第6話 絵本から出てきそうな小さな友人
「シルビアもここに住むって?」
「だ、だめか?」
俺の言葉を聞いてシルビアは不安そうに聞き返す。
いや、別に住むことは構わないんだけど……
「その大きさじゃ洞窟に入るの無理だろ?」
「なんじゃ、そんなことか。それならこれで問題ないな」
シルビアがそう言った瞬間に先ほどまでいた巨大な竜が消え、赤い髪を腰まで伸ばした美女が現れた。
美女は上半身はほぼ全裸で胸だけが赤い鱗で水着のように最低限隠されている。
腕と下半身は同じく赤い鱗で覆われているが、こちらは鱗というより鎧みたいで手と足は竜特有の鋭い爪も備えている。そして翼と尻尾もサイズこそ違えどシルビアのものだ。
これは、あれか。よくある凶悪なドラゴンが美女に変身するという定番のやつか。
「なんじゃ驚かないのか」
「ああ、竜が美女に変身するってわりと定番だからな」
「美女……」
シルビアは機嫌良さそうにニヤニヤ笑っている。
どちらかというと俺よりアリシアのほうが驚いているみたいだな。
「え、ええ!? 竜が人の姿になったんですよ! なんでそんなに冷静なんですか! アキト様の世界は竜がいないはずなのに、なんで人の姿になるって知っているんですか?」
「人間の想像力も馬鹿にしたものじゃないってことだろうな……」
まだ納得できなそうだったけど、アリシアはこれ以上は問いかけてこないようだ。
「とにかく、これで妾も主様たちと同居しても問題あるまい?」
「まあ、一応そうなるのかな?」
アリシアに続き絶世の美女と同じ空間で寝泊まりする俺の理性が大変だが……
ソラを抱きしめて一旦落ち着くと、ソラは頰を舐めてくれた。
おお、今までそんなことしてくれなかったのに。俺を元気づけてくれてるのかな。
「むう……ずるいぞ」
「抜け駆け……でも神狼様ですからあれぐらいは仕方ないですね……」
ひとしきりソラを撫で回してから考える。やっぱりこの洞窟の居住性を改善したいよなあ。
「人が増えるならもっと家みたいな場所がほしいな。最低限寝具ぐらいはないと、いつまでも住めないだろうし」
そんな俺の呟きに対して、ソラがこちらに何かを伝えようと吠えた。
「また自分に任せてくれと言ってるのか?」
正解だったらしくソラは嬉しそうに目を細めると、腕の中から抜け出しどこかへと行ってしまった。
「主様は魔力もないのに、よく神狼様の言いたいことがわかったのう」
アリシアとシルビアがわずかに驚いた様子をみせる。
「この洞窟を見つけてくれた時と似たような様子だったからね」
「以心伝心というやつか。さすがに神狼様は手強い相手じゃな」
あれ、魔力もないのにってどういうことだ?
「もしかして魔力があったらソラと会話できるの?」
「そういえば、それも説明していませんでしたね。アキト様がおっしゃったとおりです。この世界は魔力さえあれば、どんな言語でも通じ合えます」
「まあ妾みたいに魔力を介さずに他種族の言語を使う者も多いがの。神狼様は他種族の言語なぞ覚える気はなかったのじゃろう。プライドが高く恐ろしい方じゃからな」
「むしろ他の種族が自分の言葉を覚えろって感じですよね」
二人が話してるのは本当にソラのことなんだろうか。
あのちょっと抜けてるかわいい犬がプライドが高くて恐ろしい? なんだか想像できないな。
「でも、魔力かあ。なんか本当に異世界って感じだなあ」
「魔力自体はご存じなんですね。もしかしてそちらの世界にも存在したんですか?」
「いや、シルビアと同じだよ。あくまで物語の中だけの存在だった」
「主様からは魔力をまったく感じぬからのう」
実は魔力があって魔法を使えてなんて都合の良い話もないらしい。少し残念だ。
そんな俺に元気を出せと言うかのようにちょうど戻ってきたソラが頭をこすりつけてきた。
相変わらず間がいいなこいつは。
顔を見ると口元になにか見える。
なんか……でかい羽みたいなものが……
こいつでかい羽虫食ってない?
「なにしてんのお前!? ぺってしなさい!」
ソラは俺の言うことを素直に聞いて、咥えていたものを吐き出した。
直視するのが嫌なので恐る恐る横目で地面を見ると、俺が思っていたのとは別の光景がそこにあった。
「これは、妖精か?」
ソラの唾液にまみれた羽の生えた小さな少女は、青ざめた顔で表情は凍りついていた。
ソラって妖精も喰うの? でも、イノシシとは違って人みたいな見た目のものを食べるのはなんか嫌だなあ。
「ソラ、妖精喰いたいのか?」
ソラは首を横に振った。
よかった。目の前でスプラッタな光景を繰り広げられるわけではないようだ。
「神狼様はアキト様の要望を叶えるために、妖精を連れてきたんだと思います」
「え、俺の要望って……家が欲しいってやつ?」
「はい。妖精は本来は他の種族と、特に人間と共存する生き物なんです。友好関係を築くためか、人間たちの家や家具を作る魔法が使えるんですよ?」
そうだったのか。便利だな妖精。そしてソラは今回もまた俺のために動いてくれたのか。
「いい子いい子」
でもこの妖精大丈夫かな? ソラに殺されると思ったのか放心したまま動かないぞ。
どうしたものかと考えてたら、ソラが大きな声で妖精に吠える。
「うひゃあっ!!」
すごいな。十センチぐらい飛び上がったぞ。
妖精の身長も十センチぐらいだから、自分の身長と同じぐらい飛び上がったことになる。
「な、なんですか? ここで食べるのですか?なんで意識がないときに食べてくれなかったですか? 苦しんでた方がおいしくなるんですか? 苦しみながら死ぬんですね。ああ、こんなことなら人間さんの男なんて探さずに、みんなと一緒に人間さんの女と暮らせばよかったです」
さめざめと泣く妖精だったが俺と目が合い固まった。
「に、人間さんの男です! ルピナスの探してた人間さんです!」
え、俺を探してたの?
