございました」
村に戻ると深々と頭を下げるルチアさんが出迎えてくれた。
「いえいえ、全部ソラのおかげで俺は何もしてませんから」
謙遜とかではなく事実なのだから、なんともなさけない。
ソラに頼りっきりなんだけど、あんなトラを一瞬で仕留めるなんて普通の高校生というか人間にはどうしようもない。
戦闘面で俺が役に立てるなんてことは、今後もないだろう。
「でも、お兄さんがかばってくれたの嬉しかったですよ?」
「どういたしまして」
こちらを気遣ってミーナちゃんが微笑む。ルチアさんが微妙な表情を浮かべているのは、やはり男に良い印象がないからだろう。
「それじゃあ今度こそ帰ることにします」
元々帰る途中だったわけだし、用事もすんだので家に帰ろう。
ルチアさんとミーナちゃんにそう告げると、ミーナちゃんに引き止められた。
「まだお礼もしていませんし、今日は私の家に泊まりませんか?」
「それは……ミーナちゃんの家族に迷惑なんじゃない?」
お父さんとお母さんと言おうとしたけど、この世界だとお父さんはいないかもしれないと思い、家族と言い換えた。
そういえば、男が少ないなら子供ってどうやって生まれているんだろう。
「私は家族がいないから一人で暮らしています……」
しまった。無神経すぎる質問だった。この子はこんなに小さいのに一人暮らしだったのか。
家族を思い出したからか、俺に断られたからか、ミーナちゃんは目に見えて落ち込んでしまった。
「そっか、それなら今日はミーナちゃんの家に泊めてくれる?」
だから、ほんのわずかでもミーナちゃんの寂しさを埋められるのなら、一泊ぐらいしてもいいだろう。
「ええっ!?泊まるんですか? まだ出会って間もないんですよ?」
アリシアが盛大に驚いている。やっぱり、さすがに見知らぬ男が幼い少女の家に泊まるのって問題あるよな。
「わ、私は大丈夫ですよ」
だが、ミーナちゃんは俺を引き止めようとしてくる。うん。やっぱりかわいそうだし、ここはルチアさんが許すなら泊めてもらおう。
「ルチアさん。ミーナちゃんの家に泊まっても平気ですか?」
「えっ、アキト様がそうしたいのであれば、問題ないかと思います」
自分に話を振られると思わなかったのか、わずかに驚きながら返事が返ってきた。
「じゃあ、今日はみんなで泊めてもらおうか」
気がつけばもう夕方だし、今から帰ったら家に着くのは夜になりそうだ。そういう意味ではミーナちゃんの提案はありがたかったかもしれない。
ミーナちゃんの家はルチアさんの家と同じくらい大きかった。もしかしてミーナちゃんの母親って偉い人だったのかな。
急に五人も客を招いて泊まれるか不安だったけど、これだけ広ければ問題なさそうだ。
「あれ、そういえばミーナちゃんってこの村が食料不足だからわざわざ村の外に出たんじゃなかったっけ? 俺たちが泊まったら迷惑なんじゃないの?」
「いえいえ少しぐらい蓄えはあるので、本当に遠慮なんかいりませんよ」
そうは言うけど、命がけで食べ物を探す人のなけなしの食料を無駄に消費させるのは気が咎める。
なんとかならないものかと考えていると視界に大きなリュックが映った。
「なあ、ソラ。悪いんだけどもう一度だけ乗せてもらえないかな。ほら、いつものあの果物がなっている木まで」
ソラは舌を出し尻尾をふりながら俺の前に座った。
「えっと、そのまま伝えますね。一度と言わず何度でも乗ってください。だそうです」
「神狼様味を占めおったな。日課の散歩が変わりそうじゃ」
「そうか悪いな。ごめんミーナちゃん。ちょっとだけこのリュック貸してもらえない?」
「え? ええ問題ありませんけど」
ミーナちゃんの返事を聞いて、俺は再びソラにまたがってぎゅっとしがみついた。
「ソラ行こう」
視界が一瞬でぶれたかと思うと加速する。
こんなに高速で動いてるのに俺は風圧を感じることすらない。
なんかこう衝撃波のようなものが発生してもおかしくなさそうな速度なんだけど、俺がこうして無事でいられるということはソラがなにかしてくれてるのかもしれない。魔力とかで俺への負担を最小限にしてくれてるのかな。
そんなことを考えていたら、見覚えある木に到着していた。
本当に速いな。数分でたどり着いたんじゃないか?
