男が希少な異世界の未開地に転移したら都市伝説になった

パンダプリン

第1話 ある日森の中は突然に

 突然だが俺はおそらく拉致された。

 部屋で寝ていたはずが目を開けると森の中。周囲に人間の気配なんてまったくない。

 あっ、これ誰かに森の中に捨てられたわ。そう思うのも無理もない状況だと思う。


 でも理由は?ただの男子高校生だぞ。別に家も金持ちじゃないし、家族に著名人がいたりはしない。

 誘拐する意味がない。そもそも誘拐したのならなんで監禁もしないで野外に放置されているんだ?

 とりあえず今すぐに命の危機が訪れるってわけではなさそうだ。


 でも、はっきり言ってかなり焦っている。

 このままじゃ見知らぬ森の中で遭難して力尽きる。そんな嫌な未来を想像してしまっている。

 まずは食料、いや水の確保が大事なんだっけ?それに安全に眠れる場所も探さないと。熊とか猪が出たら洒落にならない。


 嫌な予感に限って想像すると実現してしまうもので、俺の後ろでガサガサと大きな音が聞こえた。


「やばっ」


 思わず後ろを振り向くと、そこには綺麗な空色の毛並みをした大きな犬がいた。想像していた生き物じゃなかったため、ほっとしたのかわからないが思わず素直な感想が口に出る。


「きれいだ……」


 だがすぐに我に返った。野犬もやばいだろ。俺と同じほどの体格の野犬なんて十分すぎるほどに危険な生き物だ。


 幸いなことに犬は俺と目が合ってはいるが、まったく動かない。

 下手に刺激をしてもよくないので、俺は目を合わせたまま少しずつ後ずさった。


 まずはこのまま野犬の視界から外れよう。

 一歩後ろに退がる。野犬が一歩前に出て近寄る。

 退がる。近寄る。退がる。近寄る。


「なんだよ、もう!」


 完全に野犬にロックオンされていることがわかったので、俺は走って逃げようとした。

 すぐに後ろを振り向き全力で駆ける。だが数メートルも進まないうちに、背中に飛びかかられた。

 服に噛みつかれて後ろに引っ張られる。


「うわっ!」


 地面にぶつかり衝撃を受けることを覚悟した。だけど俺の背中にはもふもふした気持ちの良い感触しか感じられなかった。

 どうやらこの犬は俺のことを自分の方に引き寄せようとしたけど、勢い余って俺の下敷きになったらしい。なんか人懐っこいだけの馬鹿犬なんじゃないかって気がしてきたぞ。


 犬を見ると俺に危害を加える様子はない。

 それどころか俺のクッション代わりになって、固まったように動かない。


「なんだお前。かわいいじゃないか」


 そう呟くと、俺の言葉は聞こえているようでピクッと耳が動いた。


「よ~しよし」


 たしか首のあたりを撫でると喜ぶんだったっけ。ためしに首を撫でてみるとなんか息が荒くなった。それと同時に喉がゴロゴロと鳴っている。

 嫌がってるわけじゃないよな?