「ぶぎゅうっ!!」
ソラが肉球で妖精を叩きつけた。妖精からは空気が抜けたような苦悶の声が聞こえる。
「お、おい。どうしたんだよソラ」
「ルピナスさんでしたっけ? 余計なことは言わないでください」
「な、なんなんですか。ルピナスが何をしたっていうんです」
「貴様は主様のために居住魔法を使えばそれでよい。それ以外のことは考えぬのが身のためじゃぞ?」
「え、ええ……」
「よいな?」
「はいぃ……」
なんか三人ともやけにルピナス?に対してあたりが強い。てか仲良いね君たち。
「居住魔法っていうのが、さっき言ってた妖精の魔法?」
「ええ、この森で生きているだけあって、魔力も普通の妖精より高いみたいですし、アキト様の望んだ住居も作れるはずですよ?」
「人間さん住むところほしいですか? それならルピナスに任せるです!」
ルピナスは胸を叩いて自信がある様を全身で表現した。
「それじゃあ、この洞窟の中に部屋とかベッドとが作れる? あと洞窟に扉とかもできるのかな?」
「任せるです。ぬ~っ!!」
ルピナスが両手を合わせて念じ始める。おお、全身がピカピカ光り始めたぞ。
いや、眩しすぎだろ。ルピナスはもう直視ができないほど発光しているので、俺は思わず目を閉じた。
「うりゃ~!!」
どこか気の抜けた言葉が発せられると目の前の発光体は徐々に光が落ち着いていった。
もう大丈夫かなと目をゆっくりと開くと、目の前にはなんとも立派な住居ができあがっていた。
さっきまでは剥き出しの洞穴だったのに、俺の要望通りしっかりと木で作られた扉が取り付けられている。
中を見るとゴツゴツした広い殺風景な空間は、これまた木でできた立派なテーブルとイスやタンスや本棚の家具が並んでおり、家と呼んで差し支えない場所へと変貌していた。
なにより冷たい土の床がふかふかした草のような絨毯に変わっているのがありがたい。
「すごいぞルピナス! これでここに住んでもゆっくりと休めそうだ」
ふふんと誇らしげなルピナスだが、いや本当にすごいぞこれ。
「これでお前を一晩中抱きしめなくても大丈夫そうだなソラ」
ソラがガーンとショックを受けた顔をこちらに向ける。なんだ、俺と一緒に寝たいのか。この甘えん坊め。
「あの~」
撫でようとしたらルピナスが遠慮がちにこちらに話しかけてきた。
「ルピナス役に立ちましたよね? 人間さんと一緒に住んでもいいです?」
「ああ、そっか。さっきシルビアも言ってたからな。妖精は人間と共存するって。俺は別にいいけど、ここには俺とアリシアしか人間いないよ。ルピナスはそれでもいいの?」
「はい! もちろんです! なんせ人間さんの男があぁっ!!」
ソラがペシっとルピナスを叩くとルピナスは吹っ飛んでいった。
ルピナスに厳しくないか?
「こら、だめだぞソラ。ルピナスのおかげで住む場所が立派になったんだから、意地悪しないの」
軽く頭を叩くとソラは不承不承と言った様子で、ルピナスを起こしてあげていた。
「アキト様」
「どうしたのアリシア?」
「ちょっとまた相談タイムです」
「あ、はい」
アリシアがルピナスを含めた四人でできたばかりの部屋の一室に入っていった。
なんか疎外感を感じるけど、きっと必要な話し合いなんだろうなと自分を納得させて四人を待つことにした。
◇
「ルピナスさん。アキト様に余計なことを言ってはいけません」
「余計なことです? ルピナス余計なこと言ってないですよ?」
「そうですね。それでは言い方を変えます。アキト様にこの世界にはほとんど人間さんの男がいないと言ってはいけません」
「どうしてです?」
「どうしてもです。それが守れるなら私たちはあなたと共存できるはずです。ですが、それが守れないなら残念ながら……」
「よくわからないけどわかったです。ルピナス人間さんに男の話しないです」
「それでよい。お主は四番目じゃぞルピナス」
「四番です?」
首を傾げるルピナスに二人はそれ以上の説明はしなかった。
「でも人間さんすごいです。あんなに怖い神狼様が人間さんの言うことを聞いてたです」
ルピナスの呟きに耳をわずかに動かすだけで、ソラは特段興味もなさそうに部屋を後にした。
「相変わらず主様にしか興味がない方じゃのう……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます