13 作詞

 その後、ディーの部屋に上がり、作曲を再開。

 楽曲はいまのところ二曲……っていうか、一曲半だったが、せっかくなので、

「ラテン語の羅列じゃなくてさ、歌詞、つけてみない?」

 とぼくが問うと、

「ウーン、どうかな?」

 と最初ディーはあまり乗り気でなかったようだが、しばらく考えてから、

「まっ、そういうのもアリか!」

 と考えを一転。ただし、

「一曲はスキャットだけのがいい!」

 そうも主張する。

「そのココロは?」

「まだ、ちょっと、いえない……」

 結局、ふたりで知恵を出し合い、歌詞を作る。

 最初に出来上がった歌詞は?


 さわがしい真空


 グラグラ揺れる昨日の街で

 耳を真っ赤に凍えています

 クラクラ惑う昨日の街で

 紫色の唇を噛み

 機関車が鐵(てつ)を軋(きし)らせて、土砂崩れに飲み込まれ……

 そして、わたしの胸を真っ青に割って、跳んでいった!


 グラグラ揺れる明日の村で

 耳を真っ赤に火照っています

 クラクラ惑う明日の村で

 鬼灯(ほおずき)色の肌を晒して

 旅客機が鐵(てつ)を軋(きし)らせて、乱気流に飲み込まれ……

 そして、わたしの胸を真っ青に割って、跳んでいった!


 その先は何もない虚無なのか?

 電磁波 溢れる、さわがしい真空か?

 北から南へ、春から秋へ、跳べ……


 グラグラ揺れる常世の端で

 耳を真っ赤に喚(わめ)いています

 クラクラ惑う彼岸の先で

 橘(たちばな)色の腕をまわして

 軍艦が鐵(てつ)を軋(きし)らせて、大津波に飲み込まれ……

 そして、わたしの胸を真っ青に割って、跳んでいった!


 その先は何もない虚無なのか?

 電磁波 溢れる、さわがしい真空か?

 西から東へ、冬から夏へ、跳べ……


 その先は何もない虚無なのか?

 電磁波 溢れる、さわがしい真空か?

 膜からイオンへ、夢から果てへ、跳べ……


 どこかのミュージシャンの物真似みたいな歌詞だが、はじめての作詞ではこの辺りが精一杯。最終的に言葉を選ぶのに一時間近くかかってしまう。

 しかし、

「ふうん、こんなふうにして作るのって楽しいね!」

「そだね!」

 ということで意見が一致し、さらにもう二つ作ってみる。


 漂う檻


 空では雲が溶けて

 地ではネコが流れ

 川では魚が走り

 海では涙が泳ぐ


 街では泡が伝い

 田ではイヌが弾(はじ)け

 家(ウチ)では稲穂が笑い

 駅では雫が揺れる


 目に聞こえるものが、みんな触れなくなって……

 水から生えた闇が、またひとつ、わたしを満たして、無くす


 山では灰が摘まれ

 野ではトリが撒かれ

 路(みち)では目蓋(まぶた)が飛んで

 橋では苺(いちご)が閉じる


 声に見えるものが、みんなバラバラになって……

 色から堕ちた光が、またひとつ、わたしを蔽って、無くす


 透けた鉄格子が、いつか空間に舞って……

 虚無から伸びた心が、またひとつ、あなたを掴(つか)んで、拒(こば)む


 放射


 luna……

  あなたは光り

 stella……

  あなたは輝き

 aqua……

  あなたは煌き

 ignis……

  あなたは爆ぜる


 luna……

  あなたは狂い

 stella……

  あなたは燃え尽き

 aqua……

  あなたは干上がり

 ignis……

  あなたは消える


 Caelum……

  宇宙(そら)を駆けて行(ゆ)く数多(あまた)の魂が、

 Glacies……

  祈りの宝石として結晶し、そして割れる!


 luna……

  季節は巡り

 stella……

  心は戸惑い

 aqua……

  わたしは溺れて

 ignis……

  あなたは熔ける


 Caelum……

  宇宙(そら)を駆(か)けて行く数多(あまた)の塊(かたまり)が、

 Glacies……

  命の宝石として結晶し、そして枯れる


 字数が上手く当て嵌まらない場合は、ネット上で言葉を捜す。最終的に歌詞はもっと出来ることになるが、その日は、それで終わりだ。

「キミには言葉を選ぶ才能があるよ!」

「……っていうか、思ったより、ネットで当たるね! 奇跡みたいだ……」

「それじゃ、奇跡の安売りじゃん!」

 ついで作曲も試してみたが、夜もだんだん更けてきたので、ディーが小さな声で奏でたメロディーを、ぼくが二台分割エレピ(子供用)で再現し、五線紙に書き移していくという作業になる。先に歌詞の方を作ったけれども、それと曲を合わせる作業は考えていた以上に難しく、結果的に、夕飯前に最初に出来た曲を少しアレンジして『さわがしい真空』用(初稿)とし――この曲だけがポップ!――二曲目の続きを補填した曲と、歌詞とは直接関係ない曲が一曲の、計三曲が出来ただけだ。その辺りで交互にお風呂に入れと勧められる。二人とも風呂から上がると時刻は十二時をまわっていて、明日が休みではあったものの、

「そろそろ寝ないと怒られるかな?」

 とディーが呟く。そして今回は半ば予想していたのだけれど、

「その方がいいかもね」

 とディーの部屋の扉から半分顔を覗かせ、マママさんが言う。

「彼は、どこに?」

「下に用意したけど、一緒にいたいんだったら、あなたの分も敷いてあげるわよ」

 その発言には、さすがのディーもびっくりしたようで、

「普通じゃないわ!」

「だから、ヘンなことはしないでね」

「うん」

「あなたもね」

「あっ、はい!」

 そんなふうに会話が流れる。

 そして数分後、ふたりして恐る恐る階段を降りる。

「キミのお母さん、何考えてんだろ?」

「さあ? 今回は、わたしにもわからないわ」

 キッチン横の和室には二重(かさね)の布団が若干間隔を隔てて敷いてある。

「自分のウチなのにヘンな気分……」

 と布団に入りながらディーが呟き、

「こっちは、もっとおかしな気分だよ」

 と、ぼくが答える。

「声変わり、もう終わってるしね」

「うん。だとすると、して、出して、その中のひとつが上手く辿り着けば、できちゃうんだよね」

 どちらからともなく手を延ばして、お互いの手を探り当て、それを繋いだまま眠る。

 別に何も心配することはなくて、二人とも、すぐに寝入ってしまったらしい。

 考えてみれば、その日は、それぞれにとって、かなりハードな一日だったのだから……。

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