第8話 バーベキュー

バーベキュー 1


 一面の青空が広がっている。日差しのギラつく7月半ばだ。

 一学期の期末試験が終わり、いつもよりも早い時間に下校している。

 気温が上がり、日差しも一番高い時間だ。


 大きなタオルを頭に被った栃木咲哉とちぎ さくやは、枝葉を広げる桜の古木の下で足を止めた。

 前を歩く青森流石あおもり さすがも慣れたものだ。すぐに気付いて振り返ると、

「大丈夫か?」

 と、聞いた。

「水筒は? お水、まだ残ってる?」

 3人組のもうひとり、富山景都とやま けいとも色白な方だが、青白い咲哉の顔を心配そうに見上げる。

「やっぱ、無理かなぁ……」

 溜め息を吐くように咲哉が呟いたので、流石と景都は顔を見合わせた。

 慌てて流石が、

「俺の麦茶飲むか? 担いで帰るか?」

 と、聞いた。咲哉は顔を上げ、タオルの下で薄く笑った。

「いや、ごめん。今年の夏休みはさ。日本の夏を初体験してみようと思ってたんだ」

 と、咲哉は言う。

「初体験?」

「あ、そっか。咲哉、夏休みは外国の涼しい所に行ってたんだよね」

 景都は目をパチパチさせながら言った。

「真夏の日本に居たことなかったのか?」

 と、流石も目を丸くする。

「うん。フランスの田舎で、世話になってる知り合いがいてさ。毎年、夏休みは避暑に行かせてもらってたんだ」

 頭に被るタオルで額の汗を拭いながら、咲哉は答えた。

 流石は通学リュックから下敷きを取り出した。咲哉を扇いでやりながら、

「咲哉、去年の夏休み前にもバテてたよな」

 と、言って、自分でも汗を拭う。

「この時間は特に暑いし」

 景都も、眩しい青空を見上げて言った。

「そうだなぁ……」

「とりあえず、あっちのやぶの影まで行こうぜ。アスファルトの熱気もヤバいし」

 地面まで眩しい炎天下だ。

 流石と景都で引っ張るように、咲哉を次の日影へ連れて行く。

 日向を早歩きで通り越し、雑木林の影に入って歩をゆるめる。

 手をつなぐと暑いので、景都は咲哉と人差し指同士を引っ掛けている。

「なんか、去年より暑い気がするよね。制服のせいかな」

 と、言って、景都は半袖Yシャツの襟首を摘まみ、パタパタと懐に空気を通す。

 息をつきながら咲哉も、

「夏休みに日本に居ても、エアコン効いた部屋から出られないんだろうなぁ」

 と、肩を落とす。

「そしたら俺らが遊びに行くぜ?」

「朝の涼しい時間に不思議屋行ってさ、夕方涼しくなるまで入り浸っちゃうとか」

 流石と景都が楽しげに言う。

「あぁ、それは楽しそうだな」

「日傘男子も増えてるみたいだよ」

「あ、忘れてた。扇子なら持ち歩いてるんだ」

「麦茶って好きだけど、不思議屋の麦茶って普通のより美味い気がするんだよな」

「あ、わかるー」

 口々に言いながら、子どもたちは今日も楓山かえでやまの不思議屋へ向かう。



 夏休みも近付く7月半ば。

 授業が終了し、1年2組の生徒たちは帰り支度や部活に行く準備などをしている。

 担任の香川かがわ教諭が来るのを待っているところだ。

「……バーベキュー?」

 なにやら盛り上がっていた流石、景都とクラスメートの長野利津ながの りつが、ウトウトしていた咲哉の肩を揺すった。

「夕方くらいからさ。咲哉んちの芝生の庭でバーベキューしようぜ」

 と、流石が楽しげに言う。

「夏休みなら、夜も遊んで良いじゃん?」

 景都も目をキラキラさせている。

「物置部屋にキャンプ道具がしまってあるの、前に見たぜ。あれ、借りれねぇ?」

「あぁ、買ってから一度も使ってないやつだけど、まだ使えるのかな。見ておくよ」

 薄い笑みを見せ、咲哉は首を傾げた。利津も首を傾げながら、

「でも、住宅地だろ? さすがに夜は近所迷惑になるんじゃねぇの?」

 と、聞いた。

「近所の家は、みんな涼しい所に避暑旅行で居なくなってるよ。そんなに騒いだりしなければ、構わないと思うけどさ」

「近所は避暑旅行かよ。そういや、セレブが多い地域だったな」

 と、利津は目をパチパチさせる。

「カネのある年寄りばっかりだよ」

「咲哉も、いつもはフランスに行ってたんだもんね」

「うん。今年は日本の真夏を初体験だ」

「初体験かよ。日本の夏はヤバいぞ」

「暑さは身に染みてるけど」

世津せつも呼んで良いだろ。栃木の家に行くって言うと一緒に遊んでくれるんだ」

 利津が言うと、景都も、

「あ、僕もきょうちゃん連れてって良いかな。夏休みの絵日記のネタが無いって毎年言ってるの」

 と、話す。流石も頷きながら、

「今日、テレビ電話の日だろ? 8月の初めくらいにバーベキューして良いか、聞いてみてくれよ。OK出たら日にち決めようぜ」

 と、言った。

「わかった。でもバーベキューってした事ないな。外で野菜とか肉焼くんだっけ?」

「サーロイン!」

「シャトーブリアン!」

 と、力強く言う流石と利津に、咲哉は、

「あぁ、肉か。5キロくらいで良いのか?」

 と、聞いた。



 咲哉の両親は現在、ヨーロッパを拠点に仕事をしている。

 咲哉も、イギリスとフランス育ちの帰国子女だ。

 日本に居た方が体調も良かったりと、色々な理由で咲哉は日本で生活している。

 週に3日、両親とリモートで対面通話をしているのだ。

『お庭でバーベキュー? そんな楽しいこと、ママも呼んでよ』

 パジャマに着替えた咲哉はパソコンの前で、バーベキューを予定していると伝えたところだ。

『夏休みでしょ? 何日頃?』

 と、母の百合恵ゆりえはスマホに目を向ける。

『お父さんだって参加したい』

 と、父の籐矢とうやも、手帳など取り出している。

「いや、え……?」

 楽しい事の大好きな両親だ。

 予想していなかった自分に驚きつつ、咲哉は苦笑しながら、

「8月の初め頃だと思うけど、まだ日にちは決めてない」

 と、答えた。

『まだ予定は変えられるわ。夏休みに帰る日をずらして……』

 スマホを見ながら頷いている百合恵の隣画面で、藤矢はうなだれてしまっている。

『……8月の初めは、お父さんドイツに出張なんだよ』

『テレビ電話で参加したら?』

『あっ、それいいね!』

『じゃあ、咲哉。適当に食べたいお肉とか野菜、注文しておいてくれる?』

 と、百合恵は気が早い。

「バーベキューの肉ってどんなの?」

『なんでも焼けば食べられるわよ。みんなが食べたいお肉を聞いてみたら?』

「わかった。日にちが決まったらまた連絡する」

『OK!』

 時差があり、両親はリモート通話のため昼休みに時間を取っている。

「じゃあ、ふたりとも。午後も仕事、頑張ってね」

『ありがとう。おやすみー』

『おやすみ、咲哉君』

「おやすみ」

 画面から両親の姿が消えると、咲哉はパソコンの電源を落とす。

「バーベキューの肉か……明日、みんなに聞いてみよう」

 暑さで憂鬱だった咲哉だが、少し夏休みが楽しみになってきた。

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