バーベキュー 2


 観測史上、最も雨の少ない7月だったらしい。

 どこかの地域では最高気温更新。

 今年も、暑さと気象状況のニュースが絶えない夏だ。

 そんな中、咲哉さくやの母、百合恵ゆりえは夏季休暇を取って帰国していた。


「咲哉ー。冷凍庫の車エビ、処分しちゃった?」

 百合恵は夏らしくノースリーブのワンピース姿で、冷凍庫を覗いている。

 ダイニングキッチンと区切られたリビングで、咲哉はバーベキュー道具を床に並べていた。

「みんなで焼き肉と鍋やった時に食べちゃったよ。エビの食い方も検索してくれて」

 咲哉は、リビングの大きな窓のカーテンを開けながら答えた。

「あ、食べたのね。残ってたら一緒に焼いちゃおうと思ったんだけど」

 子どもたちの楽しみにしていたバーベキュー。

 せっかくなら家族みんなでと言って、流石さすが景都けいとの母たちも手伝いに来てくれることになっている。

「最近の子は、やり方を調べてなんでも出来ちゃうから凄いわ。私は古くなりそうなら捨てちゃうもの」

 キッチンに並べた肉や野菜を眺めながら、百合恵が苦笑する。

「俺も。無理に食って胃もたれとか嫌だし。食いもの粗末にすると罰が当たりそうとは思うけどさ」

「そうね。もったいないオバケが来るわ」

「もったいないオバケ?」

「食べ物を無駄にしたり粗末にすると、食べ物の姿をした『もったいないオバケ』が、もったいなーい、もったいなーいって言いながら迫って来るんですって」

「へー。そんなオバケも居るんだ」

 そこへ、ピンポーンとインターホンが鳴り、咲哉と百合恵は揃ってギョッとする。

「やだぁ、もう」

 百合恵が笑いながら応答ボタンを押すと、インターホンの画面には流石と景都が顔を並べていた。

「咲哉、みんなで来たよー」

「おー。開いてるよ」

「おじゃましまーす」

「おじゃまします」

 母たちも一緒らしい。賑やかな声が答えた。

 門から玄関まで、季節感満載の庭を通るのは三十秒近くかかる。

 流石と母の彩加さいか、景都と母の宮子みやこ、そして景都の妹の京香きょうかとその友だちが並んでも窮屈ではない玄関だ。

「いらっしゃーい。入って入ってー」

 百合恵と咲哉が出迎えると、慣れている流石と景都以外は広々とした玄関ホールに目を丸くする。

「あ、息子がいつもお世話になってます」

「あら、こちらこそ。スリッパ、いくつ必要かしら」

「私、お借りしようかしら」

「私も」

「俺たちは無くて大丈夫です」

 母親たちが挨拶している横を通り抜け、子どもたちはリビングに集まった。

 景都の妹、京香とその友達もやって来て、ぺこりと頭を下げた。

「妹の京ちゃんと、お友だちの高岡錫たかおか すずちゃんだよ」

 と、景都が紹介した。「錫ちゃんはバーベキューの後、家にお泊りなの」

 景都より背の高い小学四年生の京香だが、友だちの高岡錫という少女は景都より小柄だ。

「私たちまで、お邪魔しちゃってすいません」

「肉買いすぎだって母さんに怒られたところだよ。たくさん食べてって」

「はい。景都の代わりに力仕事します」

 しっかりした妹だ。

「さっき利津りつ世津せつも、もうすぐ着くって連絡あったよ」

「そっか。じゃあ、準備始めようぜ」

「おー」

 日も長い季節。

 庭に夕焼け色が見え始めたばかりだ。



 広い庭を持つ大きな家の多い一角。

 手入れの行き届いた栃木とちぎ家の邸宅には、芝生の庭も広がっている。

 食材準備は母たちに任せて、子どもたちはバーベキュー道具の準備だ。

 長野利津と双子の弟、世津も到着し、リビングも賑やかになった。

 バーベキューコンロに折り畳みテーブルや椅子。タープなどのレジャーグッズがリビングに並べられている。

「バーベキュー道具、リビングまで出しといてくれたのか」

「母さんと、それっぽいのだけ運んどいたんだけど。もう陽も落ちるから、タープとかはいらないかな」

「そうだな。すぐリビングにも入れるし」

 リビングの正面には大きな窓があり、芝生の庭へ出られる小さなテラスが見えている。

「まぁっ、お肉こんなに?」

「なんか、申し訳ないわ」

「気にしないで。咲哉にも買いすぎって言ったんだけどね。バーベキューなんて初めてだから、試しに色んなお肉を買ったみたいなのよ」

 肉の特徴などの説明書きを見ながら、3人組の母たちがキッチンで下準備をしている。

「けっこう細かく書いてあるのね」

「でも、機械ものの説明書よりはわかりやすいわ」

「あー、わかるぅ」

 景都がキッチンを眺めながら、

「お母さんたち、楽しそう」

 と、言っている。

 食材の話で盛り上がる母たちを眺めて、利津が、

「お前ら母ちゃんにそっくりだよな」

 と、言った。世津も、

「あぁ。双子の俺らより似てるかもな」

 などと言うので、利津は、

「……そこまでじゃないだろ?」

 と、肩を落とす。

「ステーキサイズじゃ、なかなか焼けないわよね」

「大きめの一口サイズで、切込みたくさん入れておけば良いんじゃない?」

「とりあえずハーブソルトかけとけば良いかしら」

「お洒落ね……えっ、これって――きゃあっ!」

 食材の下準備をしていた景都の母、宮子が悲鳴を上げた。

 子どもたちが目を向けると、咲哉の母、百合恵が発泡スチロール箱の中から真空パックにされた妙な肉を取り出していた。

「ちょっと、咲哉。あなた、ワニ肉なんか食べたかったの? こんなリアルな足は無いんじゃない?」

 百合恵が差し出して見せたのは、鱗や爪もついたままのワニの足だった。

 キッチンに駆け寄った子どもたちが目を丸くする。

「へー、ワニも入ってたのか。好きな肉買って良いって言うから、バーベキュー用の『意外に美味い肉セット』ってのも買ってみたんだけど」

 と、咲哉が軽く答えた。

「うわぁ、爪すげぇ。これ食えんの?」

「あら、シカ肉は美味しそうよ」

「えぇっ、北海道産ヒグマっ?」

「こっちはキジとウサギよ……本当に?」

 流石の母、彩加も、バーベキュー肉セットの説明書きを見ながら目を丸くしている。

 景都は目をパチパチさせ、

「全部お肉だ……生きてる子に会いたかった」

 などと言っている。

「クマとワニ以外な」

「こんな肉の状態じゃ、違う肉入れといてもわかんねぇな。案外、ワニ以外偽物だったりして」

「これ、すごく高価なんじゃない?」

「バーベキューで焼いちゃったらもったいないわよね」

 と、言う宮子と彩加に、百合恵も軽い調子で、

「ワニ肉のシチューでも作ってみる?」

 などと答えている。

「ワ、ワニは百合恵さんに任せるわ」

「じゃあ、あとでムニエルにでもしようかしら。買った本人に食べさせましょ。みんなは火を起こしておいて」

「はーい」

 と、子どもたちは元気に返事をした。

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