尋問

 部屋に入ると、例の座り心地のいい椅子を勧められて腰かけたが、今は微塵も快適さを感じなかった。

 霧香は部屋に入る前から顔が青ざめており、周囲の青い壁紙に溶けてなくなってしまうのではないかと思われた。ドアに鍵をかける手は傍目にもわかるほど震えており、椅子に向かって歩く姿は夢遊病者のようによろめいていた。ガマ警部の言葉を聞いた瞬間から、すでに最悪の事態を予期していたのだろう。


「それで……私にどんなお話がありますの?」


 椅子に腰かけた霧香が尋ねた。先ほどと同じように膝の上に両手を重ね、姿勢を正してガマ警部を見つめている。できる限り平静を装おうとしているが、その声は気の毒なほど震えていた。


「まず聞きたいのはプレゼントのことだ」ガマ警部が切り出した。

「あんたは雨宮に誕生日プレゼントを渡そうとしたが、肝心の物を忘れたために屋敷に戻った。間違いないな?」


「ええ……間違いありません」霧香が頷いた。


「では、車椅子のポケットからプレゼントが見つかった事実をどう説明する?」


「え……?」


 霧香が目を見開いた。頻りに目を瞬かせ、ぽかんとしてガマ警部を見つめている。


「プレゼントが、車椅子のポケットから……? いったいどういうことですの?」


「それはこっちが聞きたい。あんたが忘れたはずのプレゼントは、最初からあんたの鼻先にあったわけだ。納得のいく説明を聞かせてもらおうか?」


「わ……わかりません」霧香が狼狽えながらかぶりを振った。

「私は昨日の昼間、プレゼントを父の車椅子のポケットに入れました。渡すのを忘れてしまわないように……。ですが、あの崖に到着した時には、ポケットの中は空だったのです」


「だが事実として、ブツはポケットの中にあった。我々としては、あんたが虚偽の供述をしたと考えざるを得ない」ガマ警部の口調は手厳しかった。


「そんな……!」


 霧香が両手で口元を覆った。白い顔がみるみる蒼白になり、華奢な肩が目に見えて震え始める。


「あ、ほら、プレゼントを車椅子に入れたことを忘れてたんじゃないですか?」木場が慌てて助け舟を出した。

「自分もよくあるんですよ。警察手帳を忘れないように鞄にしまうんですけど、しまったことを忘れて家に取りに帰るんです」


「木場、お前は黙っていろ」


 ガマ警部が一睨みを利かせた。木場はしゅんと縮こまる。


「で、どうなんだ?」ガマ警部がじろりと霧香を見据えた。「まさかあんたも、こいつと同じ程度の脳味噌しか持っていないと言うんじゃないだろうな?」


「わ……わかりません。どうしてプレゼントがそこにあったのか、私にもさっぱり……」


 ガマ警部の気迫を前に、霧香は目に見えて怯えている。木場は必死に頭を巡らせた。何とか霧香を助ける方法はないだろうか。


「あ、そうだ!」木場がぱちんと指を鳴らした。「誰かがこっそりプレゼントを車椅子から抜き取ったんじゃありませんか?」


「何?」ガマ警部が木場の方を見やった。


「霧香さんが被害者にプレゼントを渡すことを知った誰かが、こっそり抜き取っておいたのかもしれません。それで霧香さんが屋敷に戻るのを待って、被害者が一人になった隙を狙って殺害したんですよ!」


「つまり、犯人が雨宮を一人にするために、意図的にブツを抜き取ったと?」


「はい。屋敷に住んでる人でなら誰でも車椅子に近づく機会はあったわけですし、プレゼントを抜き取ることは難しくなかったと思います」


「だが、この娘が雨宮を置いて屋敷に戻る確証はなかったはずだ。そのまま雨宮を屋敷に連れ帰り、屋敷でブツを渡す可能性もあった」


「それならそれで、別の機会を狙うつもりだったのかもしれません。あわよくば、みたいな感じだったんじゃないでしょうか」


「他にも疑問はある。犯人が本当にブツを抜き取ったとして、わざわざ車椅子に戻したのは何のためだ? 雨宮を一人にするのが目的なら、ブツは海に捨てるなりして処分すればよかったはずだ」


「どうせ車椅子ごと海に沈めるんだから、プレゼントも一緒に沈めればいいと思ったのかもしれません。もし車椅子が見つかったとしても、疑われるのは今みたいに霧香さんです。もし霧香さんが犯人なら、わざわざプレゼントを車椅子のポケットに戻して、自分に疑いを向けるような真似はしないんじゃないでしょうか?」


 ガマ警部は唸り声を上げると、腕組みをして考え始めた。いつものように足蹴にされないところを見ると、咄嗟の思いつきにしては悪くなかったらしい。

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