入院談議 4
「つってもなぁ……入院棟も広いぞ」
学校帰りに
雲が厚く、普段の夕方よりも暗く感じる。
廊下で
「なんか動き回ってる感じ」
「一階じゃないな。もっと上の階だと思う」
と、
そろそろ、一般の面会時間が過ぎてしまう。
階段を、三階まで上がって来た。
景都と咲哉は、まだ廊下の天井に目を向けている。
流石は水晶玉を手の中に隠し、すれ違う看護師に会釈する。
「なんか急に寒い……あ、あれ?」
言いながら景都が、辺りを見回した。
「どうした?」
流石が振り返ると、景都の横で咲哉も廊下の天井に難しい顔を向けていた。
「流石、なんか近付いて来る……」
「ひゃあっ」
景都は頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「マジか。どこだっ?」
水晶越しに周囲を見回すと、天井に動くものを見付けた。
何かが、ゴロゴロと天井を転がるように通り過ぎた。
ポカンとして天井を見上げている流石に、
「流石、何が見える?」
と、咲哉が聞いた。
「……なんだ、あれ」
と、流石は首を捻った。
「見えなかったのか?」
「見えたけど、でかい鼠みたいのが、高速で天井をでんぐり返ししてった。でも一瞬、人の顔が見えて、つい見送っちまった。追わねぇと」
天井の先を見詰めながら、流石は目をパチパチさせている。
「気持ち悪いもんが、階段を上がってった気がする」
咲哉が、景都を立たせてやりながら言った。
「景都、駿河さんの所に避難しとくか?」
「だ、大丈夫。行くよ」
3人は頷き合って階段に向かった。
眉を寄せて咲哉は天井を見上げ、
「天井に居たのか。じゃあ、四階の廊下の天井に居そうだ」
と、言った。「顔が見えたって、もう誰か掴まっちまったのかな」
「いや、鼠が人の顔してた」
「マジか」
「なにそれ、怖いよぉ」
景都は咲哉と手をつなぎ、小さく首をすぼめている。
「よし。四階は嫌がる患者さんが多くて、空き部屋が多いらしいから。探しやすいぞ」
階段から左右へ伸びる廊下の右側を指差し、咲哉は、
「向こうだ」
と、言った。
流石は水晶越しに、廊下の天井を見上げながら進んだ。
すぐに、それは見付かった。
「……居た。廊下の突き当たりだ」
にょろにょろと動く長い尻尾が目に入った。
重力に逆らい、
鼻先を動かして臭いを嗅ぐような仕草は鼠のようだが、その顔はのっぺりとした男の顔だ。
瞼は半開きで、前が見えているのかもわからない。ぽかりと開けた口からは、鼠のような前歯が見えていた。
「
と、咲哉が言う。
「よし」
流石は水晶玉を左手でかざしたまま、右手でポケットから囮玉を取り出した。
囮玉を掴んだ手で三十日鼠を指差し、
「探し物はなんですか!」
と、不思議屋で聞いた呪文を言った。そしてボウリングのように囮玉を転がす。
水晶越しに見詰める流石の肩越しに、景都と咲哉も水晶玉を覗き込む。
囮玉は、見事なほど真っ直ぐに廊下を進んだ。
意志でもあるかのように、天井の三十日鼠の真下で停止する。
ゴム玉のようだった囮玉は、むくむくと膨らんで人間の姿になった。
寝間着姿の高齢女性に見える。
うろうろ、クンクンと妙な動きをしながら、鼠が真下を向いた。
「見付けた」
流石が呟いた。
三十日鼠は前足を離して天井からぶら下がった。
その両手が高齢女性の頭を掴み、鼠がぐるりと宙返りする。
高齢女性の体が巻き込まれ、渦巻きのように鼠と合体した。
「うわ、キモ……」
そのまま渦巻きは、回転しながら天井へ飛び込んでしまった。
天井に貼り付く鼠も、廊下の囮玉も姿を消した。
「……成功か?」
流石の呟きに咲哉が、
「うん。気配は無くなったみたいだ」
と、答えた。
その後ろで景都は、へなへなと座り込み、
「あー、居なくなったぁ……冷たくてぐるぐるしてて、気持ち悪かった」
と、うなだれる。
流石は景都の頭を撫でてやりながら、
「面会時間が終わる前に、兄ちゃんに伝えよう」
と、言った。
3人は駿河の病室で、妙なものは居なくなったと軽く伝え、面会終了のチャイムと共に病院を後にした。
後日。
駿河の体調も落ち着いたと聞き、3人は学校帰りに見舞いへやって来た。
「人の顔っぽいっていうか、目も口も半開きの鼠男みたいな顔でさ。でも体は完全に鼠で、きょろきょろクンクンしながら、時々でんぐり返りしてた。サイズ的には子豚ぐらい」
流石は兄のベッドに腰掛け、息巻いて説明していた。
「ずっと重力に逆らってたな」
と、話す咲哉は冷静な口調だ。
景都は、まだ天井を見上げながら、
「ハヤ子さんの気持ちも、落ち着いてくれるといいね……」
と、言う。
子どもたちの話を、ニコニコ顔で聞いていた駿河は、
「昨日の夜にさ。八つ当たりして御免なさいって、謝りに来てくれたよ」
と、言った。
「ハヤ子さん?」
「うん。体はどうにもならないんだから、楽しいものに目を向けるようにしてみるって」
「良かった」
流石と景都は頷き合うが、咲哉は首を傾げ、
「急に、そう思ったの?」
と、聞いた。
「元々、子どもが好きみたいでさ。3人が楽しそうにしてるの見てたみたいだよ」
「そっかぁ、良かった」
笑顔になる景都の頭を撫でて、咲哉も頷いた。
「不思議屋のお婆さんにも、お礼を言っといてくれ」
と、駿河が言う。
3人は笑顔で返事をした。
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