バーベキュー 4


 いつの間にか、星空が広がっている。

 洗い物などを済ませ、流石さすが景都けいとの母たちは家に帰って行った。

 子どもたちは、栃木とちぎ家の庭にある小さなレンガテラスで花火を広げていた。

 ロウソクや、水の張ったバケツも用意している。

 景都が目をキラキラさせながら、

「花火たくさん! 小さい頃にお庭でやったよね」

 と、妹の京香きょうかに言っている。流石も、

「俺は保育園のお泊り保育かなんかで、やったっきりだ」

 と、言った。

「俺らは、田舎の爺ちゃんちに行った時にやってたな」

「うん」

 利津りつ世津せつがしゃがみ込む隣で、咲哉さくやは花火を1本摘まんでみながら、

「へー。これが花火?」

 と、聞いた。

「論外な奴がいたな」

「手持ち花火だよ。持つところ付いてるから、熱くないよ」

「あれか。煙。咽ないように、風上に居ろよ」

 と、流石が風向きに目を向けたところで、窓が開き百合恵ゆりえが顔を出した。

 ぜんそく持ちの咲哉に、不織布マスクを手渡し、

「暑いけど、これしてなさい」

 と、言った。

「うん」

「火の扱いには気を付けてね」

「はーい」

 返事も元気な子どもたちだ。

 すぐに、バーベキューとは違う煙の香りが庭に広がった。

 手持ち花火や置き花火。火花の色も形も様々だ。

 最後は線香花火で長持ち対決というセオリーも、子どもたちは花火初体験の咲哉に教えた。

 京香とその友人の高岡錫たかおか すずは、宿題の絵日記の参考にすると言って写真を撮っている。

 咲哉も煙を除けながら、花火や友人たちをバックにスマホで写真を撮った。今回は参加できなかった父に見せるのだ。

 大袋の花火も、子どもたちはキレイに楽しんだ。



 京香の友人の高岡錫は、景都の家にお泊りをするそうだ。

 景都と流石はふたりを送りに行き、咲哉は利津と世津と共に客間に布団を敷いた。

 8畳の和室に敷布団を4枚敷き詰め、5人で雑魚寝する。

 咲哉はコンタクトレンズも外し、眼鏡をかけている。3人はすでに寝る支度も済ませていた。

「栃木、お母さんは?」

 枕を置きながら世津が聞いた。

「リモート会議だって。あっちは昼間だから」

「大変だなぁ」

 利津もカーテンを引いた窓に目を向け、

「近所の家、けっこう明かりついてなかったか?」

 と、聞く。

「あれは防犯用の照明だよ。ずっと真っ暗で、いかにも留守にしてますって様子じゃ、泥棒に入って下さいって言ってるようなもんだろ」

 と、咲哉は軽く答えた。

「なるほど……セレブの防犯は違うな」

 などと利津が言っているところへ、

「ただいまー」

「玄関、鍵かけてきたよ」

 流石と、肩に笹雪ささゆきを乗せた景都も戻って来た。

「よし。寝るとするか」

 利津と世津が並び、中央に頭を向けて流石と景都、咲哉も身を寄せ合った。

「寝られるもんだな」

「客間も広いからな」

 咲哉は景都と同じ布団に枕を並べ、

「母さんが『食べ物を粗末にすると、もったいないオバケが来る』って言ってたんだけど。そんなの居るのか」

 と、聞いてみた。

 隣の布団で流石は、寝る前のストレッチなどしながら、

「懐かしいな。俺もニンジン残すたびに、母ちゃんが『もったいないオバケが来るわよ』って言ってた」

 と、答えた。

 景都は、子犬サイズの笹雪を抱っこしながら横になり、

「僕は、ご飯こぼしちゃったときに『もったいないオバケが来ないように、ごめんなさいしておきましょうね』って、お母さんに言われてたよ」

 と、話す。

「へー。本当に居るのか」

 咲哉が首を傾げていると、笹雪が首を持ち上げ、

「居るぞ。ほら、ちょうど来たじゃないか」

