29 安息の日々

 その日はそれから杉並区と世田谷区の公園を十園ほどまわり、ミニコンサートを行う。結局のところ、開始してまだ二回目(二日目)だったので、パフォーマンスをはじめる前は二人してとても恥ずかしがる。もっとも一度(ひとたび)はじめてしまえば、人間の観客の視線は自然と遠ざかっていき、拙いながらも死者に向けて本来の意味でのレクイエムが披露できた……と思う。

 ところで井の頭恩寵公園の外れで新曲を披露した後、なんと聴衆のひとりから聴取料(御代)をいただいてしまう。

「いえ、いいんです。そのためにやっているじゃありませんから……」

 お金を払ってくれた結構高齢で杖を突いた背広服姿の老紳士にディーが言うと、

「いいんだよ、とっておきなさい。わずかな額だが、歌を歌ったり、楽器を弾いたりすれば、お腹も空くだろう。それに、歌声がすばらしいと思ったから差し上げたんですよ」

 そう理由を述べ、老紳士はぼくたちに返却を認めない。それから、ちょっと茶目っ気のある『キミたちの秘密には気がついているからね!』といった表情を見せると、

「もしも何かに囚われて、そのとき私が旅立てなかったら、キミたちに見送られたいと願っても良いだろうかね?」

 そんなふうに言葉を結む。

「ねぇ。あのおじいさんには見えていたのかしら?」

 次の会場への移動中、ディーがぼくにが問いかける。

「さぁ、そもそもぼくには見えないんだよ」

「翼があるくせに……」

「それとこれとは関係ないだろ!」

 ついで、ぼくなりに確信を込め、

「でも、そんな気はするよ。さっきは若い女の人だったんだよね?」

 ディーに尋ねる。

「ええ、たぶん何十年も前にはね。ひょっとして、あのおじいさんの娘さんだったのかしら?」

「そういうことなら、ぼくは何かの事情で別れ別れになってしまった昔の恋人説を採りたいな」

「男の子って、みんなロマンチスト過ぎるわ! そのうちに痛い目を見て泣くことになるわよ」

「じゃ、キミはどうなのさ。そんな気持ちにならないの?」

「今のわたしにはないはずよ。だって、わたしは死体だから……。でもまだ、その話はできないな」

「無理に知ろうとは思わないよ。そういうのは好きじゃないから……」

「キミっていい人だよね。マママが気に入るはずだわ」

「そういう問題じゃないような気がするけど……。そういえば、先々週お泊まりした後で、マママさん、何か言ってた?」

「息子としては理想のタイプですってよ。それに親戚ってわけでもないから、気も遣わないで楽だって……」

「ふうん」

「あの人、親戚の一部と不仲なのよ。そういうことじゃないのかなぁ」

「なるほどね。大人には大人の事情がいろいろとあるわけね」

「……らしいわ」

 そして数時間後、そろそろ体力的にヘトヘトになり、公演終了を決め、ディーのウチに向かう途中、

「エレピはキミが預かってくれない?」

 とディーが提案。

「それは構わないけど、今度こそ約束しないと会えないよ。そもそも昨日はデートだったんだし……」

「そうかぁ、諦めなくちゃダメかな?」

「常識的にはね」

 ディーが溜息をつき、空を見上げる。

「来週は雨だから公園巡りはできないね」

「答えになってないよ!」

 ぼくが指摘。

「それに十一月になれば結構雨が続くよ。十二月は寒いから半端な根性じゃできないだろうし……」

 するとディーは、ぼくの話をまるっきり聴いていなかったかのように、

「大丈夫、きっと遭えるわよ」

 確信を込めた口調でそう断言する。

「自信があるの?」

 ぼくが問うと、

「自信じゃないけど、でも、きっと大丈夫!」

 直後、

「じゃ、まったねーっ!」

 と大きく手を振り、家に向かって走りはじめる。その後姿を見送りながら、まぁ確かに、人為的要素が関与すればそれは可能かもしれないと、ぼくもそのとき思い直す。

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