第5話 笹雪と昼寝

笹雪と昼寝 1


 暑い暑い夏がきた。

 学制服も半袖の夏服になっている。

 紫外線アレルギーの咲哉さくやだけは長袖のYシャツだ。頭から灰色のタオルを被って日除けしている。

「……楓山かえでやまは涼しくて助かる」

 タオルで汗を拭いながら咲哉は言った。

 本日も仲良し3人組は、楓山の砂利道を登っている。

 流石さすが景都けいとは流れる汗をキラキラさせながら、日差しを遮る木のトンネルを見上げた。

「7月になって急に暑くなったもんな」

「明日から体育はプールだね。中学の水泳の授業も楽しみ」

 と、景都は楽しげに言うが、思い出したように流石と咲哉は景都に目を向けた。

「そうか。中学のプールだよな」

 流石は歩きながら、小柄な景都の頭を撫でた。

 首を傾げる景都に、咲哉も被ったタオルの中から、

「小学校より深いんじゃないかな」

 と、言った。

 すぐに景都は目をパチパチさせた。

「僕、小学校のプールでも一番深い所はギリギリだった」

「でも、あっぷあっぷするほどの深さって事は無いんじゃないか?」

 と、流石は景都の髪をわしゃわしゃ撫でながら話した。

「泳げるから大丈夫だもん。でも深過ぎないか、お婆ちゃんに占ってもらおうかな」

「うん。そうしようぜ」

 木のトンネルが終わると、開けた空間の奥に瓦屋根の木造家屋が見える。

 3人組が通う不思議屋だ。


 深緑色の暖簾のれんの前に、和服姿の青年がいた。

 黄土色の着流しに茶色い前掛けを付け、竹箒を片手に掃き掃除をしている。

 すぐに見つけた流石が、

「あれ、誰かいるぞ」

 と、小声で言った。咲哉も、

「他にも人がいたのか」

 と、首を傾げるが、景都は、

笹雪ささゆきじゃない?」

 と、言ってトコトコと駆け寄った。「ただいまー、笹雪だよね?」

「ほう。よくわかったな」

 小さな白狐しらぎつねの笹雪と同じ声で、和服の青年は答えた。

「えぇっ?」

「マジで笹雪なの?」

 驚く流石と咲哉に、景都は得意げな笑みを見せた。

「えへへー。なんとなくキツネの笹雪と同じ感じした」

「今日のおやつはカップケーキだぞ」

 そう言って、長身な青年姿の笹雪は景都の髪を撫でた。

「キツネって本当に化けるんだなぁ」

 呟く流石に、咲哉もゆっくりと頷いて見せた。



 不思議屋の奥にある喫茶テラス。

 いつも通り老婆は、ボロのスカーフを何重にも被ったような姿で座っていた。

 今日は縫い物をしている。

「おかえり」

 老婆が、しわがれた声で言った。

「ただいま。縫い物は珍しいな」

 通学リュックを下ろしながら、流石が言った。

昼寝場ひるねばに置く、夏用の肌掛け布団のカバーだよ。いつまでも冬の毛布じゃ暑苦しいからね」

「ここの昼寝場は暑くないぜ?」

 老婆はクックッと笑い、

「見てるこっちが暑苦しいんだよ」

 と、言う。

 本日のおやつは、ひんやり桃風味のカップケーキにアイスティーだ。

 カップケーキを5つ平らげた流石は、アイスティーもゴクゴク飲み干し一息ついた。

 いつの間にやら、笹雪は白狐の姿に戻っている。

 テーブルの上で丸くなる笹雪に目を向け、

「もう1回、人の姿になってみてくれよ」

 と、流石が言った。

 小食な咲哉も珍しく2つ目のカップケーキを食べ終え、

「化ける瞬間は興味深いな」

 と、言っている。

「掃き掃除のために化けただけだ」

 と、笹雪は丸まったまま言い、目を閉じてしまう。

 お手拭きタオルで手を拭った景都が、

「あ、わかった!」

 と、立ち上がり、タタタッと喫茶テラスから出て行った。

 すぐに戻って来ると、景都は笹雪に木の葉を1枚摘まんで見せた。

「はい!」

 青々としたモミジの葉だ。

 老婆がニンマリと笑う。

「いや、別にこれは……」

 笹雪は首を傾げるが、景都のキラキラな目に見つめられ、モミジの葉に手を伸ばした。

 キツネの小さな手で器用に葉を摘まみ、ぺたりと頭に貼り付ける。

「……」

 テーブルの上から宙返りし、わざとらしいほどの『どろん』という音を立てて煙に包まれた。

 すぐに煙は消え、先程の青年が現れる。

「わぁ、すごいっ!」

 青年姿で笹雪は、景都のふわふわな髪を撫でた。

「大きくもなれるぞ」

 もう一度、どろんと煙に包まれると、今度は熊よりも大きな狐の姿になった。

大狐おおぎつねだ!」

 子どもたちが目を丸くする。

「お前たちくらいなら背に乗せられるぞ」

 大きな笹雪は得意げに言うが、

「人目につく場所では駄目だよ」

 と、老婆に言われ、

「う、うむ」

 と、唸るように頷いた。

「いいなぁ……僕も大きくなったりできないの?」

 と、景都が聞く。

「それはもう、人間じゃなくなるだろう」

「そっかぁ。わ、ふさふさだね」

「枕にどうだ? 獣臭くはないだろう?」

「気持ち良さそう!」

 景都は大狐の首に抱きついた。

「確かに、獣っぽいニオイしないんだな」

 と、流石も背中の白い毛並みを撫でてみる。

薬湯くすりゆで洗ってやってるからね」

 と、老婆が言っている。

「洗わんと膝に乗せてくれないんだ」

 ――膝に乗せて欲しいんだな。

 などと咲哉が考えていると、大狐姿の笹雪は窓際の昼寝場に寝そべった。

 すぐに景都が駆け寄り、ふかふかな毛並みに飛び込んだ。

「寝る子は育つよね」

「そうだな」

 毛並みも滑らかな笹雪を枕に、3人は川の字に寝転がった。

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