バーベキュー 3


 バーベキューコンロを箱から引っ張り出し、咲哉さくやが、

「火をおこすってどういうこと?」

 と、聞いた。「コンロの説明書に書いてあるかな」

「それなら勉強してきた」

 と、流石さすがが『バーベキュー・キャンプ』と書かれた本を取り出したので、咲哉と景都けいとはワニ肉を見た時よりも仰天した。

「えらいじゃないか、流石」

「流石が勉強してきただって」

「なんだよ。アウトドアなら俺の担当だろ」

「そうだな」

「うん、確かに」

 頷く咲哉と景都に、利津りつも折り畳み椅子を組み立てながら、

「お前ら、担当決まってんの?」

 と、聞いた。

「見りゃわかるだろ。咲哉は頭脳担当、景都は癒し担当」

 と、流石が答える。

「なるほど。俺らは、世津せつが頭脳と癒し担当で、俺が体力とボケ担当だな」

「へー」

 世津は咲哉と一緒にバーベキューコンロをセットしながら、肩を落として見せる。

「いや、癒しとか知らないし。ボケもいらないんだけど」

「じゃあ、シンプルに頭脳と体力?」

「俺は別に体力ないわけじゃないよ」

「……世津が兄ちゃんいらないって言う」

「別に、いらないとは言ってないだろ」

「あ、マジで?」

「居なくても良いぐらいだよ」

「なんだよぉ」

 双子の利津と世津の掛け合いに、流石、景都、咲哉は小さく噴き出した。

「仲良いなぁ、お前ら」

「本当。うらやましい」

 と、景都が言っていると、その背後で妹の京香きょうかが咳払いをした。

「仲良いところ悪いんですけど。力仕事、進めて下さいよ」

 そう言いながら、折り畳みテーブルと思われる箱を抱えて見せる。

「あ、それけっこう重いやつじゃないか」

「これは重くない。庭に持ってっちゃって良いですか」

「うん」

「つっても、ガスタイプのバーベンキューコンロなんだよな。炭の準備はいらないから、セッティングするだけじゃん」

 流石はキャンプの本を荷物に戻し、バーベキューコンロを抱えた。

「肉乗せる網は洗った方がいいな」

「あっ、オイルランタンがある。格好いい!」

 リビングの大窓から外へ出れば、子どもたちに負けずセミの声が賑やかだ。



 折り畳み椅子やレジャーシートを広げて、薄暗い外での食事も楽しいものだ。

 大量の肉に焼き網が足りず、ホットプレートも外のテーブルで活躍している。

「シャトーブリアン焼けたわよー」

 トングと菜箸で肉を返しながら、咲哉の母、百合恵ゆりえが言った。

 すぐに子どもたちが皿を持って寄っていく。

 家主の息子の咲哉は屋外の熱気に負け、世津と共にリビングのテーブルで肉や野菜をもぐもぐしていた。

 流石の母、彩加さいかが作ってくれた兎肉入りの焼きそばも大皿に盛られている。

 芝生の庭を眺めながら世津が、

「日本の夏、初体験だって?」

 と、聞いた。

「うん。夜に鳴くのは秋の虫だけかと思ったら、暗くなってもセミが鳴いててビックリしてる」

 冷たい麦茶を飲みながら、咲哉はソファーに背を預けた。

 窓の外に目を向ければ、母3人と子どもたちがバーベキューコンロを囲んだり焼き立て肉を頬張ったり。

 その窓を利津が開き、

「世津。本物のシャトーブリアンだ」

 と、靴を脱いでリビングへやって来た。

 自分の皿から、ひとくちには大きい焼き肉をひとかけ、世津の皿に乗せた。

「そんな高級肉まで用意してたの?」

「ほら、栃木も」

「ありがとう」

「うわぁ、美味いな」

「だろ。焼きそばも美味そうじゃん」

 そう言って、利津も世津の隣に座ると、大皿から焼きそばを自分の皿によそった。