 と、ドアに目を向けた。

「えっ?」

 チャッチャッと、どこからかひづめのような足音が聞こえてきた。

「……え?」

「咲哉んちのお掃除ロボット、暴走してたよね」

「最近は大人しかったんだけどな」

 咲哉が静かにドアを開けると、廊下の奥で大きな影が動いた。

 足元の常夜灯に照らされ、角の生えた鹿らしき動物がこちらを向いている。

「……鹿?」

 世津も横から覗き込み、

「俺も見える」

 と、呟いた。

 突然、ドスドスと重い足音で鹿が駆け出し、咲哉は慌ててドアを閉めた。

 足音はそのままどこかへ行ってしまったが、カサコソと妙な気配が残っている。

「なにこれ。どうしよう」

 咲哉と世津が顔を見合わせていると、景都が、

「ねえ、すみっこに兎さんがいる」

 と、呟いた。

 景都が指差す客間の奥に、半透明な姿をした兎が身を丸めている。

「本当だ。あれ? 水晶越しじゃないのに」

「部屋に入って来てるじゃん……バーベキューの肉の兎と鹿か?」

「なんで?」

「不思議屋の婆さんが何かしたんだろう」

 と、咲哉が言えば、

「そうかぁ……」

 と、納得してしまう子どもたちだが、その理由も対処もわからない。

「待って、熊肉もあったよな」

「ワニもな。あと、牛と豚」

 顔を見合わせる5人の視線が、笹雪に向く。

 笹雪は、部屋の奥で丸まっている兎の霊に目を向け、

「なぜ、ここに居るのだろうと言っているようだ」

 と、言った。

「なぜって……」

「食っちゃったじゃん」

「食うのは良い。食われた事に気付いていないんだ。なぜだか、わからないか?」

 笹雪に聞かれて、子どもたちが考え込む。

「……」

「……いただきますと、ごちそうさま、言ってないな」

 と、流石が呟いた。

「あっ、それか」

「バーベキューが楽しくて忘れてた」

「俺も」

 もう一度、子どもたちの目が向き、笹雪は頷いて見せた。

「冷蔵庫に残りが入ってるよ」

「とりあえず残ってる肉いくつか食って、ごちそうさましようぜ」

 言いながら、流石がそっと客間のドアを開けた。

 廊下の左右を確認する。鹿の姿は無くなっていた。

「よし。何も居ない」

 足音を潜め、子どもたちはキョロキョロしながらキッチンへやって来た。

 何の肉かもわからなくなった山盛りの焼き肉に並んで手を合わせ、

「いただきます」

 と、声を揃えた。

 ひとつずつ口に入れると、もぐもぐしながら手を合わせる。

 5人で頷き合い、

「ごちそうさまでした」

 の、声も揃えて言った。

「……ワニは食ってないけど」

「うむ。大丈夫そうだ」

 景都の肩の上で、笹雪が頷いた。

「食べ物への感謝って大事なんだなぁ……」

「残りも明日、ありがたくいただこうぜ」

 大皿を冷蔵庫に戻し、子どもたちは辺りに目を向けながら客間へ戻って来た。

 客間の奥に居た兎の霊も、姿を消している。

「もったいないオバケって、こういうのだったっけ?」

「ここんちは不思議体験が多いなぁ」

 布団に座り込み、利津が言う。

「これは、不思議屋の婆さんからの食育みたいなもの?」

 咲哉に聞かれ、笹雪は景都の肩の上で、ふっと笑った。

「熊が居たからな。保険だと言われて来た」

「マジか……出くわさなくて良かった」

 流石が言い、子どもたちも頷いた。

「大事なことを教えてくれて、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 どこへともなく、子どもたちはお礼を言って頭を下げた。

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