第14話 6世紀めの初恋

 ルチアさんを訪ねると、真夜中に関わらず文句の一つも言わずに対応してくれた。

 というかこちらの訪問を感謝するようにまた祈り始めたから止めた。


 そしてシルビアが片手で顔面を鷲掴みにして運んでいるミーナ……さんを見てわけがわからなさそうだった。そうだよね。何が起きたか全然わかんないよね。


「というわけで、このメスが発情して妾たちの主様に襲いかかったのじゃ」


「未遂、未遂です。あ、すみません」


 抗議するミーナさんの顔から骨が擦れるような嫌な音が聞こえる。シルビアが力を込めたことで、ミシミシと顔への圧力が増したんだろう。


「な、なにをしているんですかこのバカ!!」


 ルチアさんが俺たちがいるのも忘れたかのように、ミーナちゃんの頭を引っ叩いた。


「大変申し訳ございません。どうか私とこのバカの命だけで怒りを収めていただけないでしょうか」


 今日はよくエルフに土下座される日だなあ……


「えっと、ミーナ……さんをそこまで責めないでください。みんなが助けてくれたから俺は別に気にしてないので」


「甘いですよ! アキト様は危機感がなさすぎます! やっぱり町になんて連れて行かなくて正解でした!」


 ぷんぷんとアリシアが珍しく怒っている。みんな俺のために怒ってくれてるんだと思うと、不謹慎ながら少し嬉しかったりする。


「でもなんであんなことしたの?」


「そ、それは。あんなに優しくされたら勘違いするに決まってるじゃないですか~!」


 ミーナさんは半ベソをかきながら、叫んだ。


「村のために命懸けで食料を探して死にそうになったら抱きしめて助けてくれて、しかもその後も魔力不足を解決してくれて、なにより昔会ったあの我儘三昧のエルフ王とは大違いで私たちを見下さないんですよ!?」


 一度言葉を発すると、堰を切ったように次々と思いのたけをぶつけられていく。


「500年以上夢見てた私の王子様が私のことを選んでくれたと思うじゃないですか。それに明日にはもうこの村を発つとなったら、せめて子供だけでも授かりたいと思うのは罪なんですか!?」


