呪い石 2


「枯れちゃったねー」

「窓際に置いてたから暑かったのかも」

「朝は枯れて無かったよねぇ」

 女子生徒たちが、花瓶の周りに集まっている。


 周防すおう山口やまぐち長門ながとの3人も授業中に花の変化に気付いていた。

 1時間目の休み時間に、眼鏡の優等生3人組は咲哉さくやの席へ詰め寄った。

 周防の手には、花瓶の後ろへ置いていた黒い小石がある。

 机に頬杖をついて咲哉は、

「幸運のお守りにはならないと思うよ。呪いとか災いを起こす本物系なんじゃないかな」

 と、話した。

「……ネットで受注するって言ってたのは、家内安全みたいなお守りじゃなくて呪いって事だったのか?」

「本物系って凄いな。なんでわかったんだ?」

 と、山口が聞く。

「めっちゃ嫌な感じしたから」

 と、咲哉は軽く答えた。

「マジか……どうするんだよ、これ」

 少々蒼ざめながら、長門も周防の手の中を覗き込む。

 休み時間の教室は、生徒たちのお喋りで賑やかだ。

 流石さすが景都けいとも萎れた花を眺めながら、咲哉の席にやって来た。

「川に流すとかは? 水が清めてくれたりしねぇかな」

 と、流石が言う。咲哉は無表情に、

「川遊びで死ぬ子が増えるかも知れないよ」

 と、答えた。

「……」

「返せばいいんじゃん?」

 景都は、流石の後ろに隠れたまま言った。

「それもそうだな」

 ふと足元の異変に気付いた景都が、床を見下ろし、

「ねぇ、周防……影が薄くなってる」

 と、言った。

「――なんだ、これ」

 周防が目を丸くする。

 並んでいる山口と長門の影よりも、周防の影だけが明らかに薄いのだ。

 数歩、動いてみても変わらない。

 花が萎れても半信半疑だったが、はっきりと見える影の色に優等生3人も蒼ざめた。

「いつから持ってるんだよ、その石」

 慌てる長門に聞かれ、周防は少々考えてから、

「んー……バイトに誘われたのが先月末だから、その時からかな。あの人、きっと俺で試したんだ。このまま持ってたら、どうなるんだろう」

 と、言っている。咲哉は溜息交じりに、

「今朝の景都みたいに、山口と長門でも目の前にいる周防に気付かなくなるよ」

 と、答えた。

 山口と長門は声を揃えて、

「すぐに返して来なさい」

 と、言った。

「野良猫ひろってきちゃった子どもみたいだな。今日、帰りに返しに行くよ」

 周防がそう言うと、景都も、

「早い方が良いと思うよ」

 と、言った。

 山口と長門も頷いている。



 風もない初夏の午後。

 廃工場や錆びた倉庫から、妙な鉄臭さが広がっている。

 雑草だらけの民家や、放置された空き地も多い地域だ。

 他に幾らでも土地があるだろうに、廃倉庫と雑木林の隙間にそのアパートはあった。


 人気ひとけもないボロアパートの2階に、材料屋の住居兼事務所がある。

 周防は数度、インターホンを鳴らしていた。

 応答は無かったが、

屋代やしろさん。周防です」

 と、声を掛けると、戸の中から物音が聞こえた。

 足音が近付き、ガチャリと鍵が開く。

 出て来たのは痩せ型の長身で、無精髭を生やした男だ。

成人なるひと君?」

 年季の入ったバンダナを頭に巻き、無精髭で年齢も上に見えるが声は若い。

 周防は、手にしていた黒い石を見せた。

「これ、返しに来たんです。俺のポケットに入れたでしょ?」

「あ、気付いてくれたんだ。わざわざ持って来たの?」

 軽い調子で笑い、男は黒い石を受け取った。

「捨てようかと思いましたけどね。屋代さんの事だから、忘れ物しただけだし弁償しろとか言いそうな気がして」

「酷いな。ちょっとしたイタズラだよ。キレイな石に興味もってくれると思ったんだけど」

「勝手にそういうの、置いていかないで下さいよ」

「どういうこと?」

 表情も変えずに、屋代という男は聞き返す。

「別に。確かに返しましたからね。それじゃ、失礼します」

 と、周防も軽く答えて踵を返した。

「お父さんによろしくね」

「伝えときます」

 会釈しながら、周防は錆びた階段を下りた。


 アパート前の道路で、山口と長門が待っている。

「ちゃんと返して来たか?」

 と、山口が聞いた。

「うん」

「なんか、陰になってる所だな」

 長門はアパートを見上げた。すでに、屋代の部屋の戸は閉じられている。

「住人が少ないから、彫刻とかゴリゴリやってても文句言われないんだってさ。別の場所に工房も持ってるらしいけど」

「――あ。影の濃さ、戻ったぞ」

 地面を指差し、山口が言った。

「本当だ。良かった」

「変な事も、あるもんだなぁ」

 同じ黒さの影が3人分、ひび割れたアスファルト道路に伸びていた。

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