呪い石 3


「すっごく怖い感じしたんだよ。ずっと僕、流石さすが咲哉さくやの後ろに隠れてたの」

 と、景都けいとは身を縮めながら言った。

 仲良し3人組は本日も、学校帰りに不思議屋へ来ている。

 妙な黒い石と影の色が薄くなったクラスメートの話を、老婆に聞かせていたところだ。

「それはのろいしだよ」

 明るい喫茶テラスで、渋茶をすすりながら老婆が言った。

 本日のおやつはココアクッキーだ。

 流石は香ばしいクッキーを摘まみながら、

「あの黒い石、呪い石って言うのか?」

 と、聞き返す。

「鉱物自体は、どこにでもあるものさ。だが細かく切り分ける前の岩に、呪いが染み込んでいる事がある。色んな理由でね。それを知る者が呪いの道具に加工するのさ」

「材料屋が、呪いを知る者?」

 と、咲哉も聞いた。

「どうだろうね。だが別の呪い石なら、この店にもある。子どもに売れるもんじゃないがね」

 そう言って老婆は、手元にあった小さな木箱を見せた。

 木箱には古い紙が巻かれ、模様のような墨文字の中心に『封』と書かれている。

「……なんか封印されてる」

「封印されてるね」

 クッキーを頬張る手を止め、流石と景都が目を見張る。

「こういう扱いをする代物しろものなんだよ」

周防すおう、素手で触ってたよ」

 と、咲哉も木箱を見詰めて言った。

「まだ何の呪いも、かけられていなかったんだろう。呪い石の力は、呪う者の感情を形にして後押しするだけだ。まあ呪われないまでも影が薄くなっていたなら、その材料屋とやらに良い印象は持たれていないんだろうね」

「……ちゃんと返せたかなぁ」

 景都が呟くと、老婆はテーブルの上で水盆すいぼんを見下ろした。

 薄く水の張られた金属の皿、水盆は占いに使う道具らしい。3人は占いどころか、何でもお見通しなアイテムだと思っている。

「ちゃんと返して、今は帰り道だ。柏山かしわやまの孫たちか。大きくなったもんだねぇ」

 と、老婆は親戚のおばさんのような言い方をした。

「婆さん、知ってんのか?」

 と、流石が聞き返す。

山口やまぐち長門ながと、周防の家は柏山という山の中腹にある。この楓山かえでやまは柏山の辺りまで、地の繋がりがあるからね」

「繋がり?」

「小難しい話だ。その内に説明してやるよ。3人の家は合わせて柏山御三家ごさんけって呼ばれていてね。ここから距離はあるが御三家の年寄りたちも、よくこの店に来ていたもんだよ」

「マジで?」

「じゃあ、周防たちも不思議屋のこと知ってるのかな」

 と、景都が首を傾げる。

「孫たちは、まだ来た事がないよ」

「じゃあ、今度連れて来ようぜ」

 流石が言うと、

「また賑やかになるねぇ」

 と、老婆はクックッと笑った。

「……女子が居ないなぁ」

 と、咲哉は呟くのだった。



 翌日。カーテンの引かれた教室の窓際。

 花の萎れた花瓶は片付けられていた。

「――っていう、危ない物だったらしいぞ」

 流石は不思議屋で聞いた話を、優等生3人組にも伝えた。

屋代やしろさん、変な商売に足突っ込んでるのかな」

 と、周防は眉を寄せる。

「あの石は、呪いを実現させる手助けをする道具なんだってさ。影が薄くなって存在感が消え始めてたのも、理由があるかも知れないよ」

 咲哉は、いつも通りの無表情で話した。

 山口が周防の肩をポンと叩き、

「屋代って材料屋、周防に消えて欲しかったのかな」

 と、言った。

 長門も周防の肩をポンポン叩きながら、

「マジか。材料屋、替えた方が良いんじゃないか」

 と、言っている。

「親父も色んな材料屋さんと繋がってるからな。屋代さんから全く仕入れない時も多いし。美大を出て自分の工房も持ってるけど材料屋を兼業してるのは、作る方じゃ儲かってないって事なのかもな」

 溜息交じりに、周防は話す。

「それで変なもんに手を出してるのか?」

「そうかもなぁ」

「有名な陶芸家の息子ってだけで、親の七光りとか妬まれてるんじゃないか」

 山口に言われ、周防は苦笑して見せた。

「あっ。それでさ、それでさ!」

 と、景都が身を乗り出した。「不思議屋って知ってる?」

 優等生3人は顔を見合わせ、山口が、

「聞いた事あるな。楓山だっけ」

 と、聞いた。流石が、

「そうそう。呪い石の話も、楓山にある不思議屋の婆さんに聞いたんだぜ」

 と、答える。

「柏山御三家のお年寄りたちも、よく不思議屋に来てたって。面白いね、御三家って」

 笑顔で景都が言った。

「昔から俺ら3人の家、近所にそう呼ばれてるんだよ」

「そのうち一緒に、不思議屋行こうぜ」

「興味深いな」

 と、周防も楽しげに笑った。


 この柏山御三家の3人も、不思議屋デビューの日は近いかも知れない。

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