木を見上げるといつもどおり、そこにはたくさんの実が生っていた。
見た目以上に腹持ちがよく、食べた後は不思議と活力に満ちる気がするため、今では毎朝の食事としている俺にとってはお馴染みのフルーツだ。
これをなるべくたくさん持ち帰れば、あの村にほんの少しでも足しになるだろう。
「おっ、ありがとう。手伝ってくれるのか」
ソラの手伝いもあり、俺はリュックいっぱいに果実を詰め込んだ。
「果物の重量もあるから、さっきより重いけど大丈夫か?」
ソラに確認すると問題なさそうだった。それもそうか、あんな巨大なイノシシをいとも簡単に運んでるもんな。
帰りもソラのおかげですぐだった。
しかし、慣れてくるとこれ楽しいな。ソラもいいと言ってくれたし、たまに背中に乗せてもらおうかな。
「おかえりなさい。どこに行ってたんですか?」
ミーナちゃんに出迎えられたので、背にしていたリュックの中身をテーブルに出す。
「ポ、ポーナの実!? それもこんなにたくさん!」
ポーナの実っていうのかこれ。
ミーナちゃんの驚きようを見ると、けっこう珍しいのかもしれない。
そういえばアリシアとシルビアとルピナスも今でこそ朝食として食べているけど、最初食べた時は驚いていたな。
「これってどんな果物なの?」
今さらかとシルビアは少々呆れながらも説明してくれた。
「魔力の塊のような果物じゃな。仰々しい呼び方では、神の果実なんて呼ばれ方もしておる。食べただけで魔力が満ち溢れるとんでもない果実なんじゃが、そうかやはり知らずに食っておったか」
「あんなにたくさん生ってるのに?」
「神狼様の物ですからね。森の誰も口にする権利はなかったんだと思いますよ。アキト様とアキト様が許可した私たち以外は」
まさか、初日からそんなすごい物を分けてくれていたなんてな。
俺のソラへのヒモっぷりにどんどん磨きがかかる。
「そんなにすごい果物なら、村で配るのってやめたほうがいいかな?」
「神狼様は人間さんがそうしたいなら、大丈夫って言ってるです」
この子は俺の言うことはなんでも聞いてくれる気がする。まったくもって主人思いな忠犬だ。
外を見ると夕焼けは健在で、いまだ夜にはなっていなかった。よしよしまだ時間はあるな。
「ちょっと、ルチアさんのところにお裾分けに行ってくるよ」
「神の果実をお裾分けにするのなんて、アキト様ぐらいでしょうね……」
ルチアさんの家を訪ねて、俺たちが食べる分を除いた果物をすべて渡す。
ルチアさんは数秒間固まってしまったが、ソラにお礼を言ってくれと伝えると、なんか思ってたよりも重いお礼をした。
もっと気軽なお礼を想像していたから、改めて忠誠を誓うとか言い出すとは思わなかった。
「私たちは食料も不足していましたが、それ以上に魔力がどんどん失われて衰弱していくだけでした。ですが、神狼様とアキト様のご慈悲により生きながらえることができそうです」
「お、お礼はソラにだけ言ってね」
泣きながらこちらを崇めるような勢いに引いてしまい、ソラに押しつけようとしたけど、ルチアさんの中では俺のおかげでもあるってことになったらしい。
放っておいたら、いつまでも俺とソラに祈ってそうだったので、他のエルフたちにも分けてあげてくださいねと言い残して俺たちはミーナちゃんの家に戻った。
「ごめん遅くなった。俺たちも食事にしよう」
といってもフルーツをそのまま何個か食べるだけなんだけどね。
ミーナちゃんはありがたがって食べてくれているけど、俺としてはやっぱり別の食事も食べたくなる。
アリシアが作ってくれたイノシシの香草焼きが食べたいなあ。
日も落ちて食事も終え、俺たちは就寝することとなった。うん。やっぱり実に健康的な生活だ。
夜更かしする意味がないのだから、当然と言えば当然なんだけどね。
ミーナちゃんの家は使っていない部屋がいくつもあるので、それぞれ部屋を借りて眠ることとなった。
このうちのどれかは今は亡きミーナちゃんのお母さんのものなのかと思うと、少し感傷的になる。
「それでは皆さまおやすみなさい」
俺に割り振られた部屋に行くと、ああやっぱりな。ベッドがこんもりと盛り上がっている。布団をどけるとそこにはソラがいた。
「今日も一緒に寝るか」
俺の言葉に嬉しそうにじゃれてくるソラを相手にすると、だんだんと眠気が強くなりそのまま意識を失った。
◇
ごそごそと音が聞こえる。まさかまた幽霊か?
