第4話 真紅の最強種と我が家の愛犬

「聞いたか? 例の話」


 冒険者たちが集う食事処の一際豪華な二階席で、女性らしい柔らかさを残しつつも鍛え上げられた筋肉がついた女性が仲間に訪ねる。


「禁域の森に男の人がいるとかいうやつでしょ。まったく、そんなわけないじゃない」


 女性よりも軽装で身のこなしを何よりも得意とする小柄な女性は、呆れた様子でその話題を否定した。バカを言う女性に対してそれを呆れつつも否定する。

 これが彼女たちのいつものやり取りだ。


「でも、本当なら会いに行く価値はある」


 だが、今回は珍しくいつもなら二人の会話を聞いているだけの魔法使いの少女が発言した。それもバカな発言を擁護する側としてだ。


「ちょっと! 本気なの!?」


 予想していなかった助け舟により否定派の女性が大きく声を上げる。


「本当ならと言った。確信もないのに禁域の森に立ち入るなんてただの自殺だから私は反対」


「なんだよ。結局行きたくないってことか」


「そんなの当たり前じゃない。普通ならそんなほぼ嘘だとわかってる噂なんかに頼ったりするわけないでしょ」


 分が悪くなったからかあるいは正論だと納得したからか、森に行くことを良しとした女性も諦めたようだ。


「わかったよ。でも噂が本当なら行く価値はあるってことだろ?」


「それはまあ……命を賭ける価値もあるでしょうけど、どうせ居もしない男の人を探してるうちに森の住人に殺されるのがオチよ」


「まあそうなるよなあ……」


 冒険者として成功者とも言えるほどの実力を持つ自分たちでさえこれなのだから、他の者たちはなおのこと尻込みするんだろうなと考え、女性は無責任に噂を流した者に対してたちが悪いなと呟いた。


    ◇


「わあ、すごいですね」


 シスターが洞窟の中を見て感嘆の声を漏らす。

 広くて頑丈で水場まであるので拠点としては申し分ないため、シスターとしても思っていた以上に良い場所だと驚いているのだろう。


 でもさすがに数日ならいざ知らず、ここにいつまでも寝泊まりするのは厳しいよな。

 町にさえたどり着けたらもう戻る気もなかったのだけど、まさか町の方が犯罪者だらけの危険地帯だなんて思わなかった。


「ここに住むのならもうちょっと住居らしい場所にしたいんだけどなあ」


 ソラが毛皮を押しつける。わかってるって、夜はお前のおかげで凍えずにすごせるから思っている以上には快適だよ。

 そこでふと気がついた。


「シスターはこの後町に行くんですか?」


 俺の言葉を聞いたシスターはピシッと固まった様子のまま、ゆっくりとこちらに顔を向けた。


「え、やはり私がここにいるとお邪魔でしょうか?」


「いえ、助かってますけどさすがにここに寝泊まりはできないでしょう?」


 俺はまだいいけど、シスターが野宿とかあまり想像できない。

 それとも、そういうことにも俺より慣れてるんだろうか。見た目で判断してしまったが、イノシシ担いだり解体したりアウトドア派な人だからよくわからん。


「えっと、寝具がないというのなら慣れているので問題ありません。私のことが信用できないから近くにいたら眠れないということであれば、手足を拘束していただけると助かります」


「助からないでください。何言ってんですかあんた」


 なんかやけに自分のことを卑下するよなこの人。


「というか、普通逆でしょう。俺に襲われる危険性があるから俺の手足を拘束するとかならまだわかりますけど、なんで身動き取れない状態で男の側で寝ようとするんですか」


「そ、そんな。手足を拘束された無防備な男性と夜を共にするなんて、さすがの私も理性が持つかどうか……」


 そこで顔を赤らめる意味がわからない。

 なんとなくわかってきたけど、この人思考があらぬ方向に舵取りして暴走する傾向にある。ソラが呆れ半分で肉球で顔を叩くと正気に戻ったみたいだ。

 あれちょっとうらやましいな。柔らかくて気持ちよさそうだ。


「はっ、すみません。それでは私もここで眠らせていただけますでしょうか?」


 もうそれでいいや。


「はい。ひとまずそうしましょう」


「男の人と同じ空間で眠れるなんて……がんばれ私の理性。聖女の力を発揮する時ですよ」


 あ、またどっか行った。


 そういえばさっき聴きそびれたけど、こんなに流暢な日本語なのに外人っぽいなこの人。そもそも名前すら聞いてもいなければ名乗ってもいない。

 ソラの時もそうだけど、どうも目の前の出来事に精一杯でこういう情報共有は後回しにしてしまいがちだな。


「あの、そういえば名乗ってませんでしたけど俺は日比野秋人と言います」


「えっと、ヒビノアキト様ですか?」


「はい。名前が秋人なので言いにくかったらそっちで呼んでください」


「名前で呼んでもいいんですか!?」


「え、ええ。好きに呼んでください」


「はいアキト様。あ、申し訳ありません。申し遅れましたが、私の名前はアリシアです」


 やっぱり外国人だった。それかハーフとかかな?


