第3話 人面疽

人面疽 1


「あ、いたいた。長野ながの、兄ー」

 1年2組の教室のドアから、6組の生徒、上田うえだが声をかけた。

 帰りのホームルームが終了したばかりだ。

 下校支度を済ませた生徒たちは教室を出て行ったり、部活に出る用意をしたり。

 友達とおしゃべりをしている生徒も多く、教室内は賑やかだ。

 通学リュックを背負って下校しようとしていた長野利津りつは、ドアに向かいながら、

世津せつのクラスの上田じゃん」

 と、答えている。

 下校していく生徒たちに目を向けながら、上田は心配そうな表情を見せ、

「世津が今、松本まつもとと保健室に行っててさ」

 と、言った。

「また、松本の具合が悪いのか?」

「いや、今度は世津。なんか足が変でさ。来てやってくれよ」

「すぐ行く」

 言いながら、利津は教室を飛び出した。

 上田はその背中を見送り、様子を眺めていた青森流石あおもり さすが富山景都とやま けいと栃木咲哉とちぎ さくやにも手招きした。



 合併都市開発の一環として建てられた、四季深しきふか市立中央ちゅうおう中学校。

 閉校寸前だった学校をまとめて、現在では1学年9クラスのマンモス校となっている。

 広々とした昇降口は下校する生徒たちで賑やかだが、保健室のある1階校舎の奥は静かだ。

 利津の双子の弟、世津は保健室のパイプ椅子に座っていた。

 制服のズボンの右裾をまくり上げている。

 クラスメートの松本が付き添い、心配そうに世津の右膝を見詰めている。

 三十歳ほどに見える白衣の養護教諭、福井ふくい真登香まどかは救急箱を用意しながら、

「それが出る前、なにしてたの。体育?」

 と、聞いた。

「いや……なんだろう?」

 と、世津は首を捻る。松本も首を傾げながら、

「体育の時は気にならなくて、その後の着替えで気づいたんすけど、いつの間にこうなってたのかわからないんです」

 と、話した。

「うーん、これはやっぱり……」

 福井教諭が言いかけたところで、バタバタと数人の足音が近付いてきた。

「ちーっす」

 と、保健室に顔を出したのは利津だ。

 続いて、上田と流石、景都と咲哉もやって来た。

 決して広くはない保健室が、男子生徒たちで埋まる。

「世津、転んだのか?」

 目の前に屈み込む利津に、

「呼ばなくていいって言ったのに」

 と、世津は肩を落としている。

「膝に顔が出てるな」

 と、咲哉が言った。

 気付いた景都が目を丸くしている。

 世津の右膝には、デコボコとした腫れ物が出来ていた。その腫れに浮く皺が、握り拳ほどの人の顔に見える。

 少々困った表情で世津は頷き、利津も、

「顔だなぁ。痛いか?」

 と、聞いている。

「痛くはない。なんか気持ち悪い違和感があるけど」

「みんな見えるのか」

 と、聞いた咲哉に、福井教諭が、

「幽霊が見えない人も、取り憑かれた人は見えるでしょ。それと同じよ」

 と、答えた。

 目を丸くして利津は、

「取り憑かれてるんすか」

 と、聞いた。

人面疽じんめんそよ。人の顔に見えるだけの腫れ物じゃなくて、顔をもった何かが憑いてる方ね」

 と、話す福井教諭も幽霊が見える性質たちだ。

「憑いてる方って……どうすりゃ良いんですか」

 松本と上田も、困惑の表情を福井教諭に向けた。

「消毒液、ぶっかけたら消えたりしねぇ?」

 そう言って触ろうとした利津の手に、世津の右膝が跳ねた。

「あてっ」

「あら、噛まれた? 口には歯もあるんだから触っちゃだめよ。そこの水道で洗っときなさい」

 利津の左手、小指の付け根から手首に掛けて大きな歯形が浮いた。

「マジすか。でかい歯型だ」

 蒼ざめた表情で世津は、

「足が勝手に動いた……なにこれ」

 と、呟いた。福井教諭が真面目に、

「私には叩き潰すくらいしか思い浮かばないけど」

 などと言うので、慌てて利津が、

「いや、それ痛いんじゃねぇの」

 と、聞き返す。

「痛いでしょうね。それに、保健の先生がそういう事する訳にいかないから、不思議屋のお婆ちゃんの所に行ってちょうだい。とりあえずガーゼ貼ったげるから触っちゃだめよ」

 救急箱を開けながら、福井教諭は笑顔で話した。

「やっぱり頼りになるなぁ、不思議屋」

 と、流石が言った。

 子どもたちも頷き合っている。

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