第12話 エルフの村の迷子のこども
「ここがエルフの村か」
たどり着いた場所は、これまでの他種族の拠点と異なりしっかりとした家があった。
「結界っていうのはよくわかんないな」
「いえ、たしかに結界は張られています。さすがにご本人ほどではないですが、神狼様の魔力による圧が大きく感じられますので」
魔力か。なら俺にはわからなくてもしょうがないな。
「問題は結界の中がどうなってるかだな。今さらだけど、勝手に入っても大丈夫なのかな」
「神狼様に土地を借りておるのじゃから、その神狼様と共に見回るぐらい問題あるまい」
ソラはついてこいとばかりに、俺たちを先導するように前を進んだ。村の中心へと歩を進めると、一際大きな家から長い金髪の女性が飛び出してきた。
一般人の俺にはよくわからないけど、額や首につけた装飾品からどことなく高貴な感じがする。
それにしても本当に耳が長いんだな。
「し、神狼様。本日はどのようなご用向きでしょうか」
エルフの女性は外に飛び出すなり即座に頭を下げて、ソラに尋ねる。
ソラからは相変わらず犬の鳴き声しか聞こえないけど、俺以外はみんな理解できるようでソラの言葉を聞いていた。
疎外感を感じるが、魔力がないのでどうすることもできない。いいなあ魔力。
「神狼様のご主人様……ですか? えっ!人間の男!?」
「あ、はい。人間で男の秋人です」
なんかこっちを見て驚いていたので、とりあえず名前を名乗る。
アリシアのときもそうだったけど、俺の苗字は発音しにくいらしいので今回は名前だけを名乗ることにした。
「ア、アキト様とおっしゃるのですね。失礼いたしました。私はこの村を治めておりますルチアと申します」
ルチアさんがこの村の村長なのか。まだ若いのにすごいな。
「それでは何もない場所ですが、どうぞごゆっくりしていってください」
ルチアさんはそう言って俺たちに同行してくれた。
なんかやけに怯えているのだけは気になるけど、この人もソラが怖いんだろうか。
畑のようなもので作業しているエルフたちがいる。やっぱりというか、女性のエルフしかいないな。
彼女たちはこちらに気づくとルチアさん以上にビクビクとしながら、とにかくこちらに失礼のないようにやり過ごそうとしている。
それは他の住人たちも同じだった。
川で水を汲んでいた俺と同年代くらいのエルフの少女たちに挨拶をする。無視されることはないが、そそくさとその場から急いで立ち去ってしまう。
弓の訓練をするエルフたちとそれを指導する凛々しいエルフに訓練を見学させてもらう。
訓練をしていたエルフたちは、手が震えて見るからに集中できていな様子のため、何度も的を外してしまう。それを見ていた指導者のエルフも仕方がないといったように諦めに近い表情だった。
道具や薬を作成しているエルフたちもみな一様に俺たちの姿を見ると、最低限の受け答えをするだけだ。
まるで早くこの場から去ってほしいという、拒絶の意思を村全体から感じる。
俺は社会経験がないからあってるかわからないけど、下っ端の会社員が作業を社長に見られてるみたいなものと考えると仕方がないのかもしれない。
「す、すみません。村の者たちが……」
ルチアさんもその様子を見てこちらの気を損ねたのではないかと、やはり怯えるように謝罪してきた。
「仕方あるまい。神狼様を間近にすればああもなるじゃろ」
「ルピナスも神狼様にお会いした時、死ぬかと思ったです」
「やっぱり仲良くするのって難しいのかなあ」
俺の呟きにルチアさんは、恐る恐る尋ねてきた。
「あの……仲良くですか? 私たちを使い捨ての道具にするとかではなく?」
「そんなことはしないよ。ソラだって生きるために獲物を狩ることはあるけど、徒に命を奪ったり使い捨てたりはしないよ?」
なあソラと頭を撫でておくと、ソラはどこか誇らしげな顔を見せる。
「神狼様が、そのような酷い方ではないとは存じていますが……」
あれ、ソラに怯えてるってわけじゃないのか。
じゃあもしかして原因は俺のほうか?
