第2話 こんにちは異邦人
なんか犬が昨日より懐いてくれてる。多分俺の言葉がわかるほど頭は良いけど同時に人懐っこい馬鹿犬なんだろうな。
そういえば、いつまでも犬のままというのもな。
「なあ、お前に名前つけてもいいか?」
犬は返事をする。うん、やっぱり俺の言ってることがわかっている。頭が良くて馬鹿でかわいいな。
しかし名前か……俺こういうセンスないんだよな。どうしよう。この犬を最初に見た時の印象でいいか。
「ソラ……いや、さすがにだめか。ごめん、やっぱ名前つけるのなしで」
俺がそう言った途端に犬が服を噛んで引っ張る。
「やっぱり、もっといい名前つけないとだめか……」
しかし、その言葉にまた服が引っ張られる。あれ、違うのか?
「もしかして、ソラでいいのか?」
ワンと吠えられる。あ、これでいいんだ。
なんか申し訳なくなるけど、本人が気に入ってるならそれでいいか。
「それじゃあよろしくな。ソラ」
さて、旅の仲間に名前をつけたところで今日の目的を考えよう。
「まずは食事だよなあ」
昨日は疲れ果てたのでそのまま眠ってしまったが、安全な拠点を見つけてからは忘れていた空腹を思い出してしまっている。
「なあソラ、近くに町とかないか?」
なんかものすごく嫌そうな雰囲気を感じる。なぜだ。
仕方がないので森の中で食料を探すことにすると、ソラはまた俺を案内してくれるようだ。
「おお。なんか見たことない果物とキノコ……いや、口にしていいのかこれ? 毒とかあったら取り返しがつかないんだけど」
ソラは橙色の果物をつけた木と白いキノコが生えている木を教えてくれた。だが、流石にどちらも食べるには勇気がいる。特にキノコはやばい。素人には毒キノコなんて判別できない。
迷っている俺を見てソラは自分で果物とキノコを食べ始めた。安全だと教えてくれたのだろうか?
「食べても問題ないって言ってるのか? でも、やっぱり怖いな。人間にだけ効く毒とかありそうだし」
散々迷ったが俺は果物とキノコを持ち帰ることにした。本当に腹が減って死にかけた時はこれに頼ることになるかもしれない。
腰を下ろしいくつか見繕っていると、ソラの姿が消えていることに気がついた。
しまった。せっかく教えてくれたのに食べなかったせいか。なんか見るからに落ち込んでたし。
ともかくあの子を探さないとなと立ち上がると、ドスンとなにか重いものが落ちてきた。
「うわっ! なんだこれ。イノシシか?」
やっぱりいたのかイノシシ。しかしでかいな。
こんなのと出くわして追いかけられようものなら、すぐに追いつかれて大怪我をするか下手したら死んでいた。
「田舎の爺ちゃんはイノシシに畑を荒らされて困ってたけど、こんなのが畑にきたらそりゃ大変だよな」
なんせ俺よりはるかに大きい。五メートルほどの巨体なんだからな。
ソラのほうを見ると誇らしげに何かを期待したような様子だ。ああそういうことか。
「ソラよくやったぞ。ありがとう」
ソラの頭を撫でてあげるとさっきまでのキリッとした表情が崩れてかわいらしい顔になる。本当に人間が好きなんだなお前は。
「でもどうしよう。血抜きとか解体が必要なんだろうけど、俺そんなこととは無縁の生活だったからなあ。それに火がないと、さすがに生肉を食うわけにもいかないし……」
せっかく仕留めてくれた獲物も、俺がこのざまじゃ腐らせるだけだ。運ぼうにもこんな巨体どうにもならない。
「はあ……ソラはこんなに色々なことしてくれているのに、俺は全然だめだな」
ソラがおろおろと慌てた様子を見せる。情けない。この子に愚痴ってしまうなんて。
俺の周りをぐるぐると回るようにして慌てていたソラだったが、すぐに遠くを睨むと何かを警戒する。
「なにかいるのか?」
ソラは俺を守るように一歩前に出て唸り声を上げる。
「ま、待ってください! 怪しいものじゃありません!」
