第11話 姿が見えない森の仲間たち
「そういえばアキト様。昨日はルピナスさんと森で何を見てきたんですか?」
朝食を終えると、アリシアはふと思い出したようにそう尋ねた。
「森の中で友好的な生き物がいないか聞いたから、心当たりがある種族の場所に色々と案内してもらったんだよ。結局誰とも会えなかったけど」
「みなさんお出かけ中だったです」
ルピナスはしょぼんと落ち込んだ様子を見せる。
目的こそ達成できなかったけど、あれはあれで森の中を散歩するだけでわりと楽しめたんだけどなあ。
ルピナスとしては、その結果では満足できなかったようだ。責任感があるんだな。
「いえ、お出かけ中といいますか。アキト様が訪ねたので急いで出かけたんだと思いますよ?」
え、俺そんなに嫌われてるの?
まだ出会ってもいない相手にあからさまに避けられてると聞くと少し落ち込む。
「毎晩神狼様を抱いて寝ておるからの。主様は神狼様の主様だと森の誰もがわかっておるんじゃろう」
俺はどうやら毎晩、ソラにマーキングをされていたらしい。
「そんな相手においそれと会うことなどできんと思ったのじゃろうな。まあ、要するに神狼様の怒りを買うのが怖いから関わらぬようにしたのじゃよ」
「そういえば俺がこの森に来て最初にソラと出会ってから、ここにいるみんな以外は見たことないな」
ソラが獲物として仕留めてくれるイノシシやクマの死骸こそ見たものの、それらが生きて動いているところなんて見たこともなかった。
「アキト様はこの森の中を歩き回っても危険はないということですね。何も知らない人が聞いたら正気を疑われるようなすごいことですよ」
ソラのおかげでそんなことになっていたのか。
「ありがとうなソラ」
ちょうど撫でやすい位置に頭があったので撫でておいた。多分撫でられることを察してその位置に来ていたんだろう。かわいいやつめ。
「でも他の種族も気になるなあ。危険じゃないのなら会うことはできないの?」
「なんじゃ、まだメスを増やしたいのか。妾たちだけじゃ足りんのか? 強欲じゃのう」
「いや、そういうのじゃないから。というかシルビアたちが俺の物みたいに言っちゃだめだろ」
「つれないのう」
どこまで本気なんだか、まあ十中八九からかわれてるだけだろうな。
「お会いできないかもしれませんけど、どんな種族がいるかは神狼様とルピナスさんに解説してもらえるんじゃないですか?」
「そうだなあ。説明してもらうだけでも何も知らないのとじゃ全然違うし、今日も森の中を散策しようか」
昨日に引き続き森の中を歩き回ることにして、拠点を後にする。
ルピナスは光る粉を撒きながら周囲を飛び回り、アリシアとシルビアは横に並んで歩いている。そしてソラは俺を扇動するように前を歩く。
「なんだかあの洞窟に案内してもらったときみたいだな」
「神狼様と二人きりだった時の話ですか?」
「うん。右も左も分からない状況でソラが安全な場所まで連れて行ってくれたんだよ」
「安全というのなら神狼様と出会った時点で、森の中のすべてが安全な場所ともいえるがのう」
それでもソラは俺の望みを叶えてくれたのだから、本当に感謝しかない。
こちらの話を聞きながらも、振り返ることはなく前を歩く姿はどことなく機嫌が良さそうだ。
しかし、こうしていると
「ソラと散歩してるみたいだなあ。首輪とリードでもつけてたらますますそう見えるんだろうな」
ピタッとみんなが歩みを止めた。
しまった。つい言葉にしてしまっていたようだ。
「あ、あの! アキト様は女性に首輪をつける趣味があるのでしょうか!?」
アリシアが顔を真っ赤にして尋ねてくる。いや、ちょっと待ってくれ。そうじゃない。
「ソラだけだから! 別にアリシアたちのことじゃないから!」
気づけばソラは俺に抱きついていた。尻尾がめちゃくちゃ動いてる。なんだ、機嫌が良いのか?
「そ、そうですか。そうですよね……まだ神狼様の特権ということですね。どうすれば私たちも首輪をつけていただけるんでしょうか? 耳ですか? 毛皮ですか? それとももっと強くならないとだめですか?」
ああ、なんか久しぶりに暴走してるな。
「しないってば。それについそう言っちゃっただけで、ソラにも首輪をするつもりはないよ」
おや、尻尾の動きが止まった。なんかさっきとは裏腹に急に悲しそうになったぞ。
「ソラは頭がいいから首輪もリードもいらないだろ? それなら首輪をしても窮屈なだけなんじゃないか?」
「神狼様はアキト様の首輪ならいつでもつけますと言っています」
なんだろう。野生で長いこと生きていた狼だからか飼われたい願望でもあるんだろうか?
「あ~、そのうちいいのが見つかったらね」
とりあえずお茶を濁して、その場を切り抜けることにした。ソラの機嫌は直ったようだし、きっとこれでよかったんだろう。
「ここはアラクネの巣のようです。ルピナスさんが魔法を使う前の私たちの洞窟に似ていますね」
アリシアの言う通り、暗くて涼しいけど頑丈そうな洞窟にどこか既視感を覚える。
似たような場所に住んでることだし、せっかくだから話をしてみたかったけど、やっぱり家主は留守のようだ。
「アラクネってどんな種族なの?」
洞窟を出て次の場所に向かいながら、みんなに聞いてみた。
たしか蜘蛛の怪物なんだっけ?