 しかし犬を触ったことがないからよくわからないが、なんとなく良い毛並みというやつな気がする。

 触っていてものすごく気持ちがいいし、なんかもうこのまま眠りたくなってきた。

 よし決めた。


「なあ、お前俺と一緒にこないか?」


 まあ言葉が通じるわけないんだけど、こんな場所に一人でいると犬相手でも話したくなってくるというものだ。

 犬は俺の声に反応しただけなんだろうが、ワンと吠えて遠慮がちに頬を舐めてきた。

 なるほど、これはかわいい。世の中の犬好きの人の気持ちに少し近づけたような気がする。


 名残惜しいが犬の暖かさと柔らかさを堪能するのは終わりにして立ち上がると、犬もお座りの姿勢でこちらを見ていた。


 とりあえずまた森の中を進むしかないか。俺は歩きながら犬の方を見ると、犬はしっかりと俺についてきてくれた。

 懐いてくれたからなのか、頭が良くて俺の言ったことを理解してくれたからなのかはわからない。

 でも、この犬と一緒にいるおかげで多少の不安や寂しさが改善され、ほんの少しだけ楽しい気持ちで森の散策を続けることとなった。


「しかし目的のものは何も見つかってないんだよなあ。水と食い物と安全な場所。特に水は早く見つけないとまずいよな」


 また独り言を呟いてしまう。やはり相当参っている。きっとこうでもしないと不安なのだろうな。

 しかし、俺のそんな独り言に犬は反応を示してくれる。そして俺の袖を甘噛みして手を引いてきた。


「ついてこいってことか?」


 まあこちらも当てもなく歩いているだけだし、ここは犬の行きたい場所に行くとしよう。


「なんか散歩みたいだな」


 犬に前を歩かせてついていくとそんな気分になる。その言葉を聞いた時からなんだかやけに犬のしっぽが激しく揺れている。


「お前も嬉しいのか?」


 なんか根本からちぎれないかと不安になるほどブンブンとしっぽが動いている。

 というかやけに俺の言葉に反応を返すなこの犬。


 しばらくの間犬に先導されたが、木々を抜けると洞穴のような場所に出た。

 まじか。この犬もしかしてすごいやつなのか?


「もしかしてお前頭が良いのか? 俺の言葉がわかるほど」


 犬が俺に控えめに寄り添ってくる。

 こういう控えめなところがかわいい。だから俺はもう一度首のあたりをなでた。

 洞窟の前でひとしきり犬とじゃれるという意味のわからない状況を過ごして、俺たちは洞窟の中へと足を踏み入れる。


「熊とかいませんように」


 中はひんやりと冷たい。そして結構広いみたいで奥へと続いている。

 幸いなことに熊どころか生き物は何もいない。


「あっ! 水!」


 そして洞窟の行き止まりには大きな水溜り。地下水?のようなものがある。

 飲めるかな? 飲めるなら水と安全な場所どちらも解決したことになる。

 これはもしかしたら、犬のおかげでなんとかなるかもしれないぞ。


「お前は本当に良い子だな」


 安心から俺は思わず犬を抱きしめた。犬は抵抗もせずに受け入れてくれる。

 まだ不安要素だらけだけどなんとかなるかもしれない、俺はようやく前向きな気持ちになれた。


「しかし水場が近くて頑丈そうで良いところなんだけど、ちょっと寒さが気になるな。夜になっても大丈夫かな?」


 もう何度目ともわからない俺の独り言に犬が反応する。

 恐る恐るといった風にだが、俺の腕の中に収まるように体を押しつけてきた。柔らかい。そして暖かい。


「なあ、俺の言ってること理解してるんだよな? これってもしかしてお前を抱いて寝ろってことでいいの?」


 犬はワンと返事をした。これなら大丈夫なのかな?

 たしかにさっきまでの寒さは犬の毛皮のおかげでちっとも感じなくなった。


「それじゃあ、ありがたくそうさせてもらうよ」


 その日の夜、尻尾がブンブンと揺れる犬を抱きしめながら、俺は二人で就寝することにした。


    ◇


 縄張りを巡回中にそれは起こりました。

 先ほどまでたしかに生き物はいなかった。そう判断した場所から急に生物の気配が現れたのです。

 匂いは嗅いだことがないものでしたが、あえて言うのなら人間の匂いに似ています。

 なんといいますかとても濃いです。こちらが思わずうっとりするような良い匂いがするのです。


 ですが、いくら良い匂いがしようと私の縄張りに勝手に侵入したことを許すつもりはありません。

 罰として頭を噛みます。それで生きているなら逃げることを許してあげます。

 それで死ぬのなら勝手に縄張りに入ったことを反省すればいいのです。


 さあ、もう目の前です。こそこそとする気はありません。ここは私の縄張りなのですから。

 茂みを揺らして侵入者の後ろに出ました。

 あとは頭をめがけて……頭を……あれっ?


