笹雪と昼寝 2


 優しい日差しの注ぐ、喫茶テラスの昼寝場ひるねば

 3人が寝転がれる広い敷布団に、クッションを並べている。

 窓の外には、楓山かえでやまと違う高原の景色が広がっている。

 子どもたちはすでに見慣れているが、窓の外はこことは限らないらしい。

 そもそも不思議屋の外観からは、存在しないはずの間取りだ。

 雨や曇りの日でも明るく、過ごしやすい陽気に保たれた喫茶テラス。

 日差しも偽物のため、紫外線アレルギーの咲哉さくやも日向ぼっこできるのだ。


 大狐姿の笹雪ささゆきを枕に、3人は川の字に寝転がっている。

 景都けいとが川の字の真ん中で、

「笹雪はキツネだよね」

 と、聞いた。

白狐しらぎつねだ」

 目を閉じたまま、笹雪は答える。

「妖怪?」

「そうだな」

「元々、野生のキツネだったりしたの?」

「いや、生まれながらの妖怪だ」

「へー」

 頷く景都の横で、咲哉も、

「神社の御狐様おきつねさまと関係は?」

 と、聞いてみる。

「ない。天狗や河童の方が俺と近いな」

「有名な妖怪だな」

 と、流石さすがも言っている。

 楽しげに景都は目をキラキラさせ、

「僕たちも会える?」

 と、聞く。

「どうだろうな。気まぐれな奴らだ」

「そうなんだぁ」

 首を傾げながら流石は、

「俺は見える?」

 と、聞いた。

「ん?」

「俺はふたりと違って幽霊も見えないからさ。さっきの人の姿も、このでかいキツネの姿も普通に見えるけど。河童とか天狗は、俺にも見えんのかな」

 白い天井を見上げながら、流石は話した。

「俺は基本的に、人間が目視可能な姿をしている。見えなくする事も出来るがな」

「うちの店のマスコットだからね」

 などと老婆に言われているが、

「ふっ」

 と、笹雪は満足そうに笑った。

「だが、河童や天狗は基本的に見えないだろうな。もちろん、人間に姿を見せる事の出来る妖怪も多いが」

「へー」

 首を持ち上げ、流石は老婆に、

「俺が基本的に、幽霊とか妖怪が見えるようにはならねぇの?」

 と、聞いたが、

「ならないよ」

 と、即答され、流石は寝転がったまま両腕を伸ばした。お手上げポーズだ。



 おやつを食べて腹一杯になると、いつも軽く昼寝する。

 しかし今日は化ける笹雪を目撃したせいか、3人とも目が冴えていた。

 寝返りを打って流石は、景都と咲哉に顔を向けた。

「ふたりとも、いつ頃から幽霊とか見えてたんだろうな」

 と、聞いてみる。

「わかんない」

「俺も」

 景都と咲哉は、軽く首を傾げながら答えた。

「なんか、それっぽい記憶で一番古いのはいつ頃だ?」

「えー、僕は最近まで幽霊見えてると思ってなかったもん。あ、でも、幽霊だったのかもなって思ったのあるよ」

「いつの事?」

「小学校に入ったばっかりの頃。うちの裏の雑木林で、女の人がおいでおいでしてたの」

 手招きする真似をして見せながら、景都が話す。

「知らない女の人?」

 と、咲哉も聞いた。

「もっと小さい頃に遊んでくれた、どっかのお姉さんだったような気はしてたんだけどさ。お祖母ちゃんに裏山は入っちゃダメって言われてたから。おいでおいでされても『入っちゃダメって言われてる』って答えて、お母さんの所まで逃げてた。お母さんの近くに行くと居なくなっちゃうんだけどさ。時々窓から外を見ると、同じお姉さんが雑木林の中に居たの。『景都君、おいで』って呼ばれたりしてたんだよね」

 思い出しながら景都は話した。

「案外、普通に近所の人だったりしてな」

 と、流石は笑うが、咲哉は、

「いや、違うだろ」

 と、苦笑する。

 縫い物を続けながら老婆が、

「山のものだよ」

 と、言った。

「もののけっ?」

 寝転がっている3人が、揃って首を持ち上げる。

「景都の記憶の中の、幼稚園の担任の顔を真似てたのさ。見知った顔の相手なら警戒されにくいだろう。外へ出ていたら、どこへ連れて行かれたかわからないね」

「顔真似……知らない人に、ついて行かないだけじゃダメなんだね」

「どこか不自然なところがあるはずさ。落ち着いて、相手をよく観察することだ」

「うん。そうする」

 頷きながら景都は咲哉に顔を向け、

「咲哉は?」

 と、聞いた。

「俺は3歳の時かな。母さんが仕事の時に、フランスで面倒見てくれてた御隠居ごいんきょが居てさ」

 と、言った。

「あ、そっか。咲哉は、イギリスとフランスを行き来してたんだったな」

 興味津々に流石が聞く。景都も、

「フランスのお化け?」

 と、聞いた。

「御隠居の家の近くに、使われなくなった馬術練習場があったんだ。乗馬の競技で、柵を跳び越えたりする場所」

「なんとなくわかる」

「その時は乗馬もよく知らなくて、普通に馬が飼われてる場所なのかなって思ってたんだよ。御隠居の散歩コースだったから、俺も一緒についてって時々眺めてたんだけどさ。使われなくなっても結構キレイに手入れされてた。そこで見かける、同い年くらいの女の子が居たんだよ」

 咲哉は、静かに話し出した。

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