入院談議 3


 7月の初め。

 今年初の台風上陸という予報が出ている。

 3人組の住む四季深しきふか市では、湿った風が強くなっていた。

 それでも喫茶テラスの窓には、のどかな高原の風景が広がっている。

 草原や所々に見える常緑樹の枝も、風に揺れる様子はない。



 本日のおやつは、爽やかな水羊羹だ。

 透明ガラスの皿も涼しげに見える。

 冷たい緑茶で喉を潤しながら、3人は老婆の言葉を待っていた。

 不思議屋の老婆は、いつものテーブルで水盆すいぼんを見下ろしている。

 あれこれ、お見通しな占い道具らしい。

「これは、小ぶりの魔物だ」

 と、老婆は言った。

「魔物? 妖怪って事か?」

 流石さすがが聞くと、老婆のテーブルで丸まっていた白い毛玉が首を持ち上げた。

 子犬サイズの白狐、笹雪ささゆきだ。

「一緒にするな」

 そう言って軽く伸びをすると、笹雪も水盆を覗き込んだ。

 その小さな頭を皺だらけの手で撫でながら、老婆は、

「あたしゃ、話の通じるのが妖怪、話も概念も通じないのが魔物と分けているがね」

 と、話した。

「概念も通じない……」

 頭脳担当の咲哉さくやが考え込む。

「言葉が通じないだけじゃないのか?」

 と、流石と景都けいとは首を傾げた。

「魔物も様々だ。例えば、笹雪がデカくなって通路を塞いでいたら、通りたいからどいてくれと言えば良い。怒り出す妖怪は居るだろうけどね。だが魔物なら、相手の要求に応えるかどうか判断するという概念を、持ち合わせていない場合がある。魔物それぞれの特殊な概念で、無視されるか攻撃されるか。近付いただけで、見知らぬ場所へ飛ばされるなんて事もあるかも知れないね」

 笑いの含まれた声で老婆は話す。咲哉は、

「なんなら妖怪は動物、魔物は宇宙人に近いって方が、しっくりくるのかな」

 と、聞いてみた。

「クックッ、そうだねぇ」

「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ」

 首を傾げっぱなしで、流石が聞き返す。

「これは時々現れる、三十日鼠みそかねずみと呼ばれる魔物だ」

「みそか?」

「ネズミなの?」

「三十日鼠は、現れてから30日経つと姿を消す。そしてまた30日後、どこか別の場所に現れる。その理由はわからんが、消える時に人間の生霊や浮遊霊を連れてっちまう事があるのさ」

「なんでだよ?」

 と、流石が聞くと、老婆の代わりに笹雪が、

「理由はわからんと言っとろうが」

 と、即答する。

 クックッと老婆は笑い、

「景都と咲哉が、道連れを目的とした存在に感じたなら、この三十日鼠の行き先は、あの世なのかも知れないね。だが、土産物のように持ち去られるそうだ。安らかに眠れる訳じゃないんだろうね」

 と、言う。

「……」

 3人組は顔を見合わせた。

「連れて行かせない方法は無いの?」

 と、咲哉が静かに聞いた。

「これを使いな」

 そう言って老婆が、どこからかテーブルに転がしたのは、テニスボールほどの大きさの灰色の玉だ。

 笹雪が小さな前足で、ブニブニと凹ませて遊びだす。

「これは囮玉おとりだまという道具だ。相手が探しているものに化けて、捕まえさせるなり食わせるなりさせる」

 と、老婆は言った。

「三十日鼠に、ハヤ子さんの偽物に化けた囮玉を連れて行かせるってこと?」

 咲哉が聞くと、老婆はゆっくりと頷いた。

「おー、なるほど。便利だなぁ」

 冷たい緑茶を飲み干し、流石は立ち上がった。老婆のテーブルで囮玉を掴んでみる。

 ゴム玉のように柔らかいが、ずっしりとした重みがあった。

「どうやって使うんだ?」

「三十日鼠を指差して『探し物はなんですか』という、囮出現の呪文を言う。そして囮玉を三十日鼠の近くへ転がせば、指差された者の探し物に化ける」

「近くに転がしたりして、怒りださない?」

 と、不安げに景都が聞いた。

「生霊や浮遊霊以外には、無頓着な存在だ。お前たちに手出しはしてこないよ」

「そっか。でも僕は病院の中かなってくらいで、どこに三十日鼠が居るのかわからなかったよ」

「幽霊と違って、たぶん俺と景都には見えにくい存在なんじゃないかな」

 咲哉が言うと、景都も小さく頷いている。

「水晶なら見えるよ」

 老婆は流石のポケットを指差して言った。

「これか?」

 流石は、ポケットからピンポン玉ほどの水晶玉を出して見せた。

 水晶玉越しに見ると、幽霊の姿だけでなく声まで聞こえてしまう不思議道具だ。

「これで、病院中を探すのか?」

 片目で水晶玉を覗き込みながら、流石は目をパチパチさせた。

「気配なら景都と咲哉がわかるだろう。嫌な感じが強い方へ進んで、水晶を向けて見ればいい」

「病院の人に、変な目で見られそうだな」

「ククッ。すぐに見つかるように、祈願しといてやるよ」

 と、笑いながら、老婆は水盆に手をかざず。

 3人組は視線を交わし、すぐに立ち上がった。

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