「む、それは……」


「アキト様にも責任はありますよね……」


「人間さんみんなに優しいです」


 ミーナさんの心の底からの叫びにみんな何故か納得している。あのソラですら、困ったような顔をしている。

 そして俺にも責任があるという結論に達してしまったようだ。


 いや、いいんだけどね。

 ミーナさんをこれ以上責める気はないから、この結果で別にいいんだけど……

 納得いかない……


「とはいえ、ミーナの行動は目に余ります。みなさんはミーナの家で休んでください。ミーナは私が責任もって一晩中見張りますので」


 なんだか疲れた。俺たちはルチアさんのお言葉に甘えることにした。


 翌朝村を出ようとすると、昨日は俺たちに怯えていたエルフたちが皆膝をついて祈っていた。

 どうやらルチアさんと同じくあの果物で魔力を回復したことで、俺たちへの感謝が度を過ぎた物になったようだ。


 なんかもっと隣人みたいな関係を築きたかったんだけどなあ……これじゃあ神様と信者だ。

 あ、そうか。


「俺たちがここにきたのは女神様のおかげなんで、俺よりも女神様を信仰してください」


 女神様に矛先を変えよう。

 女神様が? とか女神様のおかげでなんて呟きが聞こえた。

 うまくいけば女神様も力を取り戻すことだろう。


 色々あって疲れたけど、エルフたちとも友好関係を築けたし無駄にはならなかった。

 一日だけなのに、なんだかやけにいつもの拠点が恋しくなっている。これも旅の醍醐味の一つかと噛みしめながら、俺たちは帰宅した。

 祈りを捧げるエルフたちの中に、やけに疲れた様子のルチアさんと身体中をロープでぐるぐる巻きにされたミーナさんがいたけど気にしないでおこう。


    ◇


「本当にバカなことをしましたね」


 古い付き合いの友人の奇行にため息をつく。

 そもそも結界の外に出て食料を取りに行くというのも、褒められた行為ではありません。


「いや~、あははは」


 悪びれずに力なく笑うように見えるが、これでも一応反省はしているようです。

 長い付き合いである私たちにしか理解できないと思いますが。


「あの方は衰弱し滅びゆく私たちの村をお救いくださったお方なのですよ? 子を望むなど不敬がすぎます」


「いやいや、ルチアこそわかってないですよ。お兄さんはそんな扱いされたくないと思っています。だいたいルチアも他の子たちも重すぎるんですよ」


 そうは言ってもゆっくりと死を待つだけになった私たちを救ったのだから、神様や救世主様として扱っても仕方がないでしょう。

 ですが、ミーナの言うこともきっと正しい気がします。

 私の態度を咎めることはありませんでしたが、あの方の顔が引きつっていたのも事実。


「ほら、思い当たることあるんじゃないですか」


「はあ……仕方がありませんね。他の子たちは無理でしょうが、私だけでも初めにお会いした時のように接することにします」


「そうそう、それがいいですよ」


 しかし、明日にはもう帰られるそうですし。きちんとお話できるのはいつになるんでしょうね。

 幸いなことに、村は死を待つだけではなくなり、数十年ぶりに生きる気力で満ちています。

 これなら、またいつの日かアキト様が訪ねてくれたとしても、我々が力尽きているなんてことはないでしょう。


「まずは食料問題を解決するところからでしょうね。幸い魔力を回復できたので、作物はこれまで以上に収穫が見込めます」


「それと、これがありますよ」


 ミーナがそう言って見せてきたのは、針のように固い数本の白い毛でした。


「これは、ティムールの毛でしょうか?」


「はい。神狼様が仕留めた時に何本かこちらに落ちてきました。結界のようにこれを核にしてしまえば、ティムールより弱い生き物は襲ってこないですよ」


 なるほど、ただで帰ってきたわけではないということですか。これで結界の外まで食料を探すことができるかもしれません。


「まったく、ティムールに襲われるだなんて無茶をしすぎです」


「あのままだと魔力不足か餓死しかなかったですからね。どうせ死ぬなら行動してから死ぬべきです」


 今回のように彼女の行動力には救われることが多い。でも時にそれ以上にトラブルを起こすのだから困るのですよね。

 今回なんて神狼様と古竜と妖精と私たちより強い人間を一度に敵に回したわけですし……やはり、野放しにすると危険ですね。


「どこに行くんですか?」


 考えに没頭していると、こそこそと部屋から投げ出そうとするミーナの姿がありました。


「い、いやあ。話も終わったので家に帰ろうかと」


「だめに決まっているでしょう!」


 まったく油断も隙もありませんね。それにしても、男を苦手としていたこの子が、あの方の子をこれほど求めるとは……


「もう男の人への苦手意識は治ったのですか?」


「お兄さんは私のことを小さいからとバカにしません。あのエルフの王なんかとは全然違います。私が苦手なのは、傲慢な男だけですよ」


 それはつまり、ほとんどの男が苦手ということじゃないですか。


「魔力が強大なほど肉体の成長が遅れるなんてことは、エルフであれば誰もが知る常識なんですけどね……」


 そんな常識を知らない他の種族ならともかく、同種族が肉体の若さで見下すなんて、自分たちが無知で愚かだと公言しているようなものです。


「わかっているんでしょうか。身体が小さいとか幼く見えるってことは、つまりそれだけ強力な魔法を扱えるということを」


「わかってないか忘れたんじゃないですか? エルフ王にとっては見た目が全てですし、そんな王に胡麻をするやつらも王に合わせるように私のことをバカにしてましたから」


 頭が痛くなります。里を離れて正解だったとつくづく思いますね。


「アキト様は、あなたが子供ではないとわかってからはミーナちゃんでなく、ミーナさんと呼んでいましたからね。見た目で判断はしていましたが、年齢と肉体がずれていることをバカにする方ではないということですね」