「アリシアさんは日本人じゃないですよね? どこの国の人なんですか?」


「すみません。ニホンジンはよくわかりませんが、私はツェルール王国の聖女を勤めています」


 聞いたことない国だ。

 というか聖女ってちょくちょく口にしてたけど冗談じゃないの?

 どうしよう、そういう役になりきってるとかなのかな。だとしたら国名も彼女の脳内にしかない国なんじゃないだろうか。


「えっと……そうですか。大変ですね」


「あれっ!? なんでそんな憐れむような目をするんですか? 私なんかしちゃいましたか!?」


 こういう人は下手に刺激をしたらいけない。話を聞いてその設定にあわせてあげるのが肝要だ。


「大丈夫です。俺はアリシアさんの味方ですから」


 落ち着かせるように言葉をかけると、彼女はまた頬を赤らめて呆けた様子でこちらを見た。

 なんか変な人だけどこうしてると美人なんだよなあ。


「は、はい! つまり私もアキト様の寵愛をいただけるということですか!?」


「何言ってんだあんた」


 すぐ暴走するのが玉に瑕だけど。


「す、すみません」


 ソラはそんなアリシアさんの様子が面白いらしく、笑っているとわかるほどに目を細めていた。


 さて、当初の目的は果たせそうもない。

 向こうのことを知ろうにも、本当のことか妄想のことか判断できない。

 もう最低限名前さえ知ってればいいか。そもそもこのアリシアという名前も本当なんだろうか。

 ――まあ、これは嘘だとしても問題ないしいいや。


「あの、アリシアさんはこれからどうするんですか?」


「はい! 一日中アキト様にお仕えいたします!」


 嫌だよそんなの……

 胸を張って誇らしげな顔してるけど、いくらかわいくても流されないぞ俺は。というか胸大きいな……

 男の悲しい性でじろじろとアリシアさんの豊満な胸を見てしまった。アリシアさんもそれに気づいたらしく、照れながらおずおずとこちらに言った。


「あの……さわります?」


「さわりません!」


 天然なのかからかってるのかもうわからない。

 けど健全な男子高校生にそんなこと言うのはやめてくれ。ほら、ソラも怒って噛みついてるじゃないか。


「痛ったい!」


 結局アリシアさんの胸は俺じゃなくてソラが触る、というか噛みつくことになったのだった。

 ソラを止めようとすると、二人は真剣な表情になり洞窟の外へと出て行った。

 え、なに。なんかあったの?


 二人に遅れて俺も洞窟の入り口に向かうと、そこにはまるでファンタジー小説から抜け出したかのような巨大な竜がいた。


「は?」


「アキト様、念のため私の後ろにいてくださいね」


 アリシアさんが俺を守るように前に出た。

 ソラは? アリシアさんと一緒に外に出たはずだけどどこにいった?


 ソラを探すとドラゴンの前に立ちドラゴンを睨みつけていた。あいつなんて危険なことを。

 俺はソラに戻ってこいと叫ぼうとすると、ドラゴンが俺ぐらいなら丸呑みできそうな大きな口を開いた。まずい、ソラが狙われる。


「はい、すみませんでした……」


 その大きな口からはなんとも情けない弱々しい声が放たれた。


「はい、数百年ぶりのオスがいたので調子に乗っていました」


 ソラの唸り声が聞こえるたびにドラゴンは、ソラを見つめて謝罪の言葉を繰り返す。なんか知らないけどこのドラゴンはソラに頭が上がらないみたいだ。


「えっと、どういう状況?」


 俺が尋ねるとソラとドラゴンは俺の方を向いた。

 するとドラゴンは先ほどまでの様子が嘘のように尊大な態度で俺に話しかけてきた。


「貴様がこの森に現れたオスか。妾は古竜のシルビアじゃ。喜ぶがいい貴様を妾の」


シルビアというらしいドラゴンの言葉は最後まで続くことはなかった。


「痛っ! はい、すみませんでした! 神狼様の主に調子に乗ってすみません!」


 ソラが尻尾に噛みついたことで、シルビアは再び情けない声でソラに謝っていた。

 なんとなく力関係はわかったけど、冷静になってきたらドラゴンという空想上の生き物が存在することに再び混乱しそうになってきた。


 あれ本物だよな。あの巨体が動いて喋ってる。中に人が入ってるとかそんなちゃちな存在じゃない。

 本物のドラゴン、古竜?が目の前にいる。


「すげえ……かっこいい」


 そんなの自分の中の少年の心が刺激されるに決まっているじゃないか。


「そ、そうじゃろ! 妾かっこいいじゃろ! 主様はよくわかっておる。軟弱な有象無象のオスなんかとは違うと思っておったのじゃ! 痛ったあ!」


 ソラがまたシルビアの尻尾に噛みついた。だが目線はこっちを向いている。心なしか少し落ち込んでる?

