笹雪と昼寝 3


 大狐姿の笹雪ささゆきを枕に、流石さすが景都けいとは興味津々な目を咲哉さくやに向けている。

「乗馬の練習場に女の子が居たの?」

「うん。一緒に遊べるかと思って、声をかけに行ったんだよ。でも紫外線アレルギーが今より酷かったからさ。黒いパーカー着てたんだ。でかいフードで顔がすっぽり隠れてた。顔の前はメッシュになってて内側から外も見えたけど、普通に考えて不気味だよな。そんな格好で女の子に声かけたから『悪魔が来た』って、泣かれちゃってさ。話聞いてもらえそうにないから、すぐ帰ってきちゃったけど。よく考えたらその女の子、いつも同じ服着てたんだよ。黄色っぽいワンピースだった」

 静かに話す咲哉に、景都が、

「女の子、幽霊だったの?」

 と、聞いた。

「たぶんな。でもその時は、汚しても良い遊び着かなって思ってた。それで今度は同じ作りの、白いパーカーを着て行ったんだ。そうしたら『天使が迎えに来た』って喜んでたよ」

「天使が迎えに……」

「その子は、迷路から出られないって言ってた。馬が飛び越える柵とか仕切りのせいで、確かに広い迷路に見えたんだよな。だから手をつないで出入り口まで連れてったら『これでママに会える』って言って、駆け出しながら消えちゃったんだ」

「そこで彷徨さまよってる女の子だったのかな」

 と、流石も聞いた。

「うん。女の子が消えちゃってから、やっと気が付いてさ。その頃はまだ幽霊より、悪魔とか魔物が出て来るような本のイメージが強くて、実は外に出しちゃいけない魔女か何かだったらどうしようって焦ってさ。なんとなく大人に聞いて回ってたら、その頃に亡くなった女の子がいたんだ」

「その女の子の幽霊だったんだね」

御隠居ごいんきょは結構な金持ちでさ。俺が面倒見てもらうようになってから、大富豪とお近付きになるために、子どもを預けようって奴らが時々来てたんだよ。そこの厩舎きゅうしゃに馬を預けてた若い父親がいてさ。自分の子どもに『ここに居たい』って言わせるために、勝手に自分の馬に小さい女の子を乗せちゃったんだ。女の子は喜んで、よくわからずに馬を刺激しちゃったらしい。手綱とか無いまま、走り出した馬の背中から女の子はすぐ振り落された。興奮した馬に踏みつけられて、酷い死に方したんだって」

「……可哀想」

「うん。だから御隠居は、その練習場を封鎖したんだ。勝手に厩舎へ入ったり馬が走り出たりもできない最新鋭の厩舎と練習場を、別の場所に作ってた」

 毛布の中で、景都は咲哉と手をつないだ。

 咲哉は優しい笑みを見せる。

「その話を聞いた俺が遊びに行ったって、御隠居に告げ口した人が居てさ。そんな話を聞かせた人に対して怒ってたけど、御隠居はちゃんと俺にも話してくれたよ。乗馬は正しく訓練しないと危険とか、急に馬が飛び出して来るから遊び場にしちゃダメとか。それでも散歩コースにして一緒に俺を連れて来てたのは、今でも女の子がそこで遊んでいるような気がしたからだったんだってさ」

「御隠居さんも、女の子の幽霊を感じてたの?」

 と、景都は毛布の中で、咲哉の手をニギニギしながら聞いた。

 咲哉も軽く握り返しながら、

「さぁ。迷ってたソフィアは迷路を出て、お母さんに会いに行ったって言ったらビックリしてたよ。ソフィアって名前の女の子、本当のお母さんも亡くなってて、父親は新しい奥さんが後妻だって事を周りに言いたがらない感じだったらしくて」

 と、話した。

 流石も景都の髪をくしゃくしゃと撫でながら、

「御隠居さんは信じてくれたのか?」

 と、聞いた。

「うん。ソフィアがお母さんに会いに行けて良かったって言ってた。迷路から出してあげてくれてありがとうってさ」

「咲哉、良い事したね」

「俺が預かってもらってたから、うちの子もって連れて来られた子だったんだけどな」

「咲哉は悪くねぇじゃん」

「そうだよ!」

 言い切る流石と景都に、咲哉は笑みを向ける。

 川の字に並ぶ3人は、仰向けで天井に目を向けた。

 宙を眺めながら流石が、

「話ぶち壊すようだけどさ」

 と、言った。

「ん?」

「お前それ、3歳の時って言った?」

 と、流石は咲哉に聞く。

「うん。3歳の夏だったと思う」

「そんな小さい頃の事を、しっかり覚えてるのがすげぇと思って」

「あ、それ僕も思った」

 うんうんと頷きながら景都も、咲哉に目を向ける。

 咲哉も頷きながら、

「でも、昨日の給食とか覚えてないんだよ。今日のワカメご飯は覚えてるけど」

 と、言った。

「昨日の給食は食パンだったよ」

 景都が楽しげに答える。

「そうだっけ」

「その前はカレーだったよな」

 と、流石も自信満々に言った。

 咲哉は目を丸くし、

「よく覚えてるなぁ」

 と、溜め息交じりに呟いた。

 老婆と笹雪が、噴き出して笑っている。

「夕方になる前に、少しお休み」

「おう。おやすみー」

「おやすみー」

 3人は、ふわふわな笹雪の背を枕に、すぐに寝息を立て始めた。


 今日も、ゆったりとした時間が流れていく。

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