「タダ飯食って申し訳ないな」

 と、世津が肩を落として見せる。

 ジューシーでほろほろな焼き加減の高級シャトーブリアンをもぐもぐしながら、

「片付けも手伝ってもらうし」

 と、咲哉は楽しげに笑う。

「もちろん」

「だいぶ前に母さんも、庭でバーベキューしたいとか言ってたからさ。出来て良かったよ」

 窓越しに百合恵を眺めながら、咲哉が言った。

「そっか」

「あ、そうだ。さっき富山のお父さんが来て、花火差し入れてくれたよ」

 取り皿の焼きそばを平らげ、利津が言った。

「はなび?」

 咲哉が首を傾げたところで、

「あー、涼しい」

 大皿を抱えて、景都が窓を開けた。

 すぐに咲哉が駆け寄り、靴を脱ぐ景都から大皿を受け取った。

「これは?」

 大皿には、懐かしい香りの茶色い塊が山になっている。

「味噌焼きおにぎりだよ。流石のお母さんが、おにぎり作ってくれてね。それに、うちのお母さんが作った紫蘇味噌を塗って焼きおにぎりにしたの。明日の朝ご飯用だよ」

 と、景都が答えた。

「めっちゃ美味そうだな。キッチンでラップ掛けておくよ」

「あ、あとね」

 景都は一応、窓の外を気にしながら小声で、

「今夜は笹雪ささゆきも遊びに来るって言ってたの。伝え忘れてた」

 と、言った。利津が、

「不思議屋の子狐だっけ」

 と、聞く。世津も頷きながら、

「さっきトイレ行った時、ウサギみたいのが跳ねた気がしたんだけど。また謎の動きをするお掃除ロボットかと思った。笹雪だったのか」

 と、言って笑った。

「咲哉の家、お散歩してるのかも。お肉、お裾分けして来ようかな」

 そう言って、景都は広々とした天井を見上げた。



 言葉を話す白狐の笹雪は、小虫に化けることも出来る。

 換気扇や通気口など、ほんの小さな隙間があれば屋内への出入りは自由だ。

 しかし今夜は鍵の開いていた窓から、行儀よく咲哉の部屋へ入った。もちろん、開けた窓は閉めて鍵も掛けた。

 窓際の棚でぬいぐるみのようにお座りし、外を眺めている。

 そこへ咲哉の部屋の戸が開き、景都が顔を見せた。

「あ、いたいた。笹雪、お婆ちゃんのOK出て良かったね」

「うむ」

「はい。バーベキューのお裾分け。どんなお肉か忘れちゃったけど」

 数枚の肉を乗せた小皿を、笹雪の足元に置いた。

「……珍しい肉だな」

 笹雪はクンクンと匂いを嗅ぎながら答えた。

「うん。今、お片付けしてるの。これから花火もするんだよ。笹雪も食べたら来る?」

「そうだな」

「じゃあ僕、もう少しお片付け手伝ってるね」

 駆け出していく景都を見送り、笹雪がもう一度、肉の香りをクンクンしていると、今度はスリッパの音が近付いた。

 戸を開けたのは咲哉の母、百合恵だ。

「声がしたと思ったけど……あら?」

 ぬいぐるみのふりをするべきか。

 笹雪が固まっていると、百合恵はそっと歩み寄り、

「あなたがササユキ君? 咲哉から話は聞いているわ。いつもお世話になっているお店で飼われてるのよね」

 と、声を掛けた。

 笹雪は身を固めたまま、小さく頷いた。

 百合恵は驚くことなく、

「いつもありがとう。不思議屋のお婆ちゃんにも、よろしくね」

 と、言った。

 笹雪は、もう一度頷いて見せた。

 小さく手を振り、百合恵は笑顔のまま部屋を出て行く。

「……稀有けうな人間だ」

 と、笹雪は目をパチパチさせながら呟くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る