「俺が信用できない?」
「い、いえっ……その、私たちは元々こことは別の森にもっと大きな里で生活していたのですが……ある時待望のエルフの男を授かってからは、そのエルフが王となり私たちは替えがきく道具程度の扱いとなりまして」
希少だからと散々甘やかされた結果、それが当然と思うようなわがままな王様になったと。
なるほど、男が少ないとなればそんな歪んだ男尊女卑の社会になってしまうのか。
なんか同じ男として嫌だなあ。
「俺はなんというか特殊だから、ルチアさんが知ってるような男みたいなことはするつもりはないよ。それよりもルチアさんと仲良くしたい」
「よ、夜伽でしょうか?」
「違う」
すぐにその発想に至ったうえ、さして抵抗もしようとしないあたり、エルフの王は後継を作るためにそういう行為も好き放題しているのかもしれない。
「人間さんいい人ですよ?」
「妖精のあなたが言うのであれば、本当なのかもしれませんが……すみません。頭ではわかっていても、なかなか難しいものですね」
ルピナスの発言って思っている以上に信頼されてるんだよなあ。でもそんなルピナスの言葉を聞いても、ルチアさんは顔を伏せてしまった。
「少しずつ慣れていってもらえたらうれしいですけどね」
返事はなかったが拒否されてるわけでもないので、今はこれで満足しよう。
これ以上この村に滞在しても怯えさせてしまうだけだなと判断して、俺はみんなに拠点に帰ろうと伝えた。
「そう落ち込むこともあるまい。それともなにか?主様は妾たちだけでは侍らせるには足らんか? まだまだメスを側仕えさせたいとは強欲じゃのう」
ニヤニヤとシルビアが笑うが、こちらを気遣って冗談を言ってくれていることはわかる。
「そうだな。俺じゃシルビアたちだけで手がいっぱいだし、大人しく帰るとしよう」
「よ、夜伽なら命じていただければ私がいたしますが!?」
「命じないから落ち着いてね」
暴走したアリシアを落ち着かせてから、俺たちは家に帰ろうと村を後にした。
「ルチア様!」
その背後から慌てた様子の女性の声が聞こえた。
「どうしたのですか?」
「ミーナが結界の外に出てしまったようです!」
「なんですって!?」
なんか問題が起きているようだ。
俺たちはルチアさんの元へと引き返し事情を一緒に聞くことにした。
ルチアさんへ報告しているエルフがわずかにたじろいだが、それよりも緊急事態のようで報告を優先した。
「この村の食料が不足していることはあの子も知っていましたから……自分にできることを考えた結果、結界の外まで食糧を探しに行ったんだと思います」
「そんな……村の外に出るなんて……」
呆然としているルチアさん。
そのあまりにも取り乱した様子を見て、改めて俺がいかに安全な状況だったか理解する。
そっか、ソラがいなかったら俺はとっくの昔に森の生き物に襲われていたんだろうな。
「なあ、ソラ。助けることはできないか?」
ソラはアリシアたちに何か伝えると、俺の目の前で背を向けた。
「ええっと、神狼様はアキト様を乗せて走るので、背中にまたがって抱きついてくださいとおっしゃっています。時間がないのでこれは仕方がないことだと」
「ごめんなソラ」
さすがに俺を乗せて走るなんてソラも大変だろう。だけど、今はソラに頼るしかない。
申し訳ないけど、ソラに乗せてもらうために俺にまたがった。
「ああ、うらやましい……じゃなくて、えっと、もっと力を込めて抱きしめないと振り落としてしまうとのことです」
「こうか?」
苦しいかもしれないと思うほど力を入れて背中から抱きつく。問題なかったらしく、ソラは駆け出したようだ。
一瞬で視界がおかしくなる。速すぎて何も知覚できない。と思ったらすぐに停止した。
なんとあの一瞬で移動したらしい。いったいどれほどの速度だったのか。
これなら、たしかに目一杯力を込めないと振り落とされて、大きな怪我を負ってたかもしれないな。
それほどのスピードだったにも関わらず、俺がまったく揺れることなく優しく運んでくれたようだ。
視界こそ目まぐるしく切り替わり酔いそうだったが、ソラから降りると何事もなかったかのように歩くことができている。
自分の状態を把握してから目の前の光景を見ると、そこには大きなトラのような生き物に睨まれ震えているエルフの少女がいた。
「まずいっ!」
トラがいまにも襲いかかろうとしたため、頭の中が真っ白になりながらも体が勝手に動く。
気づけば俺は少女をかばうように抱きかかえていた。
こんなことしても、あの大きなトラの爪や牙は俺ごと少女を貫きそうなのに。
だがトラが俺たちに触れることはなかった。
速すぎてまったく見えなかったが、ソラがこちらに駆けるとトラは首から血を流して倒れ伏した。
「あ、ありがとな。ソラ」
少女をかかえたままに俺はソラを撫でる。
ほんの一瞬だけだが死を覚悟するほどの濃密な時間だったと思う。みんな本当ならこの森でこんな恐ろしい目にあっているのか。
「あ、あの」
「そうだった。君がミーナちゃんであってる?」
「はい、助けていただいてありがとうございました」
小さいのにしっかりした受け答えができるんだな。
「俺たちは怪しい者じゃないよ。ルチアさんから話を聞いて君のことを助けにきた」
「私を……あの、お兄さんは男の人ですよね?」
当たり前のことを聞いてくるけど、彼女にとっては当たり前じゃないんだったな。
特にエルフの人たちは、男のエルフにひどい扱いを受けてたみたいだし、危険ではないと知ってもらわないと。
「男だけど、ミーナちゃんが思うような変なことはしないよ? とりあえず村に戻ろうか」
帰りは三人で歩いていくことにした。
ソラにお願いしてミーナちゃんも乗せてもらおうとしたけど、村からそんなに離れていないから歩くとミーナちゃんが徒歩で帰ると言って譲らなかった。
多分ソラの背に乗ることを遠慮したんだろうな。
帰り道はソラがいるおかげか、相変わらず他の生き物に出会うことがない。
「こんなに静かな森初めてです」
「やっぱりそうなんだ? 普段はもっと生き物の声とかが聞こえるの?」
「はい。結界の中にいたって魔獣の吠える声や戦う音が聞こえてきます。夜中だってここまで静かになったことはありません」
そんな危険な森に逃げてくるほど、ルチアさんたちはエルフの里での扱いに堪えかねてたのか。
なんだかこの世界の男女問題ってかなり深刻そうだな。
考え事をしながら歩くと、ふと手にやわらかい感触を感じる。視線を向けるとミーナちゃんはえへへと笑いながら手をつないでいた。
「だ、だめでしょうか?」
「いや別に大丈夫だよ」
ソラが不機嫌になっていたけど、俺が許可したからか大人しく歩いている。
村のエルフたちからは距離を置かれていたが、ついに交流を深められそうなエルフと出会えた。
その成果に満足しつつ俺たちは村へと帰っていった。
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