第7話 育児疲れの女神様

「住む場所はソラとルピナスのおかげで解決した。食べ物もソラとアリシアのおかげで解決した。だからようやく今後について考える余裕ができた」


 俺の言葉を四人は真剣に聞いてくれている。

 途中でシルビアが自分だけ名前を呼ばれなかったことに気づいて落ち込んでいた。

 うん、なんかごめん。とにかく話を続けよう。


「ここが異世界っていうのなら、俺の最終的な目標は元の世界に帰ることだ」


「な、なんでですか!?」


「妾が役に立たぬからか!?」


「人間さんいなくなっちゃうです?」


 すごい勢いで二人が詰め寄ってきて、ルピナスは単純に疑問を持っているといった感じだな。

 ルピナスはともかくそんなに驚くことなのか?


 というかソラや。袖を引っ張るのやめなさい。腕の中にぐいぐいと潜り込むのやめなさい。

 はいはい。わかったよ撫でるよ。


「ソラも反対か?」


 当然だと言うように鼻が押しつけられる。


「どんどん大胆になっていくのう神狼様」


 あ、でも……


「ソラなら向こうにいてもそこまで不自然じゃないから、一緒に俺の家で暮らすか?」


 よしよし嬉しいか。俺も大型犬飼うの実は憧れてたんだよね。


「わ、私も人間だから不自然じゃないと思うのですが!」


「あ~、そういえばそうだね。今の時代日本に住んでる外人さんなんていくらでもいるし」


「でしたら! 私も一緒に暮らせますよね!?」


「あっ、はい」


 うちの家族お人よしだし、困ってたシスターのために部屋を貸すぐらいなんともなさそう。


「妾は!?」


「シルビアは……」


 手足と翼と尻尾を見る。さすがに人間じゃない部位が目立つよなあ……

 コスプレだと思われそうだけど、年がら年中コスプレしてる人ってのも違和感あるし。


「この翼と尻尾が悪いのか!? ならば切り落とそう、少し待て」


 勢いよく鋭利な爪を翼の付け根に振るうシルビア。


「いや、お前が待て!」


 あぶなっ! 俺が止めなきゃ本気で切り落とす気だったろこいつ。


「どっちにしろ。帰る手段がわからないことにはどうしようもないよ。シルビアが俺の世界に行くかどうかはその時決めるとしても遅くないだろ」


 しかし、皆して俺の世界に行きたいなんて、異世界の人は異世界の人で俺たちの世界に興味あるんだなあ。俺たちが異世界へ興味を持つのと同じことか。


「それで、誰か俺が帰る手段に心当たりとかない?」


「そうは言っても、そもそも別の世界の人間が訪れること自体初めて聞いたからのう」


「帰る手段どころか呼ぶ手段すらどこにもないと思います」


 まじか。こういうのってなんか魔王倒した褒美とかでなんとかなるもんじゃないのか。


「噂とかでもそんな話ってないの?」


「切羽詰まったメスどもが全裸で湖に浸かりながら満月に祈ったりしておるぞ」


「絶対効果ないじゃん……」


 どうしようもない。なんせ俺はこの世界のことを何も知らないんだから、案なんて浮かぶはずがなかった。

 ルピナスには悪いけど、この場所を出て色々な土地で情報を集めるべきか?


「……女神様ならご存じかもしれません」


「本当!? それなら女神様と話すことはできない?」


諦めかけていたその時、アリシアから一縷の希望が提示されて思わず顔を近づけてしまった。


「あ……近い……はい」


 アリシアは急な出来事に驚いているのか、心ここに在らずといった風に俺に返答する。

 いかん。興奮しすぎた。


「ごめん近すぎた」


 顔を離すとアリシアは冷静さを取り戻したようで、先ほどの続きを話しだす。


「そもそも、女神様は遠い昔は男性を出現させていたと聞いています。女神様が一から作っているのかと思われていましたけど、アキト様のように異世界から迷い込んだ方を感知していち早く保護していたのかもしれません。現に私もアキト様のことをお聞きして、こうしてお会いできていますから」


「それって女神様が誘拐してるってことじゃないよね?」


「それはないと思います。女神様にそんな力があったら今も信仰を失わずにすんでいたはずですし」


 女神様信仰廃れてきてるのか……

 教会所属の聖女のアリシアがこんなに強いから、女神様と教会は国に匹敵する権力を持ってるのかと思ってた。


「やっぱり信仰されてなかったら力がなくなっちゃうの?」


「そうですね。今では昔のように自ら男性を保護することができないほどに女神様の力は失われています。ですが、知識まで失ったわけではないのでなにかご存知かも知れません」


「じゃあ女神様に聞くことはできないかな? 俺が元の世界に帰る方法」


 あまりに小さい変化ではあるが、アリシアの表情が若干歪んだ。なんか女神様と離すことを嫌がっているような、そんな表情だ。


「もしかして女神様のこと苦手だったりする?」


「い、いえ! 何を言われるか大体想像がつくので、できれば会いたくないな~とは思っていますが、苦手というほどでは」


 聖女なのに女神様と反りが合わないんだろうか。


「ですがアキト様のためですから、ここは私にお任せください」


 アリシアが両手を合わせて女神様へ祈り始める。

 金髪美女のシスターが祈る姿はやけに絵になっていて、まるで映画の1シーンのようだ。そんな不躾な考えをしていると、洞窟内がヒンヤリとして空気が変わったような錯覚に陥る。

 そしてアリシアの目の前に何者かの気配を感じるようになった。俺には見えないけど女神様がこの場に現れたんだろうか?


「あんたなにしてんのよ!」


 そして姿こそ見えないが女性の叫び声が俺の耳にも届いた。これが女神様の声なのか。

 なんかもっと神々しいお淑やかな声を想像していた。


「私の代わりにそこの男の子を保護しろと言ったでしょ!? それなのになんでこんな森で一緒に生活して男の子を独占しようとしてるの? 保護したならさっさと国に帰らないとだめじゃない!」


「ですが女神様。アキト様を連れて国に戻ると大混乱になることは目に見えております。それだけでなくアキト様に危害が及ぶ可能性も低くはありません。であれば、人目に触れぬようここで生活するのが最善と考えたのです」


「……本音は?」


「私たちがいますので、これ以上他の女性に出会う必要はありません」


「私利私欲のためじゃない! ――まあ、たしかに外は危険というあなたの言葉も間違ってはいないけど、それじゃあこの森で一生暮らす気?」


 どうやらアリシアの言うことは本当だったらしい。

 けど女神様と聖女ってこんなフランクな関係なんだな。なんとなくこの女神様はアリシアのせいでいつも苦労しているような印象を受ける。


「女神様ならアキト様を元の世界に戻せませんか?」


「無理。私の力が失われてるの知ってるでしょ。各国から信仰されてたころの私ならともかく、今の私にその子を帰還させる手段なんてないわ」


「女神様全然信仰されてませんからね」


「しかたないでしょ。大体男がいないのは私のせいじゃないわよ。それどころかこの子みたいに迷い込んだ男の子が、魔獣に襲われる前に保護して国に案内してるじゃない! 感謝するべきじゃないの!? なんで逆恨みされなきゃならないのよ!」


 女神様も苦労してるんだな。

 成果を認めてもらえないだけじゃなく、満足いかなければその捌け口になるとか、この世界の神様の扱いはなかなか厳しそうだ。


「あれ、迷い込むのは男だけなんですか?というか男がいないって」


 女しかいない世界なのか? だとしたらどうやって子供ができているんだろう。

 いや、みんな男の存在自体は知ってるみたいだし女しかいないわけじゃないか。


「あ、それは……」


「ああ、それも聞かされてなかったわね。あんたたち諦めなさい。隠し通すことなんてできるわけないでしょ」


「どういうこと?」


 女神様からこの世界について教えてもらった。

 そうか、男は一応いるのか。

 だけどほとんどいないうえ、その数少ない男も各権力者が確保しているのか。普通の女性にとってはもう男なんていないも同然の世界なんだな。


「希少だからと国の権力者以上に大切に扱われているせいで、その数少ない男たちも女のことを見下す傲慢なやつか関心すら示さないようなやつばかりよ。この子たちがあんたに本当のことを言ってなかったのは、あんたがそうなるのを恐れてたの。だから許せと言うつもりはないけどね」


