人面疽 2


 学ラン姿の子どもたちは、不思議屋へぞろぞろとやって来た。

 喫茶テラスで待っていた老婆は、

「大勢で来たもんだねぇ」

 などと言っているが、テーブルには7人分の湯飲み茶碗が並んでいた。

 そして日によって現れる薬場くすりばが、今日は準備されている。

 二畳ほどの茣蓙ござが敷かれ、薬草を磨り潰すような道具や怪しい薬壺が並べられている。

 不思議屋のある楓山かえでやまを、世津せつは自分の足で登って来た。

 しかし心配性の上田は世津の背を支えるように、

「婆ちゃん、早く診てやってくれよぉ」

 と、声を上げる。

「人面疽も薬も逃げやしないよ。茶でも飲んで待ってな」

 そう言って老婆は、キッチンへ消えて行った。

「まだ見せてもいないのに」

 世津と松本が目をパチパチする横で、景都けいとは蒸しタオルで手を拭きながら、

「不思議だよねー」

 と、のんびり言っている。

「ほら、お茶だ」

 咲哉さくやも手を拭き、茶碗と一緒に用意されていたヤカンから茶を注いだ。

 本日の飲み物は冷えた麦茶だ。

 大きなヤカンが重く、茶を注ぐ係は流石さすがに交代した。

 そして老婆の運んできた茶菓子は香ばしさ広がる炒り豆だ。

 大豆に黒豆、金時豆や大粒の花豆まで混ざっている。

「大きいお豆、サクサクして美味しい」

「花豆だ。塩加減も良いな」

「あの顔、豆食うかな」

「膝の中に異物が入ったら切開手術にならねぇ?」

 口々に言いながら、子どもたちは炒り豆を平らげた。


「さて」

 老婆は薬場に座り、正面に置いた椅子に世津を座らせた。

 すぐ側に利津りつが屈み込む。

 右裾をまくってガーゼを剥がすと、不愛想な男の顔に見える腫れ物が現れる。

 その人面疽を指差し、老婆が、

「咲哉。聞き取れるかい」

 と、聞いた。

「勉強しないで成績ぃ、離されるのは当たり前ぇ」

 咲哉が突然、抑揚よくようをつけ損ねたような口調で言った。

 子どもたちがポカンと口を開ける。

「幼少期の頭の使い方で物覚えの良さは決まるから手遅れぇ。勉強しないでテスト前に勉強してないとか、正直って言わなーい。成績でクラス分けせずに散らばすのは逆に悪意ぃ……くらいかな、聞き取れるの。ねっとりしたオッサンの声で、同じようなセリフを繰り返してる」

 世津の膝の人面疽を眺めながら、咲哉は話した。

「そうか」

「……こいつ、しゃべってたのかよ」

「しゃべってるし、利津を睨んだり馬鹿にしたりもしてた。でも見えないし聞こえないんだろうと思って黙ってた」

 と、咲哉は答えた。

 自分の膝と咲哉を交互に見て、

「しゃべってるとか、余計に気持ち悪いな」

 と、世津が蒼ざめている。

「それはあざけり顔の人面疽だよ」

 薬を用意しながら老婆が言った。

「あざけりがお?」

「他人を嘲りたい欲求が固まった魔物さ」

 老婆に言われ、世津は膝の人面疽に視線を落とした。

「嘲りたい欲求……俺の足に?」

「これはそもそも、そういう魔物として存在しているものだ。魔物が人間を嘲るには、成績や能力のある者に取り憑く必要がある。お前が上位の成績だったという理由だけだよ」

 と、老婆は話す。

 流石と景都、利津も咲哉に目を向けた。

「学年3位がここに居るし、1位と2位の女子は世津の隣のクラスだよな」

 と、利津が言う。

「中間の順位なら俺は5位ですよ」

 と、世津も首を傾げると、老婆は、

「成績上位の女子二人は、中学の勉強などトップで当たり前な環境で育っているようだ。咲哉の思考回路は、魔物なんぞが理解できやしないだろうしねぇ」

 と、含み笑いを漏らしながら話した。

「人を嘲りたくて、嘲れる成績の世津に取り憑いたって事っすか」

 世津の足首を撫でてやりながら、利津が聞く。

 白い乳鉢で薬を混ぜながら、老婆は頷いた。

「確かに、人を馬鹿にしたようなニヤケ顔だ」

「馬鹿はお前だって言ってるよ」

 と、咲哉が言う。利津は肩を落とし、

「……小さい声なのか? それとも、見えない奴には聞こえないってやつ?」

 と、見える性質たちの景都や松本にも目を向けた。

「僕は耳を澄ませると声みたいの聞こえるけど、何を言ってるのかはわからないよ。表情が動いてるのは見えるけど」

 と、景都も人面疽を見詰めながら答えた。

「俺も同じ感じだ。なんかボソボソ言ってると、悪口言われてそうで嫌な感じだ」

 と、松本も頷いている。

 薬場から老婆は、深めのたらいを持ち上げ、

「流石は裏の井戸で、このたらいに水をたっぷり入れておいで。景都はくずの葉を3枚」

 と、言った。

「わかった!」

 たらいを担いだ流石と景都が、元気よく喫茶テラスから駆け出して行った。

 咲哉には木の皿を手渡しながら、

「咲哉は薬棚だ。上から三段目の右から二番目と、下から五段目の左から三番目。ひと掴みずつ、これに入れておいで」

「三段目の二番目と、五段目の三番目」

 頷きながら、咲哉も喫茶テラスを出た。

 顔を見合わせる上田と松本にも老婆は、

「お前たちは人面疽を見張ってな」

 と、言った。

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