 なるほどかわいいやつめ、俺がドラゴンを褒めたからヤキモチを妬いたなこいつ。


「こら、だめだぞ離しなさいソラ」


 ソラはドラゴンの尻尾を解放する。


「それにそんなに落ち込むな。お前はなんというか、かっこいいというかかわいくて綺麗なやつだから、ドラゴンに張り合わなくてもいいんだよ」


 その言葉を聞いてソラは俺の腕の中に飛びついた。うん。やっぱりこの犬はかわいい。

 もう恒例になってきたソラへのスキンシップをとりながら、今度こそ頭の中を整理しよう。

 なんだかシルビアとアリシアさんの視線を感じるけど、今は関係ないので気にしないようにする。


 まずシルビアはもう間違いなく本物だ。本物のドラゴンだ。よく考えるとソラも野犬にしては大きい。あの時仕留めてくれたイノシシもきっとかなり大きいし、普通じゃありえない存在だろう。


 もしかして俺はファンタジー世界みたいな場所に迷い込んだのか? 夢だと思いたいけど、さっきから頬を引っ張っても痛いだけで目は覚めない。

 そっかあ、日本どころか地球ですらないわここ。


「えっと、ちょっと確認していい?」


 この場にいる一人と二匹に確認すると、皆不思議そうにこちらの言葉を待った。


「アリシアさん。この国の名前なんだっけ?」


「えっと、ここは厳密にはどこの国にも所属していません。禁域の森と呼ばれてどの国も手出しができない中立の土地とされています」


 知らない単語が出てきた。

 禁域ってあれだろ。なんか立ち入っちゃいけない場所とかだろ。


「アリシアさんって聖女なんだよね?」


「はい。私は今代の聖女を勤めておりますが」


「シルビアはドラゴンだよね?」


「うむ、妾は古竜の女王じゃ」


「じゃあソラは?」


 自分の番となったが、自分のことだけ知られていないことにソラはショックを受けていた。


「神狼様は、現在のこの森の王です」


「えっ! お前そんなにすごかったの!?」


 俺の腕の中で丸まっているこのもふもふした生き物は、この森で一番偉いらしい。心なしか誇らしげというか、ドヤ顔がまた頭が悪そうでかわいい。撫でておこう。


 そっかー。神狼って言ってたし文字通り神様で狼だったのかー。


「神様。ソラ様。お願いです。どうか俺を元いた世界に帰してください」


 だめじゃないか。やっぱり大きいだけの犬だよこいつ。


「主様はこの世界の人間ではないのか?」


「そうなるだろうね。俺の住んでた世界にドラゴンなんていなかったし」


「そ、そうだったんですね。どおりで他の男の人たちと違うはずです……」


「そんなに違うの? あっ、ごめんなさい。そんなに違うんですか?」


 さっきまで色々考えすぎて余裕がなかったせいで、ついアリシアさんにタメ口をきいてしまっていたので訂正する。


「いえ! 是非私も神狼様やシルビアさんに話すときのようにしてください! 名前も呼び捨てがいいです」


「そ、そう? わかったよアリシア」


 すごい剣幕で押し切られてしまった。

 当の本人は名前を呼び捨てたらまた遠い妄想の世界へと旅立ったようだ。


「お、男の人が名前を呼び捨てに……」


「そんなに珍しいことなの?」


 ふとした疑問を口にするとアリシアは固まった。そしてなぜかソラとシルビアと顔を見合わせると、俺から距離を取る。


「すみません。ちょっとだけ相談させてください!」


 なんだろう。なんかやけに息が合ってるな。


    ◇


「アキト様には余計な情報を与えるべきではないと思います」


「主様の名はアキトというのじゃな。うむ、妾も賛成じゃ。この世界のつまらぬ男のようになられても困るからの」


「神狼様も賛同いただけていますし、ここは私たちで手を組みませんか? 神狼様が一番上で次に私、三番目にシルビアさんの序列でアキト様に寵愛をいただく同盟です。三人でアキト様を余計な相手からお守りいたしましょう」


「ううむ、三番目か。仕方ない。妾が遅れたのが悪いからの。それにアリシアだったか? 貴様人間のくせに妾より強いじゃろ?」


「聖女ですから。それではこれより私たちでアキト様を他の女性や、不要な情報から守るためにがんばりましょう」


一人と二匹が共通の目的から手を組むこととなり、秋人は知らぬうちに森に囚われることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る