「いや、俺は別に今の話を聞いても変わらないし、怒ってもいないよ」


 ルピナスを除く三人は負い目からかしょぼんとした様子で正座していた。


「女神様が保護した男たちはどうなんですか?」


「大体はこの世界の男と同じね。最初は女に優しいやつもいたけど、段々わがままで偉そうなやつになっていく。それか疑い深すぎて誰も信じないようなやつばかり。なんかまともな人間が迷い込むことがないのよねえ」


 俺まともじゃなかったのか。


「あんたはどうなるのかしらね。このままこの子たちに優しくできるのか、いずれ他のやつみたいにこの子たちをこき使うやつになるのか」


 女神様の言葉がやけに重くのしかかった。俺はそんな風にはなりたくない。

 ソラをアリシアをシルビアをルピナスを大切だと思う気持ちを忘れないようにしないとな。


「いい表情じゃない。それじゃあ話を戻しましょう。元の世界に帰るには私が信仰を取り戻さないといけない」


「どうやって信仰を取り戻すんですか?」


「それがわかるなら姿を見せられないほど力を無くしてないわよ。この世界の子たちが私のおかげだと思うようなことを広めなさい」


「……女神様が男をこの世界に呼んだことにするとか?」


「話聞いてなかったの? アリシアが私の神託無視してあんたに真実を隠すほど危険なのよ?」


 俺が思っていたよりもはるかに男性はこの世界では身の危険が多いようだ。

 でも今のところは女神様に力を取り戻してもらう以外では、帰る方法がないんだよなあ


「ん? どうしたソラ」


 ソラが俺に向かって吠える。吠えるというか何かを伝えたがっている。


「難しいがそれが妥当じゃな」


 魔力さえあればソラの声は聞こえるらしいので、俺以外にはソラの言葉は伝わっているようでわずかに疎外感を感じた。


「神狼様はアキト様にこの森に住んでもらいながら、各国に女神様の導きによりアキト様が召喚されたことを伝えてはいかがですかとおっしゃっています」


「難しいこと言うわね……まず誰も信じないでしょうし、信じてこの森にきても辿りつけない。辿りついたらついたでこの子への脅威になるかもしれないし、あんたたちみたいにここに住むかもしれない。そうしたら結局噂は噂のままで私のことなんて誰も信仰しない。無理よ。無理無理」


 問題が多いなあ。でも可能性が低くても何もやらないよりはましか。


「ルピナスが手伝ってあげるです」


 ええ……大丈夫かな。

 ルピナスは素直すぎてなんかこういう風説の流布みたいな行為に向いてない気がするだけど。


「そうですね。妖精は誰かを騙すことはないので、妖精であるルピナスさんが言えば信憑性が増します。信じてもらうという点ではこれ以上ない人選です。信じすぎてしまってここに人が殺到しそうですが……」


「その時は妾たちが選別するしかあるまいな。ルピナスよ、すまぬが頼まれてくれるか」


「おまかせです!」


 だけどみんなは賛同みたいだ。

 そうか、ルピナスだからこそ嘘は言わないと思われるのか。


「まあ期待はしないでおくわ。もし信仰が集まって力になれるようなら神託を施してあげる。アリシア、あんた聖女としてちゃんと教会にも顔見せなさいよ」


「……」


「返事しなさい!」


「いひゃい、いひゃいです」


 アリシアの頬が見えない何かにひっぱられる。多分女神様につねられてるんだろう。

 最初の印象と違ってアリシアってけっこう不良聖女だよなあ。

 大変そうな女神様に俺は簡単に祈りを捧げておいた。

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