そんなソラに怯えた様子で森の奥から出てきたのは、修道女服をきた若い女性だった。
その姿が見えた瞬間ソラはこちらが制止する間もないほどの勢いで女性に飛びかかった。
「ソラだめだ!」
ソラが口を開き鋭い牙を見せて女性の首元に噛み付く寸前で、なんとかそう叫ぶことができた。
ソラは俺の言葉を聞いて女性の頭を軽く蹴るとその反動でこちらへと戻り、そのふもふした体は俺の腕の中へと抱きついた。
ギリギリだったけどなんとか女性は無事みたいだ。
とにかくソラを落ち着かせようと俺はソラを強く抱きしめる。
「ソラ落ち着け。人を襲っちゃだめだ」
さっきまでのような怖い雰囲気は消え去り、ただのかわいい犬に戻る。
だけど女性、シスター?のことは何が気に入らないのか、ずっと睨み続けている。
「どうしたんだよソラ。あの人がなんかしたのか?」
「い、いえ。ソラ様が警戒するのも無理はありません」
シスターが名前を呼ぶと一段と機嫌が悪くなりソラは唸る。
「あっ、す、すみません!勝手に名前を呼んでしまって!」
とにかくソラを落ち着かせるために思い切り抱きしめ、頭や首を撫でまわすとようやくソラは機嫌を直してくれた。というかなんか気持ちよさそうにしながら、俺に身を任せるように脱力した。
もしかして俺は動物を撫でる才能があるんじゃないだろうか。
いや、そんなことより今はシスターだ。こんな場所で人に会えるなんて思わなかった。この人に案内してもらって町まで連れて行ってもらおう。
シスターのほうを見るとなんか顔が真っ赤に染まって放心している。
「そ、そんなことまで……なんて大胆な……」
「あの? 大丈夫ですか?」
様子がおかしいシスターが心配になり声をかけるとシスターはびくっと反応して正気に戻ってくれた。
「は、はいっ!! 大丈夫です! 私にもしてくれるんでしょうか!?」
あっ、やっぱおかしいままだこの人。
あなたにも何をしろと言うんだ。撫でろとでもいうのか。
わずかに呆れた俺と盛大に呆れたというかもはやシスターを格下扱いしているソラの視線に気づいたらしく、シスターは恥ずかしそうに消え入りそうな声で謝った。
「あ、あのすみません……」
「いえ、急に襲われたんだから動転しても仕方ありません」
「……襲われる」
なんか真っ赤になったけど、話が進まないから無理やり続けることにする。
「えっと……シスターですよね? この辺に教会でもあるんですか?」
「襲われたい……はっ! え、えっとこの辺にはありません! 私は仕事でここに用がありまして」
なんかちょいちょいおかしな言動する人だな。妄想癖があるんだろうか。
でもそんなことはどうでもいい。仕事でここにきたってことは、俺みたいに遭難してるわけじゃない。つまり、帰り道も知ってるということだ。
「あ、あの! 仕事の後でいいので俺を町まで案内してくれませんか?」
「だ、だめです!」
俺の希望はあっさりと砕け散った。
「だ、だめってなんででしょうか?」
「町なんかに行ったら何されるかわからないですよ!? ここのほうが安全なんで下手に動いたらだめなんです!」
なんか心なしかソラの警戒が薄れている。
町が危険ってどういうことだ。もしかして町ぐるみでの誘拐組織かなんかなのか。
よくよく見るとこのシスター金髪に青い眼に白い肌と見るからに日本の人じゃない。流暢な日本語なので日本に住んでいるシスターなのかと思ったけど、もしかしてここ日本じゃないのか?
「あの、あなたは安全なんでしょうか?」
動転して何を聞いているんだ俺は。
こんなの悪人なら警戒してることがばれるだけだし、善人なら不快な思いさせるだけだろうが。
「は、はい! 私は安全です! 聖女なので他の方のように男に襲いかかったりしません! 自制心には自信があります! よろしくお願いします!」
え、他の人って男を襲うの? それってどういう意味で?
