26 家族団欒

 その日の夕食は、あっさりといえばあっさりしたもので――でも手間はかかる――生春巻きとベトナム風スープと、何故か最近我が家で定番になっている油揚げを使った野菜炒めだ。

 これは、元々小松菜を用いたレシピだったが、現在では別モノに変化している。

 作り方は至って簡単で、まずお揚げを端から一~一・五センチメートルくらいに切り分け、フライパンの調理面を蔽い尽くすように敷く。二~三人前だとお揚げは二丁(本)使う。その上に根を手で折って取り去り、その後四ピース程度に切ったアスパラガスを太いもので三本くらい、ついで嫌いな人は入れなくて良いがシイタケ四~六連(枚)を縦に六ピースくらいになるように切り――石附も適当に切って――加え、さらに蔓を取ったのシシトウを丸のまま一パック、小松菜かホウレン草を一束ざっくりと切ってのせ、フライパンに蓋をして加熱する。最後に香り付けにごま油を使うが、食用油は使わない。お揚げの油分だけで炒めるのだ。最初は強火で、すぐに弱火にして、葉物がしんなりしてきたら、料理酒・大さじ三~四杯、醤油・キャップ一杯、鳥ガラスープの元・小さじ二杯程度を混ぜたものを加え、さらにフライパンの縁からごま油少々を垂らし、好みの硬さまで炒めたら小鉢に盛り付けて出来上がり。

「あ、これ、おいしい!」

 ディーが料理の感想を述べる。

「今度、マママにも教えてあげようーっと」

「ちなみにマママというのは彼女のお母さんの愛称です」

 ぼくが補足。

「忍者みたいに神出鬼没な人で、彼女をそのまま成長させたみたいにそっくりなんだ」

「そういえば大作も、どちらかというと母さんに似ているな」

「だから女の子じゃなかったのが残念だったのよ。とっても可愛かったはずなのに……」

「いえいえ、男の子としても充分可愛いと思いますけど……」

「別に可愛くなくたっていいじゃないか?」

「そりゃまあ、そうだけどね……」

 ディーに向かい、

「あなただって、そういった基準じゃ人を選ばないわよねぇ」

 するとディーは首を左右に振り、

「奇跡だったんですよ、きっと」

 と答える。

 それからディーが何やら母さんに耳打ちしたので、ぼくは現時点で二人ともすっかり忘れているように思える子供の頃のぼくの女装写真へ話題が跳ばないと内心ヒヤヒヤする。

「へぇ、そうなんだ!」

 と母さんが驚く。

「えっ、何?」

「たいした事じゃないのよ」

「女人禁制ならぬ男子禁制らしいな」

「そうね、伝統を守るんなら相撲だってしっかりして欲しいわ」

「……?」

「柱を取って屋根を吊り下げたのだって、神様よりも観客の意向に従った対応だったって、いいたいんでしょ?」

「柱そのものだって神様ですからね。関取がいくらツッパリを当ててもビクともしない」

「そういえば神様は柱って数えますよね」

「元々は四本柱(しほんばしら)にあった五穀豊穰祈念の四神獣(しじんじゅう)の青(緑)赤(紅)白黒(註 それぞれ東(春)南(夏)西(秋)北(冬)を表す)と土俵の黄(土用)を足すと五行となって、軍配は日と月の陰陽で……。だから、あの空間は全宇宙なんだよ」

「ふうん」

「そういうこと。不祥事はいやよね。神事なんだから……」

「なるほど!」

 すると話が一旦途切れたところで、いきなり懸案事項に跳ぶ。

「そういえば、ちっちゃい頃、大作は女の子の服装が良く似合ったのよ」

「……って、無理矢理着せてたのは母さんの方じゃないか!」

「でも毎回、着た後は結構気に入って、近所の女の子たちとオママゴトをしていたと思うな」

「あっ、それは初耳です!」

「あのさぁ……」

「それでね、写真があったんだけどね、その後少し大きくなってから全部持ち去られちゃったのよ。ひどいでしょう?」

「あっ、でも、今でも捨てていないんですよ。鍵掛けて仕舞ってあるって……」

「余計なことを……」

「いまさら恥ずかしくもないでしょう? 小学校入学前のことだから……。持ってきなさい!」

 三人の視線がぼくに集中。

「はいはい。わかりましたよ。黙って持ってくればいいんでしょう」

 そう言って、ぼくは二階の自分の部屋に写真を取りに上がる。最終的に写真を回収して秘密の函に仕舞って以来、これまでそれらの写真を見たことはない。幼い頃の写真が見たければ、他のものがあったからだ。あえて女の子に変装している自分を見る必要はなかった……って、でも、理由はそれだけ? 

「はい、これ!」

 と言い、取ってきた写真を母さんに手渡す。

「でも枚数はこんなもんだよ」

 それでも三十葉近くの写真がある。そのときまでに食事の片付けも終わっていたので、お茶を飲みながらの家族団欒だ。

「一緒に見ましょう」

 と母さんとディーが同じソファに並んで座り、ぼくと父さんがその後ろから写真を覗く。

「これが一番最初じゃないかしら?」

 母さんが遠い思い出を探るように呟く。その写真には着物を綺麗に着飾っているぼくがいる。母さんが説明。

「当時ご近所に踊りのお師匠さんが住んでいて、その方の当事五歳くらいの息子さんが発表会で女形をやることになったので、誂えたその子の衣装を借りたのよ」

「忘れていたけど思い出したよ。谷国(たにくに)さんだったね。健二(けんじ)くんとは、けっこう遊んだ記憶があるなぁ」

 次の写真は今でいうところのゴスロリだ。

「でも、ロリータ=ドロレス・ヘイズって十二歳だから、ゴスアリ(ス)ね」

 そう言い、ディーがしげしげとぼくの顔を見つめる。

「キミって本当に可愛かったんだね」

「ありがとう。童顔のキミにそう断言されると複雑な気持ちがするよ」

 と、ぼくが答える。

 そして家族団欒はその後しばらく和やかに続く。

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