「そう、それなんです。私の年齢がわかっても私のことをチビとか子供とかバカにされなかったんですよ」


 友人が嬉しそうに笑う。その様子を見ると、ほんのわずかに私も嬉しくなる。

 それにしても今回の件は問題なので、簡単に許してはいけませんけど。


「きっと人間だからエルフは若く見える方が魔力が大きいなんてことも知らないはずです。それなのに、私のことを見下さずにいてくれるなんて、やっぱり私の運命の王子様なんじゃないですか?」


「待ちなさい。アキト様にたどりつく前に殺されるから本当に待ってください」


 ミーナもさすがにそれは重々承知しているのか、アキト様が眠る自身の家に向かうことはしなかった。


「でも、ミーナさんって呼ばれるようになっちゃったのは少し残念ですね。なんか距離を感じるじゃないですか? ミーナちゃんのままでよかったのに、いっそミーナと呼び捨てでも私はかまわないのですが」


 友人がこんなに男の人に夢中になる性格だとは思いませんでした。今後もこの子が暴走しないように見張る必要がありそうです。

 村長としての仕事が一つ増え、私は気が重くなりため息をつきました。


「待ちなさい」


 こうして部屋からこっそり抜け出そうとするミーナを止めるのも面倒ですね。


「今日はこの紐で縛ることにします。ベッドは使わせてあげるので安心してくださいね」


「あ、あの。安心できる要素はどこにあるんでしょうか……トイレとか行きたくなったらどうするんですか? 漏らしますよ? あなたの家のベッドに粗相しますよ? だから、そんなもので縛るのはやめましょうよ」


 私は魔力を込めてミーナを紐で縛りベッドの上に放り投げた。


「漏らしたければ漏らしなさい。あなたが暴走するくらいならその方がまだましです」


 そう、これ以上暴走されて村全体が神狼様の怒りにふれるよりはずっといい。


「それと、もしも漏らしたらアキト様との雑談でミーナはまだおねしょをすると言ってしまうかもしれませんね」


「ま、待ってください! わかりましたから、せめて寝る前にトイレに行かせてください! あれっ!?どこ行くんですか! ルチア!? ルチア!」


 疲れたのでうるさい友人を放置して眠ることにします。

 翌朝ベッドが大変なことになっていませんようにと思いながら、長い一日が終わり私は眠りにつきました。


    ◇


 目が覚めると私の家に村に住むすべてのエルフが集まっていました。


「ルチアさん。私魔力が回復しました」


「私も久しぶりに体の調子がいいの」


「これもポーナの実をくださった方のおかげだな」


「私たちを救ってくれた人間はまだこの村にいるんですよね? せめて、お見送りをさせてください」


 アキト様のおかげで救われたことに感謝した村人たちは、皆アキト様を崇拝しているようでした。やはり、昨夜懸念してたような状況になってしまいましたか……


 皆の希望どおりにアキト様がこの村を発つ際にお見送りさせていただきましたが、アキト様は謙遜するばかりでした。

 それでも感謝し続ける私たちに自分ではなく女神様に感謝するようにとおっしゃったので、村の者たちはアキト様と女神様を崇拝するようになりました。


 できれば、いつまでもこの村に滞在していただきたいのですが、残念ながらそういうわけにもいかないようです。アキト様が立ち去ってからも名残り惜しむように、しばらくその場から動きませんでした。


「ふえぇぇ……」


 ミーナも名残惜しいようで泣きそうな声で震えていました。

 ……なんか匂いますね。あっ……そういえばそうでした。


「ルチアのバカ~!」


 ミーナの足元には黄色い水たまりが出来上がっていました。

 まあ、これでこの子も懲りたことでしょう。アキト様に言いつけるのは勘弁してあげることにしましょう。

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