25 新しい歌詞
「仲、良さそうね」
「どっちかっていうと、友だちみたいだよ」
「なるほど、そうかも?」
「実はあれから歌詞をいくつか拵えたんだけど、見る?」
「あ、見る見る!」
ということで階段を昇って二階のぼくの部屋にディーを案内する。
「ふうん。思ったより片付いてないのね?」
「実は、ぼくは片付けるの苦手なんだよ。上手いのは両親の方」
「ふうん、意外! キミはそんなふうには見えないのにね」
「特に整理の方ができないな。整頓の方は、まぁ、抽斗の中に押し込めば済むから、まだマシなんだけど……」
などと言いながら机の抽斗からノートを取り出す。
ディーが訊く。
「ねぇ、ベッドの下にエロ本とかないの?」
「そんなわかりやすいところに隠すと思う?」
「じゃ、どっかにあるんだ?」
「友だちから貰った海外の無修正本が二冊あるよ。もっとも、いまじゃインターネットでいくらでも禁断写真を見つけられるから稀覯本って感じかな。だから貰った」
話がそちらに逸れたので、勉強机の抽斗の裏に貼り付けた袋の中から『18禁本』を二冊取り出してディーに渡す。
「わっ、一冊はゲイ雑誌じゃないの! ヤダ!」
「見せてくれっていったのはキミの方だよ」
「だってぇ……」
「せっかくだから、そっちの雑誌も貰ったんだよ」
「えーっ、実はそういう趣味なの?」
「ご想像にお任せします」
それからしばらくの間、ディーの、
「わっ、すごい!」
とか、
「きゃっ、ヤダ!」
とかいう愉しげな嬌声がぼくの部屋を満たす。数分経ってから、
「はーっ、もうしばらくはいらないや!」
「結局、全ページを見たわけね。……じゃ、次はこれを」
と言い、ディーに歌詞ノートを渡す。
虚空の音符
わずかな隙間まで、入り込むメロディー
わたしの皮膚温度を、快適に保つ
過ぎたことが無にならないなら
せめて罪を音で満たそう
掴むことができるのは虚空の音符だけ
湖の向こうで微笑んでいる影が、形をぼかし、揺れて……
しずかな谷間まで 染みてゆくメロディー
わたしの皮膚温度を、快適に保つ
飽きることが許されないなら
せめて傷を音で癒そう
捜すことができるのは虚空の音符だけ
大空の遥かで微笑んでいる影が、光を浴びて、揺れて……
道がいくつにも分かれ、わたしを戸惑わせる
迷い立ちしても、転んでも、見守っていてくれますか?
かすかな想いまで 包み込むメロディー
わたしの皮膚温度を、快適に保つ
叫ぶことが選ばれないなら
せめてキミを音で飾ろう
包むことができるのは虚空の音符だけ
生垣(いけがき)の外(はず)れで微笑んでいる影が、困ったように、揺れて……
「キミって、女の子だったわけ?」
最初の歌詞を読み終わるとディーが指摘。
「なるほど、例の監督がお気に召すわけだ」
「単にキミのレクイエムを想定して言葉を選んだんだよ」
「ほんとに? ゲイ雑誌を持ってるくせに……。で、次は?」
その他の海
夢の中 形とならず わたしに迫ってくる
くだけて割れた メモリから
流れ出る ひとつの世界
あなたの居ないあなたの星は
さまよい、まどい、やがて気づいてしまう
なくしたモノは捜されずに忘れ去られ……
世界の『その他の海』で溺れて、果てる
はじけて折れた 定規から
迸(ほとばし)る ひとつの記憶
あなたの居ないあなたの月は
十六夜(いざよい)過ぎて、やがて思ってしまう
求めたココロ 知らされずに忘れ去られ……
記憶の『その他の海』で溺れて、果てる
夢の中 形とならず わたしに迫ってくる
石ころだらけ 空っぽな荒野(あれの)に……
霧の外 形を見せず わたしに迫ってくる
ヒト 誰も居ぬ 空っぽな都会に……
うたわれ消えた 旋律から
こぼれゆく ひとつのヒカリ
あなたの居ないあなたの空は
筋雲(すじぐも)延ばし、やがて悟ってしまう
消えゆく愛が 試されずに忘れ去られ……
ヒカリの『その他の海』で溺れて、果てる
夢の中 形とならず わたしに迫ってくる
石ころだらけ 空っぽな荒野(あれの)に……
雨の外 形を崩し わたしに迫ってくる
ヒト 誰も居ぬ 空っぽな都会に……
他にも作詞は試みたが、とりあえず完成できたのは、その二篇だけだ。
一応、ディーに訊いてみる。
「どう?」
「キミって、詩人なのね」
首を傾げて思いを馳せたような顔つきをする。
「それに顔は可愛いし、スタイルだって悪くないし、筋肉もある」
しげしげとぼくを見つめる。
「本質的にロマンチックな詩人だったニーチェは可哀想ね。彼が醜男でなかったら、女嫌いにならなかっただろうし、思索だって、もっともっと先まで進んでいたはずなのに……」
「でも現代宇宙論からいえば、この宇宙での永劫回帰は不可能だよ。宇宙の寿命が短か過ぎるから……。まぁ、それまでも含めての永劫回帰だというなら、現時点では主流じゃない振動宇宙論を持ち出せば良いのかもしれないけど……」
「そうなの?」
「うん。エヴァのLCLを経た人類の補完=回帰だって、地球が太陽に飲み込まれるまでの連続でしかしないよ」
「宇宙に寿命があるなら永遠なんてないわけね」
「ううん。言葉の意味通りの永遠だったら、今過ぎてゆく瞬間瞬間が永遠だよ」
「なるほど。変わらないってことは動いていないってことね。だから同じか?」
考え込む。
「それは、そうかもしれないわね」
それから急に眉間にしわを寄せ、顔を顰めながらノートの歌詞を改めてじっくりと見つめ、
「で、えーっ、これに曲をつけるわけ。頭の中に音、浮かばないよ。難し過ぎる!」
と喚く。でも、それからほとんど時を経ずして、
「あ、でも、やっぱり大丈夫みたい、聞こえてきた!」
いともあっさりとそういってのけたので、ぼくはディーをとても誇らしく感じる。
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