入院談議 2


 廊下に倒れていた駿河するがは、見回りの看護師に叩き起こされた。

 すでに毛布で包まれている。ストレッチャーも近くに用意されていた。

 ベテラン女性看護師は、

「もうっ、こんな所で倒れて。しばらく、お散歩禁止よ」

 と、声を尖らせた。

 ぐったりしたまま駿河は、

「……瓜野うりの、ハヤ子さん」

 と、呟く。

「え?」

「瓜野ハヤ子さんの、病室を見て下さい」

「瓜野さん? ずっと寝たきりの患者さんよ。高齢患者さんが夜歩きしてたの?」

「……」

 それ以上は答えられず、駿河はもう一度意識を失った。



「まったく、夜中にお散歩していて倒れたんですって」

 翌日。病室のベッドで駿河は、点滴の管や呼吸器などを付けられて横たわっていた。

 母の彩加さいかと弟の流石さすが、付き添いで景都けいと咲哉さくやも見舞いに来ていた。

「じゃあ、ちょっと先生とお話しして来るから。大人しくしてなさいね」

「うん」

 と、流石が返事をする。

 大人しくしていなさいと言われて返事をするのは、やんちゃな流石の条件反射だ。

 彩加が病室を出て行くと、流石は、

「兄ちゃん。また色んなもの、くっつけられてるな」

 と、ベッドに腰掛けた。

「本当は、母さんに切ってもらった髪の毛が面白い事になってるから、流石たちに笑ってもらおうと思ってたんだけどな」

 そう言って、駿河は苦笑する。

 流石の5歳上の兄、駿河は落ち着いた印象だが目元は流石とよく似ている。

「駿河兄ちゃん、大丈夫?」

 景都が聞くと、駿河は笑みを見せ、

「ちょっと疲れただけだよ。すぐ良くなる」

 と、答えた。

「で、変なもの見たのか?」

 流石に聞かれ、駿河は、

「最近、夜に散歩してるとさ。瓜野ハヤ子さんっていう入院患者に会うんだ。窓から町の方が見える、上の階の廊下で。若い頃の苦労話を聞いたり、ちょっと世間話をして別れるんだよ。夜の2時くらい」

 と、話した。

「がっつり丑三うしみつ時かよ」

 と、流石が言うと、

「そんな言葉、よく知ってるなぁ」

 と、駿河は、にこやかに答えている。

 景都もベッドの端に腰掛け、

「その人、本当に入院してる患者さんだよね?」

 と、不安げに聞いた。

「五十代の時に脳梗塞で倒れてから植物状態だって。何年も前から入院してるんだ」

 丸椅子に腰かける咲哉は、

「植物状態?」

 と、聞き返した。

「植物状態って、ずっと意識が無くて起きられない人じゃないのか?」

 と、流石も続けて聞き返す。

「そうだよ。旦那さんの夢に出ても、何もしようとしないんだって」

「それって……」

「その生霊みたいな状態の人に、八つ当たりでもされたの?」

 咲哉が聞くと、駿河はもう一度苦笑した。

「うん。まあね」

「話聞いてもらっといて、八つ当たりかよ」

 と、流石はご立腹だ。

「もしかしたら、体は動かなくても時々意識があったり、感情だけが働いたりすることがあるのかな。ハヤ子さんは、このままの状態を終わりにして欲しいんだって」

 と、駿河は静かに話した。

「だって、それじゃぁ……」

 小声になりながら、流石が呟いた。

「……ここは病院だからさ。そういう風に思う事がある患者さんは時々いるんだよ。でも、今は危ないんだ」

「この病院に、誰かを道連れにしたい何かが来てるから?」

 天井を見上げながら、景都が聞いた。

 優しい笑みで、駿河は景都に目を向ける。

「マジかよ。なんだよ、その何かって」

 咲哉も壁を見回しながら、

「何かはわからないけど、いつもはこの病院に居ない妙な存在が、誰かを連れて逝くためにうろついてるんじゃないかな」

 と、話した。

「ふたりは感じるのか。流石は鈍いなぁ」

 と、駿河は笑う。

「……なんだよ、いきなりそんな話。普通にやばいじゃないか。兄ちゃんが連れてかれたらどうすんだよ」

「俺は、ガッツリ生きてるから大丈夫だよ」

 駿河は呼吸器のカップの中で楽しげに笑った。

「妙な存在って、どんな奴だよ」

 難しい顔で聞く流石に、景都と咲哉が声を揃えて、

「人間じゃない」

 と、言った。

「おー、ハモったな」

 掛け布団の中で手を叩く駿河は楽しそうだ。

「幽霊でも無いって事か?」

「うん」

「たぶん」

 と、景都と咲哉は頷いた。

「下手に手を出すのは危険だ。でもハヤ子さんは、誰かの道連れになって地獄へ行きたい訳じゃないんだよ」

「そうだよな……」

 首をひねる流石に咲哉が、

「不思議屋に行ってみようか」

 と、言った。

「あ。その手があったな」

「そうだね。不思議屋の、お婆ちゃんに相談しよう」

 そういう事になった。

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