 この方は……もしかして、男の人なのではないでしょうか?

 でも噂に聞いた男の人って女の人よりも小さいはずじゃ、ああ良い匂い、こんな匂いを嗅いでたら我慢できない。

 頭の中が混乱して動けません。頭に噛みつくなんて無理です。私たちが一生をかけても出会えるはずのない希少な存在が目の前にいるんですから。


「きれいだ……」


 えっ! 私のことですか!?

 まさか男の人に褒めてもらえるなんて夢ではないでしょうか。

 ああ、なんて綺麗な瞳。そんなに見られたら照れてしまいます。

 あれ、どうしたんですか? どうして後ずさるんですか?


 目の前の人が逃げようとしていることはすぐに理解できました。

 待ってください!

 思わず彼の服を引っ張ってしまい、彼は私の方に転倒しました。


 次の瞬間、私は幸せな重みを感じました。潰されてる? 私の上に男の人が……全体重をかけて……

 私は頭の中が熱くなってしまい、その場からぴくりとも動けなくなりました。


「なんだお前。かわいいじゃないか」


 そんな私をこの人はかわいいと言ってくれました。

 あ、もう無理です。嬉しくて粗相しそうになるのを我慢するので精一杯です。


「よ~しよし」


 なんと彼はそんな私の首を撫で始めたではありませんか。

 えっ、こんな幸せなことをしてもらえるなんて本当に現実なんですか?

 しばらく私を撫でてくれた後にこの人は一緒に行かないかと言ってくれました。

 ええ、当然です。あなたには絶対に私のことを飼ってもらいます。


 嬉しくて思わず頬を舐めてしまい後悔しました。こんなことをされたら男の人は私を投げ飛ばして嫌がるに決まっています。

 でも、この方はそんなことはしませんでした。

 それどころかそんな私を受け入れて抱きしめてくれました。

 もしかして、私この方に気に入っていただけたのではないでしょうか?

 そうですよね? 種族が違うとはいえ好きでもない女にこんなことをされて嫌悪感を示さないなんておかしいです。

 つまり、この人は私のことが、好き……なんです。

 やりました。私にもずっと夢見てたご主人様ができました。


 ご主人様はどうやら住まいと水場をご所望のようです。お任せください。ここは私の縄張りです。

あなたの求めている場所だって当然心当たりがあります。

 ご主人様が散歩みたいと言ってくれたので、嬉しくて尻尾が勝手に動いてしまいますが、今はご主人様のために道案内です。


 そして無事案内が終わるとご主人様は私のことを頭が良いと褒めてくださいました。

 はっきり言います。抱きついてめちゃくちゃに甘えたいです。

 でも、男の人にそんなことをするわけにはいきません。

 私にできるのはゆっくりとこの人に近づき、少しでも触れ合うことだけです。

 そうしたらご主人様のほうから私の首を撫でてくれました。幸せです。もう一生このままでもいいです。


 洞窟に入るとご主人様はまた私のことを褒めてくださいました。それだけでなく、なんと全身で触れ合うように抱きしめてくれたのです。そして出会った時よりも穏やかな表情で微笑んでくれました。

 ああ……かっこいい。好き……


 ご主人様はどうやら夜の寒さが不安なようです。

 お任せください。私の毛皮は氷点下の中でさえ暖かいですよ? 抱きしめていいんですよ?

 そうアピールしたら、ご主人様は私を一晩中抱きしめてくれることになりました。

 勝ちました。私の勝ちです。もう私はご主人様のものです。この場所は譲りません。

 一晩中勝手に動く尻尾を気にせずに私も一緒に眠ることにしました。

 もう、夢の中でしか会えないご主人様に甘える必要はありません。私にはこうして本当に触れ合えるご主人様ができたのですから。

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