命の危険を感じていた俺は、なんか別の危険を想像して青ざめる。なんでもない高校生の男。体型は標準。若い男ってだけ。
やめよう。これ以上の予想はしちゃいけない。自分の肉体目当ての誘拐なんておぞましい考えは頭から消さないと。
「でも、昨日から何も食べてないし、この辺には家もなくて、いつまでもここにいるわけにはいかないんですよ」
ソラがなんかショックを受けてる。安心しろ。この森から出るときはお前も一緒に連れていくから。
「そこのお肉は食べないんですか? もしかして菜食主義なんでしょうか?」
「いえ、わりとなんでも食べますけど。さすがにこんなイノシシを解体する方法知らなくって」
「ああ、そういうことでしたか。それでしたら、私が調理しましょうか?」
「いいんですか? ぜひお願いします」
すごい。こんなイノシシ肉を調理できるなんて、さすがこんな森の中に入るような仕事を依頼されるシスターだ。
ところでこんな森の中での仕事ってなんだろう?
「ありがとうございます。ところでシスターはこんな場所でなんの仕事があったんですか?」
もし仕事の邪魔をしているのなら、俺のことは後回しにしてもらわないと。
「ええ。仕事なら終わりました。いえ、終わったというか別の仕事になりました。これからはお守りいたします」
なんだろう。なんかやけに圧を感じる。
「それじゃあすぐに作りますから待っててくださいね」
手際よくイノシシの血を抜いて解体する姿を俺は呆然と見ることしかできなかった。
見た目はこんなに華奢なのに随分と手慣れている。猟師の孫とかなのだろうか。男のくせになにもできない自分が恥ずかしくなってきた。
手持ち無沙汰になった俺はなんとなくソラを撫でまわしながらシスターを待つのだった。
「できました~」
「おおっ!」
手際よく調理したシスターは見てるだけで空腹を刺激するような、イノシシ肉を振る舞ってくれた。俺だけではなくソラも今にもヨダレを垂らしそうなほど視線は肉に釘付けとなっている。
「それじゃあみんなで食べようか」
俺の言葉を皮切りに二人と一匹は森のど真ん中で昼食をとるのだった。
空腹だったこともあり焼いただけの肉が今は何よりも美味しい。黙々とただ肉を口へと運ぶうちに、あっという間に完食してしまった。
「助かったよ。ありがとうシスター。でも残りの肉はどうしようか。今後の拠点になるあの洞窟まで運べたらいいんだけど」
「それじゃあ私が運びますね」
満腹感を存分に堪能していると、シスターは一言こちらに断りひょいっとあのイノシシの巨体を持ち上げた。
「はっ?」
「も、もしかして余計なことしましたか!? ごめんなさい!許してください!」
こちらの驚愕から出た声を勘違いしたらしく、シスターはすぐにイノシシを下ろすとこちらへ必死に謝罪した。
「いえ、余計なことではないです……けど、なんというかその、力持ちなんですね」
俺が不快に思っていないことは伝わったようで、ほっとした様子のシスターは笑顔で応えた。
「ええ、生命力を強化してますから。私、その辺の冒険者なんかより強いんですよ」
なんかおかしな言い回しをする人だな。要は細身に見えるけど鍛えてるから、こんなイノシシも持てるってことだろうか?
「すみませんが、俺じゃ持てないので拠点まで運んでもらえますか?」
女性に力仕事を任せるのは男としてどうなんだろうと思ったが、俺なんかより明らかに力持ちな人なんだし素直に頼ろう。俺が何かしてもかえって邪魔になりそうだ。
恥を忍んでお願いすると、ソラは不服そうにシスターを見ていた。もしかして、自分で運びたかった?
都合よく解釈すると俺のために役立ちたかったとかなのかな。
「お前には昨日から世話になってるよ。ありがとな」
ソラを撫でながらシスターを拠点へと案内する。
ソラの機嫌は直ったが、今度はシスターからの視線を感じる気がするんだけど。
さすがに動物のように頭や首を撫で回すわけにはいかないので我慢してください。
俺は視線を気にせずに洞窟へと戻ったが、結局到着するまでの間ずっとシスターは何か言いたそうにこちらを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます