第13話 神聖魔法

「先生! 徳本先生!!」本陣の裏手の幕をめくり 顔だけ突き出し師匠を呼ぶ


「なんじゃ珍念、忙しい ちょっと待っておれ」薬の調合中で顔も上げずに弟子に返事をする




「晴信殿(武田信玄)、 黄金花(こがねばな)の根っこを煎じた薬じゃ 血の巡りを正常にする薬効がある


 飲むが良い 楽になると思うぞ」誰もが恐れる武田信玄に、このような横柄な口を聞けるのも


信玄の父、信虎の時代から侍医を勤める 永田徳本ナガタトクホンだけであろう


昨年から、信玄がときおり吐血するようになり今回の遠江侵攻に同行していた


つい先程も、胸を抑えうずくまる信玄に薬を処方したが、期待したほどの効果は得られずにいた


「徳本先生、いくらか楽になった 浜松城城下の山県と合流せねばならん」戦場で横になる事を拒み続ける信玄


「いま少し、休まれたほうが良い 日暮れまでには、まだ時もある 山県殿なら心配せんでも大丈夫じゃ」


「榊原康政が残党を集めて、浜松城に向かうという報もある あまり休んでいるわけにもいかぬ」


「晴信殿、そのような様相で戦場に顔を出してみろ 山県殿も安心して戦えんぞ?


 今は己の体の事だけを考えるのじゃ 暫し休めば顔色も戻ろう」信玄の納得したような顔を見て


待たしていた珍念の方に振り返る


「なんじゃ珍念?」顎髭をしごきながら珍念に歩み寄る


「先生! 天女のように、ものすごく綺麗な女性が。。。とりあえず、来て見てください!!」


先ほど、自分が見た事象を言葉にするのがもどかしく 師匠の手を引く珍念


「珍念、わしも綺麗なおなごは見たいが、今はこの場を離れるわけにもいかぬ」


「違います! いや違うわけではないのですが、見て頂きたいのは


 その天女様は、千切れかけた足をくっつけたのです!」


「珍念。。。何を馬鹿げたことを申しておる さては、居眠りをしておったな? 夢でも見たのじゃろう」


「先生! すぐそこです 私の言っていることが嘘でしたら 後でいくらでもお叱りを受けます」


自分で目にしても、信じられぬ事を他者に言葉で信じさせることは不可能である


言葉で説得することを諦め、さらに強く師匠の手を引く


「わかった珍念 強く引っ張るな! おい そこの者 お館様が動いたら、すぐにわしに知らせよ」


近くにいた従者に命じる徳本




負傷者を集めた天幕内に入ると 明らかにこの場には不似合いな 眩いばかりに輝く存在がそこに居た


実際に回復魔法を脳内で詠唱しているエヴァは、神聖魔法の特性で輝いて見えるのだが


右手を患者の弓矢の刺さった右肩にかざしながら、左手で矢を引き抜く


矢を抜くときの痛みといえば、屈強な兵士でも気を失うほどの激痛であるにも関わらず


当の患者というと、抜かれたことにも気づかない様子で安堵の表情を浮かべている


矢を抜いた傷口に、さらに右手を近づけると徐々に傷口が塞がっていく


「何が起きているのじゃ。。。。」言葉を発した口を閉め忘れ 顎が外れんばかりに呆ける 徳本


「ですよね 美しいですよね 天女様もですが この治療が美しい」話が噛み合っていない 師弟


天幕内を見渡すと 溢れていた重症者は見当たらず 茣蓙ゴザに座るもの 立って話をするものまで居る




永田徳本が、よろよろとエヴァに歩み寄る


「天女殿。。。。。」


「?? えっと 私ですか?」振り返るエヴァ 白く長い口髭を蓄えた徳本を見る


「あっ!! その杖は 素材はなんですか?」


「ふむ この杖は先代 信虎様から頂い ウォッ」言い終わる前に徳本の左肘を支え 右手から杖を奪う


「これは、ブナの木ですね しかも樹齢500年 私との相性は う〜〜ん 良さそうです


 ちょっとお借りしますね 魔法を付与しても宜しいですか? この子なら耐えられると思うので」


杖を胸の前で浮かせる 「効果範囲増幅」本来ならば無詠唱で唱えるのだが 借り物の為に持ち主に


なんの魔法を掛けたのかが わかるように詠唱している


「治療を受けていない方、まだどこか痛いという方は私の近くまで来て頂けますか 


 歩けない方は、近くの人が手伝ってあげてください」ぞろぞろとエヴァを中心に30人ほどが集まってくる


「では、【慈愛に満ちたる天の光 天使の息吹となり 傷つきし者を癒やし給え 天光治癒】」


エヴァを中心に暖かい光が満たす 傷ついた者の心まで満たすように


傷を負った者 骨が折れた者 熱にうなされていた者 すべてが癒やされた


「天女様だ。。。」 「ありがたや ありがたや」 「女神様〜」その場で拝む者 涙を流してひれ伏すもの


エヴァの足にすがる者まで居る 「皆さん 命は大切にしてください」エヴァは、調子に乗るタイプであった


エヴァの居た国では、確かに回復魔法は高額であるが 使い手はそれなりに居り ここまで感謝される経験はない


「その杖ですが 天女様に差し上げます わしの膝と腰の痛みも癒えております もう必要ありません」


目を潤ませエヴァを見る徳本 エヴァのもっとも近くにいたので効果は絶大であった


「ありがとうございます 大事にしますね」服に続き 杖まで貰ってしまい上機嫌である


「天女様にお願いがございます」ひれ伏す 永田徳本 

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