「そうですねえ。下半身は私たちより巨大な蜘蛛の体で、上半身は人間の女性と言えば伝わるでしょうか」
やはり、なんとなくイメージにあったアラクネと同じだ。
「あと上半身は裸じゃ」
そ、そうなんだ。それはなんとも目のやり場に困りそうだ。
会えなくて残念だったのか、みんなに白い目で見られずにすんでよかったのか、どっちなんだろうか。
「次はここですね。ふむふむ、どうやらここはアルラウネたちの住処のようです」
次に案内されたのは大きな木々に囲われた天然の隠れ家のような場所。
なんかこういうの憧れるよなあ。
よく見るとただの地面じゃなくて、ふかふかした絨毯みたいな草が生えている。ルピナスの魔法で変化したうちの洞窟の床と同じだな。
「ここも留守だね」
「根を張るアルラウネが移動するなんて珍しいことなんじゃが、恐怖には勝てなかったようじゃの」
そんなにソラが怖いのか。今さらながら敵じゃなくてよかったなあと思う。
当人はぼけっとこちらを見ているから、恐ろしい存在とはまったく思えないけど……
「アルラウネは植物族の魔族です。シルビアさんが言ったとおり、根を張ってその場から動かないことが多いのですが、今回のように危機が迫ったらさすがに移動するみたいですね。下半身は大きな花でその花から人間の上半身が生えているんですよ」
これもゲームとかで描かれるアルラウネと似通った見た目だ。案外元の世界の知識も頼りになるかもしれない。
「あと上半身は裸じゃ」
またかよ……半裸族多いな。
今度は背の高い草が生い茂る場所に出た。これはすごいな、一歩入ったらもう外からはどこにいるのかわからなくなりそうだ。
「ここは、ラミアの巣のようですね。下半身がヘビで上半身が人間の魔族です。ヘビの部分で締めつけられたら、その辺の大木ぐらいはへし折ることはできるみたいです」
こわっ、つまり俺の体なんて余裕で折ることができるってことじゃん。
つくづく恐ろしい森なんだなここって。
「あと上半身は裸じゃ」
もしかして、この森では服を着ている方がおかしいのだろうか。
常識がおかしくなりそうな説明を受けながらも、森の散策は続く。
大木の大穴に住んでいるハーピー。
森の入り口に住んでいるらしいのだが、むしろ今は人が多く集まるため危険だからと向かうことを反対されたので会いに行けなかったコボルト。
異なる種族だけどアラクネ以外とうまく共生できているらしい蝶や蟻や蜂の昆虫娘。
沼地に住んでいるため、油断していたら窒息させられるスライム。
そこら中にいるらしいけど、一度も生きている姿は見たことがない、イノシシやクマ等の獣に限りなく近い魔獣。
色々と見て周っているのだけど、いまだに生き物に出会えていない。
「やっぱり魔族とか魔獣しかいないんだな。人間とか亜人っていないの?」
「それは……無理じゃないですかね? 自慢じゃありませんが、私こう見えて人間の中でもとっても強い方ですけど、この森にアキト様を探しに来たときは死を覚悟しましたし」
「うむ、アリシアは人間にしてはかなりできる方じゃの。じゃが、森で生きるには人間という種は脆弱にすぎる」
そういうもんか。
何不自由なく暮らせていたから、この森で暮らすことをキャンプしているぐらいにしか考えてなかった。
「え、そうなんですか? アキト様、神狼様が言うにはエルフの一族が森の一角に村を作っているそうです」
「へえ、エルフってアリシアより強いってこと?」
「いえ、そんなはずはないのですが……なるほど、どうやらエルフの一族は神狼様に供物を捧げることで森に住まわせてもらっているそうです。神狼様の毛を一本いただき、それを元に他の魔獣が避ける結界を作り、中で生活しているそうですよ」
「存在を忘れてたって……まだ生きておるのか? 結界の中が白骨死体だらけとかではないじゃろうな」
それは恐ろしい光景だな。だけど、ついでだからエルフにも会いに行ってみようかな。
もしも全滅してそうなら、すぐに引き返せばいい。
「それじゃあ、そのエルフの村に向かってみようか」
特に異論はないみたいで、みんなでエルフの村を目指して再び歩き出す。
しかし、ソラが忘れるほど昔か……生きてるといいなあ。
◇
「な、なによあの集団。そもそも、なんで神狼様がここに向かってるの? 私たちなんかした? ちゃんと人間に危害を加えないって命令守ってるわよ」
自分たちの住処に突如向かって歩いてくる集団に、森の住人たちは誰も彼もが混乱に陥った。
「神狼様と古竜と……人間? なんかあの人間やけに強くない? 人間のくせにあんな魔力持ってるなんておかしいわ」
この森の生態系の頂点などとうの昔に決定し、以降それが揺らいだことなどただの一度もない。
「女王。森ノ王ガコチラニ向カッテイル。ドウスル? 巣ヲ放棄スルシカナイカ?」
そんな森の王と、森の王ほどではないが明確な強者たちの集団が巣になんのようなのか。戯れに滅ぼしにきたのか、あるいは知らぬうちになにか怒りを買ってしまったのか。
彼女たちにできることは、拠点を放棄して生き延びることだけだった。
「ど、どうしましょう。この森から出ていくべきなんでしょうか。わかりませんわ。神狼様が巣の中にまで直接出向くなんて、一体何が起きているのですか」
普段の見回りでは、わざわざ巣の中にまで踏み込まない。用事や命令がある場合は、森中に響く魔力を込めた遠吠えで十分伝わる。
それなのに直接会いにくるなんて、良い予感はしなかった。
その結果、彼女たちは拠点を放棄して神狼から逃げ出した。
後日、森の主が自分たちの住処から去ったことを確認して、各々の居住地に戻るもなにも変化はなく、森の住人たちはますますあれはなんだったんだろうと疑問を浮かべるのだった。
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