音がするほうに視線を向けるとそこにはミーナちゃんがいた。こちらには気がついていないみたいだ。
もしかして寝ぼけて部屋を間違えたのかな? そんな考えを浮かべていると、ミーナちゃんは着ているものをすべて脱いで俺にまたがった。
なんだ!?そう反応する前にミーナちゃんは、ソラに体当たりされてドアまで吹っ飛んだ。
俺の頭の中が追いついていないけど、それはミーナちゃんも同じようで混乱しているみたいだ。
「な、なにしてるのミーナちゃん?」
「私は……その、お兄さんから子供を授かろうと思いまして……」
何言ってんだこの子。
「ひぃっ!!」
やばいソラが怒ってる。とにかくソラをなだめないと。
「ソラ、助けてくれてありがとうな。俺は大丈夫だから、そんなに怒らなくていいぞ」
助けてもらったというのもなんかミーナちゃんに失礼だけど、今はそれどころじゃないから我慢してほしい。興奮状態のソラにしがみついて頭や首を何度も撫でるとソラはやっと落ち着いてくれた。
「な、なんで神狼様が同じ部屋に。せっかく別の部屋にしたんですけど……は、はいすみません。もうしゃべりません」
ミーナちゃんはソラに土下座した。さっき服を脱いだせいで、全裸で土下座してる。
なにこれ……
「主様!」「アキト様!」「人間さん!」
そんなミーナちゃんの背後から勢いよく扉が開かれる。
というか扉が壊れて吹っ飛んだ。
扉の付近にいたミーナちゃんは、顔面を床に打ちつけて前に転ぶ。
「大丈夫か!? この性悪エルフやはり主様の子が目当てか」
「すみません。思いの外強い結界を張られていたせいで、助けにくるのが遅れました」
「エルフさん。無理矢理子供を作るのはよくないですよ!」
とりあえずわかるのは、みんなは俺を助けにきてくれたらしい。
なにから? ミーナちゃんからだ。
ミーナちゃんは何がしたいのか。俺との子供が欲しいらしい。
はあっ!? まだこんなに小さい子が何言ってんの!?
「いやいやいや!まだ子供じゃん! 何言ってんの!?」
思わず叫んだ。誰に向けての叫びかもわからない。
「やはり気づいておらんかったか……このエルフは村長と同じくらい歳を重ねておるぞ。魔力が高すぎて成長はかなり遅いようじゃがの」
「そもそもルチアさんの年齢がわからないんだけど……つまり大人ってこと?子供じゃないの?」
「ちなみにルチアさんは600歳を超えています。エルフとしては立派な大人ですね」
ちらりとミーナちゃんを見る。
600歳?途方もない年齢だ。さすがはエルフ。
「でも、村長さんたちはミーナちゃんのこと呼び捨てにしてたし……」
「同い年ですからね。特に遠慮する仲ではないのでしょう」
「一人で外に出たことを心配してたし……」
「村の庇護を抜けたらどれほど危険かは主様もわかったじゃろう?」
「お兄さんって呼ぶのは?」
「ルピナス知ってるです。子供でもお年寄りでもない人間さんのことはお姉さんって呼ぶです」
ちょっとそこのお兄さんとかと同じニュアンスか。
なんだそれ。なんだかどっと疲れた。夜中で悪いけど、まずはルチアさんのところに行くか。
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